第33章:万物の呼吸と天魔断罪・気刃斬
『轟————!!』
極北の地の凍てつく雪原の上で、ベルフェゴールの小柄でか弱い身躯が、この瞬間まるで歩く災害そのもののと化していた! 彼の放つ無造作な拳や蹴りの一撃一撃が周囲の空間を揺るがし、山石を粉々に粉砕し、恐るべき遠古の重力が大地へと底知れぬほど深く不気味にえぐれた巨大なクレーターの数々を刻み込んでいく!
メシアは、視界を埋め尽くすように飛び散る氷片と轟音を立てて転がる巨石の間を、血の滲むような思いで必死に駆け抜け、身をかわし続けた。少年の額には豆粒のような冷汗がびっしりと浮かび上がり、その肉体のあらゆる細胞が致命的な危険信号を狂ったように鳴らし続けている——
彼には誰よりも分かっていた。ベルフェゴールの攻撃をまともに受けることなど絶対にできない! あの恐ろしい重力の一撃にほんのカスリでもしようものなら、待ち受けているのは一瞬にして粉々に砕け散る死の運命のみだった!
(速すぎる……この重力の圧迫感は息が詰まるほどだ……どうすればいい……どうすれば本当にあいつを捉えることができるんだ……?!)
まさにその、一歩間違えれば命を落とす生死の境目の極限の瞬間、少年の脳裏に母親の優しくも力強い後ろ姿がふと鮮やかに蘇った。
つての一時、その圧倒的な力で「鋼鐵飛龍」を単身で斬り伏せ、手取り足取り刀の扱いを叩き込んでくれた母が、あの猛吹雪の夜に語ってくれた言葉だった。
「メシアよ、真の剣士というものは、目で捉えたものだけに頼るな。その見えたものなど、虚妄の残影にすぎぬことが多い。万物にはそれぞれに固有の『気息』と『呼吸』があるのだ……目で判断するな、その肉体で、その魂でそれを感じるのだ」
「肉体で……万物の気息を感じ取る……」
少年の両眸が、その瞬間にぎっと強く閉じられた!
その瞬間、猛り狂う暴風の音、舞い散る雪の軌跡、大地深部を流れる微かな地熱のゆらぎ、そして自分自身の心臓の鼓動と血液の巡る音に至るまで、少年の世界の中ですべてがスローモーションのようにゆっくりと流れ、やがて完全に静止していった。
彼はもはや視覚に頼り、電光石火の如きベルフェゴールの残影を追いかけようとはしなかった。代わりに、全身の五感を研ぎ澄まし、体内に息づく真龍の魔力を極限まで解き放って、天地自然の理へと溶け込ませたのだ!
十メートル、五メートル、三メートル……
重力風暴の巻き起こす気流の軌跡、ベルフェガールのつま先が積雪を砕く微細な振動、さらには空気中の魔力が流動する極めて繊細な波長にいたるまで……メシアの透明に澄み切った知覚の世界において、それらは一筋一筋の鮮明な黄金の軌跡線へと瞬時に描き出された!
『嗡————!!』
少年の両目がカッと大きく見開かれた! そのトレードマークである真龍の黄金の瞳の奥から、太陽の如き眩いばかりの熾烈な光芒が爆発的に放たれた!
それまで重々しかった「天魔断罪之劍」がこの瞬間、まるで命を宿したかのように少年の魂と完全に一つに溶け合い、漆黒の魔王の黒き炎と金色の破魔の聖光が複雑に絡み合い、万物の因果すらも断ち切るほどの圧倒的な破壊のオーラを放った!
「捉えたぞ……ベルフェゴール様!」
少年は身をひらりと側面に翻し、重力が大地を粉砕したその拳の直撃をほんのミリ単位の差で極限回避すると、その勢いのままに剣を抜き放ち、その腰のひねりで雪原全体の狂暴な吹雪を巻き起こし、肉体の限界を遥かに超越した虚妄を両断する一閃を叩き込んだ——
「奥義——天魔断罪・気刃斬——!!」
『刷——————!!』
天地を貫くが如き、金色と黒色が織りなす半月形の巨大な剣気が盛大に爆発した! 雪原そのものが容赦なく引き裂かれ、数百メートルにも及ぶ巨大な亀裂が走り、圧倒的な破魔の衝撃波がベルフェゴールをその場から吹き飛ばし、遠方にそびえ立つ雄大な雪山の絶壁の奥深くまでものすごい勢いで叩き込んだ!
『嘩啦啦……』
舞い散る砕石と煙霧が霧散し、猛る吹雪が次第に静まり返っていく。
少年はほのかな神聖なる金色の光を放つ魔剣を片手に、片膝を雪上に突いて荒い息を何度も吐き出し、その凛として折れない後ろ姿はどこまでも雄々しく聳え立っていた。
吹き飛ばされたベルフェゴールは、山壁の廃墟の中から何食わぬ顔で悠々と歩み出てきた。彼はパジャマに付いた埃をテキパキと払い落とし、いつもは糸目のように細く閉じられていたその目を今やうっすらと見開き、この上なく鮮烈な驚嘆と深い郷愁の色を湛えながら、少年の後ろ姿をじっと見つめていた。
その瞬間、ベルフェゴールの脳裏には、千年前の昔に魔界のすべての希望をその背に負い、万軍を従えて圧倒的な気宇を放っていたあの至高の魔王ディアブロの姿が、目の前の少年と重なって映し出されていた。
「ふっ……」
ベルフェゴールは、その天然パーマの柔らかい頭をふわりと掻きむしり、整った小さな顔にこれ以上ないほど晴れやかで満ち足りた笑みを浮かべ、豪快にパチパチと手を叩いた。
「ふん……その目、その気魄、そして魂の在り方……完璧に生まれ変わったじゃないか、ボクちゃん。おめでとう……お前の合格だ!」
ベルフェゴールはひょいと身を躍らせてメシアの傍らに着地すると、少年の肩をポンと軽く叩いた。その眼光は一転して凄まじく鋭さを増し、はるか南方の空をじっと見据えた。
「行くぞ! 天魔断罪の剣は完全に目覚めた……煉獄の城へ向かい、あのルシファーとかいう思い上がったクソ野郎に目にもの見せてやろうぜ!」




