第40章:魔界の王の帰還
第一幕:万魔殿の戴冠と、帝王の特赦
ルシファーが殞落し、魔界に久しぶりの平和が訪れてから数か月後。
巍峨たる壮麗さを誇る万魔殿の前には、数万におよぶ魔族の軍勢、七十二柱の魔神の代表、そしてかつてルシファーに従い絶望と動乱の渦へと陥っていた叛軍の降伏将領たちが、今や例外なく片膝を突き、静まり返っていた。粛殺と荘厳を纏う空気が、幽藍の魔炎を滾らせる古き殿堂の全体を深く包み込んでいる。
万魔殿の中央、千年前の人魔大戦以来ずっと空席のままであった、天を突くほど高大な黒曜石の魔王玉座が、悠久の威厳を放っていた。
『踏、踏、踏。』
静寂を極める大殿の内に、貴族的で気品ある小さなハイヒールを踏み鳴らす澄んだ音が響き渡る。
ディアブラは帝王の威厳と繊細なレースを融合させた暗赤色に金糸の刺繍が施されたドレスを纏い、夜の闇のように深い漆黒の秀髪を風になびかせていた。転生後の凡人としての肉体は未だ小柄で体力に乏しいものであったが、この瞬間、彼女の魂の深みから爆発的に放たれた浩瀚たる威圧は、場に集う数万の魔物たちに頭を上げることすら許さぬほどの凄まじさを誇っていた!
彼女の側方半歩の距離には、素朴な麻布の衣を身にまとった少年メシアが、熾烈な黒炎を纏う『天魔断罪の剣』をその肩に担いで立っていた。その双眸に宿る金色の「真龍の金瞳」は、成熟した温かみの中にも侵しがたい鋭い光を湛え、忠実なる守護者として彼女の傍らに寄り添っている。
ディアブラは一歩一歩と黒曜石の階段を上り詰め、やがてくるりと身を翻すと、魔界の最高権力を象徴する黒曜石の王座へと優雅に腰を下ろした。
彼女はゆっくりと左手を高々と掲げた。その薬指に嵌められた『ソロモンの指輪』が、この瞬間、血のように濃厚で眩い赤き帝王の光輝を爆発させた!
ディアブラは気高く精巧な小顔を微かに仰がせ、深紅の瞳で眼下に広がる浩々たる万魔の大軍を見下ろすと、その清らかでありながら魔界の天地全土に響き渡る荘厳な調子で宣言した。
「本王の宣告を聞くがよい! 本王——ディアブロは、本日をもって正式に魔界へと帰還し、再び七十二の魔軍を統率することをここに宣言する!」
帝王の勅令が雷鳴の如く大殿の内に轟き渡り、全場の魔物たちは恐怖に身を震わせた。続いて、大小姐の口元には覇気と包容力を併せ持った弧線が描かれ、さらに高らかな声で宣した。
「過去にルシファーの甘言に惑わされた叛軍の者共よ、本王は本日、ここに帝王の慈悲を以て、爾等の過去の一切の罪過を特赦する! 心を入れ替え、悉く本王の麾下へと戻るがよい!」
この一言が放たれた瞬間、全場の数万に及ぶ叛軍の将領たちは生き返ったかのような歓喜に包まれ、耳を聾するほどの歓声を上げながら涙を流して平伏した。
「我が王万歳! 魔王大人の特赦の恩典に感謝奉ります——!!」
◇
第二幕:忠臣たちの歓喜と、怠惰なる茶会
台下で見守る仲間たちの反応も三者三様であった——
「ハハハハ! 素晴らしい! さすがは我らがディアブロ大人だ!」
山嶽の如く巨大な『憤怒のサマエル』が溶岩の戦斧を高々と掲げ、天を仰いで豪快きわまる狂笑を上げた。
「あらあら~、さすがディアちゃんね。叛軍を特赦して生産と建設の計画に組み込むなんて、これからの数十年の軍備物資とインフラ物流でまた天文学的な巨額の注文が舞い込んでくるわ~♥」
全身金ぴかの燕尾服に身を包んだ『強欲のマモン』が金の片眼鏡を弄りながら、手に持った金の算盤を高速で弾き、商人としてのこの上ない満足の笑みを浮かべていた。
一方、王座の脇に控える側殿の影では、モコモコの天然パーマにゆったりとしたパジャマ姿の『怠惰のベルフェゴール』が柔らかい椅子に深く沈み込み、片手にアールグレイの紅茶、もう片手にイチゴのショートケーキを持ち、大袈裟にあくびをしながら呟いていた。
「ふぁ~あ……うるさいなぁ……ディアのやつ、こんな大袈裟な陣立てをしちゃって、また本座の睡眠時間を邪魔するんだから~」
『パシッ!』
5センチほどのミニサイズの羊角悪魔『色慾のアスモデウス』が小さな翼をパタパタと羽ばたかせて半空へと飛び出し、「我もまた功臣なり!」と画面に割り込もうとした瞬間、ディアブラの手によってまるでハエでも叩くかのように『パシッ』と正確無比に王座の肘掛けの上へと叩き落とされた。
◇
第三幕:王座の裏側と、甘い日常の開幕
「ふん、気派な宣言は終わりよ! この階段、長すぎるのよ……本王……本王の体力がもう限界なんだから……」
先ほどまで威風堂々としていた大小姐であったが、魔臣たちが退朝した次の瞬間、速攻で素の姿に戻ってしまった。小さなお顔を青くし、王座の上にまったく格好をつけずにダラリと崩れ落ちると、足の力を失い、胸を叩きながら激しく息を荒げた。
その時、湯気を立ち上らせ、角砂糖が二つ入れられた高級アールグレイの紅茶と、焼き立てのストロベリーミルフィーユが、温かく力強い手によって彼女の目の前へと気遣わしく差し出された。
メシアは『天魔断罪の剣』を収め、その口元の弧線には見慣れた優しさと、ちょっぴり意地悪な調侃が宿っていた。
「お疲れ様、尊敬する魔王大小姐。さっきの宣言、とっても威厳がありましたよ——でも、紅茶を飲んで体力を補給してくださいね。そうしないと、またその華奢な凡人の胃袋が機嫌を損ねちゃいますから」
「き……貴様、この無礼な田舎者め! 本王はいま無上の帝王の覇気を見せたのよ、素直に本王を褒められないわけ?!」
ディアブラは恥ずかしさで顔を真っ赤にし、そっぽを向いてフンと鼻を鳴らしたものの、それでも実に素直に茶杯を受け取り、一口大きく啜った。
「ちょっと! クソガキ! そこで優雅に紅茶なんて飲んでんじゃないわよ! 早く私の勇者ミサール様を返しなさいよ——!」
深海的主宰リヴァイアサンがプンプンと怒りながら駆け寄り、メシアの腕を死に物狂いで引っ張りながら、「正妻と妾」の立場を巡る大喧嘩を再開させた。傍らで西洋剣士の服を纏った狼人少女オフィーリアは、『七彩に輝く虹光の剣』の柄に手を置きながら、苦笑混じりの温かい微笑みを浮かべていた。
万魔殿の琉璃の穹頂を突き抜けた陽光が、大殿の上に柔らかく降り注ぐ。
千年の輪廻と長きにわたる征戦を乗り越え、かつての宿敵にして今の賑やかな喧嘩友達である二人は、いま歓声と笑顔の中で、彼らの新たなる時代を共に切り拓いたのだった。




