第二章:魔王の威厳と墨をかぶった子猫
ガタガタと揺れる馬車が、港へと続く街道で悲鳴のようなきしみを上げていた。
車内では、ディアブラがクッションに背を預けて浅い眠りについていた。この華奢な人間の肉体は体力が貧弱なうえに魔力も一切集められないが、かつて万魔の頂点に君臨した彼女の魂の言語(本質)まで消え去ったわけではない——彼女には今もなお、あらゆる魔物の言葉を聞き分け、何千何万の魔物と直接対話できる至高の能力が残されていた。
これこそが、彼女が村育ちの少年一人だけを連れてこの危険な旅路に乗り出した自信の根拠であった。彼女に言わせれば、魔語さえ示せば魔物など大人しく自分のドレスの裾にひれ伏すに決まっているのだ。
しかし、その盲目的な自信は、すぐさま現実という壁の前に粉々に打ち砕かれることとなる。
馬車が薄暗く不気味な森を通りかかったその時、突如として凶暴な低咆が響き渡った!
ドカン!
巨大な黒い影が砲弾のように茂みから飛び出し、巻き起こった強風が馬を繋いでいたロープを力任せに引きちぎった。馬は恐怖のあまりいななき、馬車は激しい衝撃とともに停止した。
そこにいたのは、子牛ほどもある巨体の「ブラッドハウンド・デビル」だった。全身の毛は鋼鉄の針のように逆立ち、両眼は血のように真っ赤に染まり、口元からは金属をも溶かしそうな粘りつく不快なよだれが垂れていた。道の真ん中に立ちはだかったそれは、黒く湿った大きな鼻をヒクヒクさせ、空気中に漂うディアブラの匂いを極めて丹念に嗅いだ。
次の瞬間、犬魔の残虐で凄惨な顔に、極度の驚愕と疑惑が入り混じった表情が浮かんだ。それは身を低くくぐもらせ、魔物とディアブラにしか聞き取れない古の魔語を発した。
『この……魂の奥底から匂い立つ闇の香気……貴様、まさか魔王様か?!』
久しぶりに耳にするその尊称に、馬車の入り口で恐怖のあまり膝を震わせていたディアブラの瞳が、一瞬で眩い輝きを放ち始めた!
(やはりな! 本王の威光は今なお健在である!)
彼女は一瞬で心の中の恐怖を投げ捨て、細く誇らしげな胸を張り、整った顎をクイッと小さく上げて、万物を虫ケラのように見下すツンとした態度を崩さずに、高らかに鼻を鳴らした。
「フン、畜生のわりには少しは目が肥えているようだな! さよう、本王こそが真正なる魔王である!」
ディアブラは優雅に細い指を伸ばし、犬魔を上から見下ろしながら、この上なく尊大で施しを与えるかのような口調で言い放った。
「我が名を知っていたことに免じ、特別に本王の配下となる機会を与えてやろう。今日よりお前は、本王の忠実な番犬だ! ありがたくひれ伏し、本王の恩寵に感謝するがよい!」
しかし、予想していたような魔物が恐怖に震え上がり、地に平伏して平身低頭する光景は現れなかった。
ブラッドハウンド・デビルは一瞬きょとんとした後、血走った眼球をギロリと動かし、目の前にいる少女——かすかな火花すら起こせず、先ほどの揺れで息を荒くしている人間の少女をじろじろと見定め始めた。
しばらくして、犬魔の口元が極めて残忍で蔑むような歪みを描き、その喉から嘲笑に満ちた大笑いが爆発した。
『ハ……ハハハハ! 傑作だな! かつて雲の上に君臨し、指先一つで万物を滅ぼした魔王ディアブロが、いまや指一本でひねり潰せるような弱小な小娘に成り下がったと?!』
犬魔の瞳に強欲と凶暴な光がギラギラと蠢き、吐瀉物のような臭いを撒き散らしながらガバッと大口を開けた。
『力を失った魔王……貴様の魂と肉体は、我ら魔物にとって至高の極上品だ! 死ねい! 今日は貴様が俺様の最高の晩餐だ!』
咆哮とともに、ブラッドハウンド・デビルは後ろ足を力強く蹴り出し、空気を切り裂く血生臭い狂風を纏いながら、爪と牙を剥き出しにして馬車の入り口にいるディアブラへ一直線に襲いかかった!
「ま、待て——?! この裏切り者の畜生が——!」
ディアブラの瞳孔が激しく収縮し、気高い仮面は瞬時に粉砕された! 目の前に迫る血の滴る大口を前に、彼女は反射的に目を閉じ、肩をすくめて頭を抱えながら悲鳴を上げた。
一触即発のその瞬間——
シュッ!
天地を揺るがすような詠唱も、華やかで煌びやかな魔法の光もない。
極限まで研ぎ澄まされた一筋の寒光が、閃光のごとく薄暗い森の空気を切り裂いた! 続いて、耳障りな肉体の裂ける音が響き渡る!
ドスッ!
生温かく粘り気のある真っ赤な液体が、突如として降り注ぐ豪雨のように一面へ撒き散らされた。
ディアブラは全身を震わせ、恐る恐るまぶたの隙間を開けた。
目の前には、さっきまで彼女を食い殺そうと威張り散らしていたブラッドハウンド・デビルが、悲鳴を上げる暇すら与えられず、空中で実に見事な真っ二つに切り裂かれていた。二つの残骸が泥の上にドサリと落ち、二、三度痙攣して息絶えた。
そして彼女の目の前には、質素な麻布の服を着た村の少年が、いつの間にか佇んでいた。
メシアは片手でごくありふれた鉄の剣を握り、手首を軽く一振りして刃についた血を潔く地面へ払い落とすと、そのまま淀みない動作で鞘へと収めた。その一連の流れは恐ろしいほど無駄がなく、洗練されており、まるで凶暴な魔物を倒したのではなく、道端の雑草を刈り取っただけかのようだった。
森全体が、一瞬にして死したような静寂に包まれた。
ディアブラは馬車の端にぽかんと座り込み、頭から足の先まで……鮮血の血みどろになっていた。
もともと華麗で繊細だったレースのドレスは見る影もなく汚れ、白く柔らかな顔にも幾筋もの血の跡が伝っていた。頭の上のリボンには、魔物の腸が垂れ下がっている始末だ。
彼女は間抜けにパチパチと目をまばたかせた。鼻腔を満たす濃密な血の匂いに、全身を石像のように固まらせてその場にへたり込んでいた。
その時、目の前の少年が振り返った。
メシアは、血まみれになってインク瓶に落っこちたように呆然と涙を流している(実際は血が目に入って沁みているだけなのだが)元魔王様を見下ろし、口元をピクッと小さくひくつかせた。
少年の瞳には三分の呆れ、三分の可笑しさ、そして自分でも気づいていない七分の愛おしさが宿っていた。彼は洗い古した清潔なハンカチを取り出し、差し出しながら、くすりと笑って口を開いた。
「敬愛なる魔王様……どうやらその『口頭での脅迫』という技は、いまの魔物にはあまり通用しないようですね」




