第二十一章:二重回路と五メートル魔神の終極降臨
第一幕:空間を越える五センチの小蛇
城壁の頂上は、まるで狂暴な猛獣が暴れ回るかのような轟音と冷たい夜風が吹き荒れていた。
お嬢様——ディアブラは、左手の無名指に嵌められた『ソロモンの指輪』を高く空へと掲げた。宝石からは、まるで磨き抜かれた翡翠の如く鮮烈な空間の光輝が迸る! 彼女の烏の濡れ羽色のような美しい長髪が乱舞し、その血赤色の瞳は氷のように冷徹に据えられていた。彼女は秘銀の真名を込め、この上なく厳粛かつ荘厳な古魔界の言葉で秘呪を詠唱した。
「光なき夜の帳に告ぐ。我がここに汝の真名を喚ぶ——大公爵バチン! 蒼白の馬を駆る者よ、我が導きに耳を傾けよ!」
『ヴォォォォン————!』
周囲の空間が、まるで穏やかな水面に波紋が広がるが如く激しく揺らぎ始めた。ディアブラはその指先を一直線に虚空へと突きつける。
「汝は大地を穿ち、自然の血を司る。千里の隔たりを一瞬に変える者よ。我は秘銀と秘儀の名を導きとし、今こそ空間の帳を引き裂かん。現れよ、バチン! 遠き彼方を我が眼前に引きずり出せ!」
『パッ!』
眩い翠緑色の魔法陣が瞬時に収縮し、煙がスーッと消え去ったその足元に現れたのは——わずか5センチの長さしかない、全身が翡翠の如く透明に輝く小さな蛇だった。
小蛇は優雅にチロチロと細い舌を這わせ、低く、だが恭しい幼げな声を響かせた。
「吾はバチン……ディアブロ様の御命に奉る」
ディアブラは躊躇の一秒すら見せず、その冷徹な眼光を鋭く光らせて命じた。
「バチン! 空間を切り裂け……私を、メシアのすぐ隣へと直接転移させろ!」
「御意のままに、我が主よ!」
小蛇が尻尾をピンと一振りした瞬間、翠緑色の空間の渦が激しくうねり、ディアブラの全身を丸ごと飲み込んだ!
第二幕:生死の一瞬、「終わりだ、臭いバエ!」
『ズシャアァァッ——!』
戦場の真ん中は、まさしく血塗られた修羅場と化していた。
メシアは片手で『天魔断罪の剣』を固く握り締め、背後には重傷を負って大量の血を吐き続けるオフィーリアを庇うように立っていた。少年の全身はすでに無数の細かな裂傷に覆われ、滴り落ちる汗と血が混ざり合っていたが、その黄金に輝く『真龍の金瞳』は、目前に迫る狂暴なベルゼブブを微塵も怯まずに睨み据えていた!
「くたばれ、人間!」
ベルゼブブの腹部から突き出した第二対の漆黒の魔爪が、万軍をも屠る致死の毒気を纏い、毒蛇の如き鋭さでメシアの心臓めがけて直撃せんとする!
だが——!
『ビュオッ——!』
爪先がメシアの胸元へと到達する、まさにその一瞬前のコンマ数秒。
ベルゼブブの目の前の空間が、まるでガラスが粉々に砕け散るように『パリィン!』と割れた!
その虚空の渦の中から、一筋の小柄で洗練された気高き人影が、前触れもなく一歩を踏み出して降臨した。
お嬢様——ディアブラが、二人の間に完璧に立ちはだかったのだ。激しい狂風にその黒髪が乱れ舞い、凍てつくような漆黒の瞳が、目の前の思い上がったベルゼブブを冷酷に見据え、死神の如き宣告を叩きつけた。
「——終わりだ、臭いバエ」
第三幕:二重回路! 勇者魔力の極限爆発
「で……ディア……ッ?!」
メシアの瞳孔が限界まで見開き、心臓が大きく跳ね上がった。
次の瞬間、ディアブラはふっと身をわずかに翻すと、その白く華奢な小さな手で、メシアが握る『天魔断罪の剣』の柄と、少年の手背を自然かつしっかりと覆い重ね合わせた!
『ドォォォン————!!』
その接触のコンマ数秒の間、メシアの体内で底知れぬ大海原のごとく眠っていた「真龍の勇者としての膨大な魔力」が、『天魔断罪の剣』とディアブラの嵌める『ソロモンの指輪』を触媒として完全に結びつき、前代未聞の極限の魔力回路——【二重回路】を形成した!
金と黒が混ざり合う圧倒的な魔力の柱が、火山の大爆発の如く天空へと突き抜ける!
ディアブラは指輪を嵌めたもう片方の手を天高く掲げ、万物を震撼させる圧倒的な帝王の調子で、再び終焉の真名を絶叫した。
「我が宣告を聞け! 汝は七の第三を掌る者、狂暴と烈火より生まれし終焉の王なり!」
「我が燃ゆる霊魂を導きとし、汝の名を喚ぶ——アスモデウス!」
「深淵の帳を引き裂き、地獄の王座より降臨せよ! 我が身前に立ちふさがる者を……尽く灰燼と化せ——!!!」
第四幕:五メートルの巨型羊角魔人、真実の降臨!
『ゴゴゴゴゴゴ——ッ!!』
燼火要塞の外に広がる黒い大地が、耐え切れぬ重圧に悲鳴を上げながら激しく陥没していく! 直径数百メートルに及ぶ巨大な真赤な魔法陣が三人の足元で荒れ狂い、焚天煮海の地獄の業火が地底から一斉に噴き上がった!
「な……この圧倒的な魔力の圧力は——ッ?!」
ベルゼブブはその底知れぬ暴風の前に数十メートルも後方へと押し戻され、その瞳に計り知れない恐怖の色を浮かべた。
『ガキィッ! ドスッ、ドスッ!』
地獄の底から、雷鳴のごとく重く響く巨大な足音が轟く。
舞い散る黒煙と灼熱の業火のなかから、ついに高さ五メートルに達する途方もなく巨大な人影がゆっくりと立ち上がった!
それは、鉄塔の如く雄々しく盛り上がった屈強な筋肉、頭頂にそびえ立つ一対の巨大な巻き角、背中に広げて世界を覆うが如き黒紫の魔翼を備え、全身に世界を焼き尽くす狂暴な色慾の烈炎を纏った、真の魔神の姿であった。
五メートルの巨躯を誇る大魔神は、顔をゆっくりと下げ、眼下のちっぽけな蟻を見下ろすような視線でベルゼブブを捉えると、地鳴りのような轟音と狂気的な豪笑を響かせた。
「はーっはっはっは! 吾こそは『色慾と狂暴』のアスモデウス——これこそが、我が真に高貴にして完璧な姿だぁぁぁっ!」
さきほどまで5センチの豆粒だった存在が、一瞬にして5メートルの超巨神へと変貌を遂げた現実を目の当たりにし、両手に傷を負ったベルゼブブの狂気は一気に砕け散った。彼女の顔面から血の気が完全に引き、絶望に満ちた悲鳴が漏れる。
「ご……五メートル……?! アスモデウス様が、完全な姿で降臨したっていうの——?!」
そして、その巨大な魔神の背後で、メシアの魔力供給によって魔力を満たしたお嬢様——ディアブラは、優雅に小さく息を整えながらスッと手を引き、勝ち誇ったように胸を張ると、荒い息をつくメシアの横顔を見上げて、これ以上なく誇らしく、そして極限まで眩しい「勝利の微笑み」を浮かべてみせたのだった……。




