↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王は転生して令嬢となり、雇われた勇者護衛  作者: 星野翔


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/50

第五章:スイーツ腹と焚き火のぬくもり

肌寒い空がしだいに暗さを増し、森の中には冷気が漂い始めた。二人は林の中の開けた場所で、小さく温かな焚き火を熾(おこ)した。

焚き火の傍らで、メシアは手慣れた手つきで木棒に刺した仕留めたばかりのイノシシ肉を焼いていた。ジュージューと脂を滴らせる肉はこんがりと香ばしい狐色に焼き上がり、火の中に落ちる脂がチリチリと軽やかな音を立てながら、涎が垂れそうなほど濃厚な香りを漂わせている。

少年は十分に火の通った赤身肉を切り分け、きれいな葉っぱに載せると、火の傍にしゃがみ込んでいる小さなお姫様の前に差し出した。

「食べなよ。一日中もみくちゃにされたんだ。その可哀想な体力じゃ、何か補給しておかないと港に行くどころか明日歩くこともできなくなるぞ」

ディアブラは確かに腹ペコだった。彼女はひそかに鼻をすんすんさせると、お腹がまったく遠慮なしに「ぐぅ〜」と大きな音を立てた。彼女はゴクリと唾を呑み込み、香ばしい焼き肉を受け取ると、小さな桜色の唇を開けて勢いよくかぶりつこうとした——

しかし、血の気と熱々の脂を纏ったその肉が鼻先に近づいたその瞬間——

今日街道で見かけた、野晒しにされた爛れた肉、骨と皮ばかりの流民たち、悪臭を放つ腐体……無数の残酷で血生臭い光景が、まるで巨大な山のごとく一気に彼の脳裏へとなだれ込んできた!

「おえっ——!」

ディアブラの瞳孔が急激に収縮し、彼女は手の中の肉を弾かれたように投げ捨てると、地面にへばりついて激しく吐き戻してしまった!

だが、彼女の胃の中はとっくに空っぽだった。吐き出されたのは酸っぱい胃液のほかには、生理的な痙攣によってこぼれ落ちた熱い涙だけだった。

草の上に転がり、泥や灰にまみれた焼き肉を見つめながら、ディアブラの小さなお顔は紙のように真っ白になり、その両眼には珍しく動揺と恐怖、そして悔しさが色濃く浮かんでいた。肉を見るだけで、彼の脳裏には郊外に横たわる無数の腐敗臭が勝手にフラッシュバックしてしまうのだ。

◇

しかしそれでもなお、魂の奥深くに刻み込まれたツンデレの本性が、彼女の最後の自尊心を死守していた。

彼女は口元を拭うと、弱音と悔しさを力任せに押し殺し、高慢な小首をくいっと持ち上げた。どこか後ろめたいながらも強硬極まりない口調で、ワーワーとまくし立てた。

「フン……本王は、本王はこのような下品で粗野な肉に飽きただけだ! さよう、本王はただ気分転換がしたいだけなのだ!」

彼女は目の前にいるメシアを斜めから睨みつけると、公爵邸で使用人に命令を下すかのように理不尽な態度で言い放った。

「知らん! 貴様……貴様は今すぐ本王のために極上の生クリームケーキを用意しろ! それと、それと香醇で熱々のアールグレイティーもだ! 必ず角砂糖を二つ入れるのだぞ!」

「……はぁ!?」

メシアは自分の分の焼き肉を頬張っていたところだったが、それを全部聞き終えると喉を詰まらせて猛烈にむせ返った。彼は目を丸くして目の前の令嬢を見つめ、顔全体で信じられないといった表情を浮かべた。

「お嬢様、目をよく開けて周りを見てくださいよ!? ここは真っ暗で一寸先も見えない人里離れた野原ですよ!? どこから生クリームケーキとアールグレイティーを生やして来いって言うんですか! ついでに帝国劇団でも呼んでバイオリンでも弾かせましょうか!?」

「本王の知ったことか!」

ディアブラは両腕を当然と言わんばかりに胸の前で組み、ぷいっと横を向いて彼を見ようともせず、口硬くぶつぶつと呟いた。

「とにかく本王はこんな臭い肉など絶対に食べん! ケーキが食べられないのなら、本王は今夜は絶対に寝てやらん! それに——貴様にずっと不機嫌な顔を見せ続けてやるからな!」

◇

目の前にいる、お腹を「ぐぅ」と鳴らし、腐体に怯えて肉が食べられないくせに、「食べ飽きた」「ケーキが食べたい」などと言って弱さと恐怖を必死に隠そうとする傲嬌な元魔王様を見つめながら、メシアは無念そうに深々とため息をついた。

少年は苦笑しながらボサボサの後頭部を掻きむしり、手の中の焼き肉を火の傍に戻すと、立ち上がって尻についた灰を払った。

「まったく、アンタには参ったよ……まあいいさ、この道をもう少し進んだところに、辺境の大きな貿易都市があったはずだ。公爵邸のある大都城ほどの繁華さはないだろうけど、洒落た洋菓子店や高級旅館くらいはあるだろうからね」

メシアは背中の鉄剣を軽く叩くと、篝火の傍らに丸まっている小さなお姫様に向かって右手を差し伸ばした。その口元には、温かくもどこか腹黒い笑みが浮かんでいた。

「行きましょうか、ツンデレなお嬢様。城門が完全に閉じられる前に街に入って数泊して、ついでにあなたのその高貴で我儘なスイーツ腹を満たして差し上げますよ」

ディアブラは一瞬ぽかんとした。

その言葉を聞いて瞳を輝かせ、勝利の冷笑を浮かべて立ち上がろうとしたその時、連続して「おもらし」「猛烈な嘔吐」に見舞われた彼女の嬌弱な身体が、完全にボイコットを起こした——

彼女の膝がガクリと折れ、視界が真っ暗になって一瞬でバランスを失うと、そのまま横へと一直線に倒れ込んでしまったのだ!

「わああっ——!」

危ういところで、温かくしっかりとした手掌が寸分違わず彼女の腰を抱き止め、そのまま勢いよく彼女をしっかりと引き戻した。

「気をつけてくださいよ、華奢なお嬢様」

メシアは呆れながら彼女を支え、そのひんやりとした柔らかな手をついでとばかりに自分の掌の中でぎゅっと握りしめた。少年の掌は厚く温かく、安心感を与えるぬくもりを途切れることなく伝えてくる。

「体力を使い果たしてるくせに強がって、立つことすらままならないなんて……本当に呆れたな」

◇

少年は愚痴をこぼしながら傍らの篝火を消し止め、彼女の小さなお手を引きながら、半ば抱きかかえるようにして傍らに停めてあった馬車へと連れて行った。

その温かな掌にしっかりと繋がれ、ディアブラは腕全体に一瞬で微かな痺れを感じた。真っ白だった小さなお顔が「ドカン!」と音を立てて、熟しきったトマトのように真っ赤に燃え上がった!

心臓は狂った野ウサギのように胸の中で激しく跳ね回り、息遣いすら荒くなっていく。

手に引かれて一歩一歩馬車へと向かいながら、彼女の視線は動転してあちこちへと泳いだ。小さなお口を何度も動かし、「下等な人間が気安く触るな」と言って魔王の尊厳を取り戻そうとしたが、少年の広々とした頼もしい背中と、手から伝わってくる熱を感じていると、あらゆる高飛車な台詞は最終的に喉の奥でつっかえてしまった。

夜が静かに深まり、冷たい風が林を吹き抜けていく。

少年によって馬車の御者席へと引き上げられたディアブラは、唇を強く結び、俯いて彼を見つめることもできず、恥ずかしさと緊張、そしてどこか得体の知れない安心感が混ざり合った胸のときめきが、心の底で無限に広がっていくのに身を任せるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。