第二十三章:黄金の燕尾服と強欲のデザートティーパーティー
第一幕:目覚めのお姫様と突然の闖入者
燼火要塞の奥にある寝室では、窓のカーテンを春の微風が優しく揺らしていた。
マルバスが施した神聖なる翡翠の治癒の光のおかげで、オフィーリアの負傷はすでに完全に完治していた。だが彼女は、魔力の過度な消耗により深い眠りについているディアブラのベッドサイドを数日間にわたって一歩も離れず、日夜つきっきりで看病を続けていた。
そしてある穏やかな朝、柔らかな大広間のベッドに横たわっていた小千金の長いまつげがパタパタと微かに震え、ついにその澄んだ血赤色の瞳がゆっくりと開き始めた。
「お嬢様! 目が覚めましたか? どこか具合の悪いところはありませんか?」
オフィーリアが喜びを隠しきれない様子で身を乗り出す。
ディアブラはまだぼんやりとした様子でまばたきを二、三回繰り返すと、いつものクセですっとその整った小さなお頭をシャチホコばらせ、少しハスキーでありながらも変わらぬ高慢なトーンで言い放った。
「ん……お風呂に入る」
「はいっ、かしこまりました! すぐにお湯を沸かして、お風呂の準備をしてまいります!」
オフィーリアは胸を撫で下ろし、慌てて立ち上がろうとした。
「待て」
ディアブラは彼女の服の裾をキュッと引っ張り、当然のように両腕をピョンと突き出した。
「本王の服を脱がせろ」
「……はぁっ?!」
オフィーリアの足取りがピタリと止まり、その場に石像のように固まって、両目を限界まで見開いた。
「人間の着るこのレースやボタンの服は面倒くさい。本王はどれだけ着ても慣れんのだ」
ディアブラはふんすっと頬を膨らませ、少しもどかしそうに細やかな指先を動かした。
寝起きでほんのりと頬を染め、無防備すぎる小さなお嬢様の顔を見つめながら、オフィーリアは負けたように長いため息をつき、やれやれと首を横に振った。
「まったく、あなたには敵いませんね、お嬢様……で、普段はいったいどうやってお着替えや入浴をなさっていたんですか?」
「公爵家にいた頃は、当然専属の召使いがすべて私に代わって着替えさせてくれていたぞ」
ディアブラは小さな顎を誇らしげにしゃくり上げ、まったく悪びれもせずに付け加えた。
「それに、野宿していた頃は……全部メシアが私を洗って着替えさせてくれていたしな」
「少……少主が、あなたにそんなことまでしていたんですか……?!」
オフィーリアの小さなお顔が一瞬にして真っ赤に爆発し、背中を生えていた狼人の毛まで逆立ちそうになった! 普段はあんなにも物静かで誠実な農村の少主が、陰ではお嬢様の「プライベートな日常」のすべてを世話していたなんて、彼女には信じられがたかった!
オフィーリアが真っ赤になりながらアタフタと手際よく、ディアブラの着ていた複雑なレースの外衣とペチコートを外し、白磁のようになめらかな丸裸の華奢な小柄の素肌を露わにしたその瞬間——
『ギィィ……』
寝室の扉が、ふわりと軽やかに押し開けられた。
「お嬢様、目を覚まされましたか? お気に入りの焼きたてクッキーと、アールグレイティーをご用意しましたが——」
そこに立っていたのは、素朴な麻布の服をまとった農村の少年・メシアだった。彼は湯気の立つティートレーを手に持って部屋に入ってきたのだが、その視線が部屋の中央へと向けられた瞬間——まさにベッドの脇で、一糸まとわぬ全裸の姿でこちらをポカンと見つめているディアブラの姿を捉えた瞬間!
言葉が、メシアの喉の奥で完全に引っかかった。
「……」
部屋の中が、針一本落ちる音すら聞こえないほどの極限の死寂に包まれた。
メシアの脳内がその場で完全にフリーズし、整った顔面がみるみるうちにトマトのように真っ赤に、それも首元まで一気に染め上がった! 手元のティートレーがガタガタと音を立て、あまりの気まずさに今すぐ地面に穴を掘って埋まりたい心境だった。
一方、全裸のディアブラはといえば、羞恥心など微塵も感じさせず、むしろ「おっ」とばかりに小さな手をポンと叩き、血赤の瞳をキラキラと輝かせながら、まったく気にせず朗らかに笑った。
「おっ、メシア、ちょうどよかった! 本王、お腹が空いていたところだぞ!」
「よかったどころじゃないでしょうがぁぁぁ——!! 少主、この変態野郎! さっさと出ていきなさいよぉぉぉ——!!!」
寝室全体が、オフィーリアの耳をつんざくような絶叫の怒号に包まれた!
羞恥と憤怒の限界を超えた狼人の少女は、近くにあったクッションとティーカップを掴み取り、メシアをポコポコと容赦なく叩きながら、顔を真っ赤にして謝り続ける少年を力づくで部屋の外へと押し出し、最後には『バタンッ!』とものすごい勢いで扉を閉めきったのだった……。
扉の外では、少主がドアの板に背中を預け、心臓を抑えながら荒い息を吐き、トマトのように真っ赤になった顔をパタパタと手であおいであり……。
部屋の中では、ディアブラがすっぽんぽんの素足のまま小さな足をブラブラさせながらテーブルの端にちょこんと突っ伏し、細い指で小さなお菓子をつまんで口に放り込み、もごもごと言い訳していた。
「……まったく、オフィーリアはそんなに怒らなくてもいいだろうに。別にいいではないか……あいつ、私の裸を見るのは初めてじゃなかろうし」
「どこがどうよくないんですかっ——!!」
オフィーリアは自分の頭を両手でガシガシと掻きむしり、完全に頭を抱えて崩れ落ちた。
第二幕:黄金の燕尾服と、強欲の華麗なるティータイム
その日の午後、『煉獄の城』の重厚な漆黒の鉄門を、リズミカルで軽快なノックの音が突如として打ち鳴らした。
それに続いて現れたのは、完璧なカッティングの黄金の燕尾服に身を包み、頭には高く聳え立つ黄金のシルクハットを被り、左目には精巧な金縁のモノクル(片眼鏡)を装着したこの上なく優雅な紳士だった。彼はこの世のものとは思えないほど軽やかで大げさなステップを踏みながら、堂々と大殿の中へと歩みを進めてきた。
彼は片手で金縁のモノクルを優雅に押さえ、もう片方の手でシルクハットを胸元に脱ぎ捨てると、華麗なソファに腰掛けていたディアブラに向かって深々と優美なお辞儀をキメた。そして、この上なく軽薄でありながら、どこか甘ったるい親愛を込めた華やかな大声を張り上げた。
「おぉ——! 我が愛しきディアちゃん! 聞けば先日は、あの不届き者なルシファーちゃんの野蛮な奇襲を受けられたとか……僕は心配のあまり一睡もできず、十万火急の星霜を駆けてこうして駆けつけましたぞ~!」
あまりにも肉麻で甘ったるい愛称の連呼に、その場に居合わせた全員が同時に背筋をゾワリと凍らせた。
テーブルの端でケーキを食べていた5センチのミニ・アスモデウスすら、喉にケーキを詰まらせそうになりながら小さな翼をパタパタさせて絶叫した。
「ま……マモン?! このドケチでキンキラキンの大狐が、どうしてこんなところにいるんだよッ!」
そう、現れた人物こそは、かつて七大魔王級幹部の一柱にして、世のすべての富と物質を掌握する者——『強欲のマモン』その人であった!
マモンは優雅に顔を上げ、その金色の細長い双眸を、小さくて可愛らしいディアブラの姿にとらえた瞬間、宝物を発見したかのようなギラギラとした光を爆発させた。彼は白手袋をはめた両手をパチンと鳴らし、周囲の面々や従者たちをグルリと見回すと、高慢に口を開いた。
「者ども、本座が特製した『微服慰問の品々』を速やかに並べるのだ!」
マモンの合図に呼応するように、精巧な制服に身を包んだ数体の魔物たちが、次々と彫り銀のトレイや美しいデザートカートを押し進めて大殿の中に入ってきた。
そこには——焼きたてで濃厚なミルクの香りが漂う極上のフルーツタルト、繊細に層を重ねたストロベリーミルフィーユ、黄金色の蜂蜜がトロリと掛けられたスフレ、そして高雅な柑橘系の香りを漂わせるアールグレイティーのポットが、テーブルの上に山のように積み上げれていた!
「ふ、ふん……マモン! だ、誰が『ディアちゃん』だ! そんな気色の悪い呼び方をするな!」
千金としてのプライドを保とうとしていたディアブラだったが、目の前に並んだ圧倒的なまでの輝きを放つ高級デザートの山を見た瞬間、その血紅色の美しい双眸が宝石の如くキラキラと輝き始めた! 彼女は「ゴクリ」と小さく喉を鳴らすと、極めて傲慢なトーンで言い訳を並べる。
「コホン! 本王はケーキごときで買収されるような安い女ではないぞ! だが……まぁ、お前のその誠意だけに免じて、特別に味見をしてやろうではないか!」
「おっと、光栄ですな。この僕の用意した品々が、ディアちゃんのお気に召せば幸いです」
マモンは手袋をはめた手で胸を優雅に叩いて笑ってみせたが、直後にメシアやオフィーリアたちへと視線を向けた瞬間、その金色の瞳に商人の如く冷徹で計算高い光を浮かべ、低く鼻を鳴らした。
「それにしても……かつての万魔の至尊が、このような田舎者のガキや狼の小娘、そして深海のくたびれたクラゲなどに囲まれておられるとはね。本座の金貨の価値すら解らぬ貧乏人どもと付き合うのも、なかなか大変でしょうに」
「なんですって……ッ?!」
オフィーリアと、ちょうど部屋に入ってきたリヴィアタンの眉が同時にピクリと跳ね上がった!
だが、當のマモンは意に介さず、金縁のモノクルを光らせながら、目の前でストロベリーミルフィーユを幸せそうに頬張るディアブラと、その隣で優しくお茶を差し出すメシアの二人をじっくりと観察し、その口元に深遠で怪しげな笑みを深めていくのだった……。




