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魔王は転生して令嬢となり、雇われた勇者護衛  作者: 星野翔


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第一章:烈日と大地(れつじつ と だいち)

千年前の人魔大戦は、旧世界の徹底的な崩壊をもって、壮烈にして荒謬(こうびゅう)な休止符を打った。


勇者ミサールの肉体と魔力は極限の光輝の中で昇華し、一輪の永遠に燃え盛る烈日(太陽)となって穹蒼(きゅうそう)高く懸かり、光と熱をもって無私に万物を照らし出した。一方、魔王ディア布羅の比類なき巨躯と深淵の如き魔力は、悲壮にも無辺の大海原へと沈み、最終的には巍峨(ぎが)たる万里の崇山峻嶺と豊饒無垠(ほうじょうむぎん)の大地へと凝固した。


二人の宿敵は互いの生死血戦を燃やし尽くし、最も皮肉にして最も奇跡的なやり方で、この生気あふれる新世界を孕み育てたのだった。


しかし、世界の正中央にあり、一羽の鳥すら近寄ることを恐れる絶対的禁忌の地——「神の島」の白石の聖台の上には、今なお、かつて魔王の心臓を貫いた終極の神兵「主宰者の剣」が静かに突き刺さっていた。それは封印であり、同時に鍵でもあった。頭上の太陽の輝きと足下の大地霊力を日夜吸い上げながら、風花の中へ冷徹に佇み、まるで運命に引き裂かれた二人の旧主が帰還するのを、根気強く待ち続けているかのように。


千年の時など、神々の目に映るほんの瞬きにすぎない。


その頃、帝国境内で最も顕著にして権勢を誇る公爵府の奥深くで、一筋の清らかで、しかし怒りに満ちた足踏みの音が、貴族邸宅の優雅な静寂を完全に打ち破った。


「くそっ……この肉体はいったいどうなっているのだ? なぜ、まだ動かんのか……!」


華麗なる寝室の中で、少女は何重にも重ねられた複雑なレースの長ロングドレスに身を包み、まるでショーウィンドウの最も高価な人形のように精巧だった。しかし、全帝国の青年を魅了してやまないはずのその顔には、現在、憤懣(ふんまん)やる方ない様子と歯ぎしりばかりが浮かんでいた。


彼女の名はディアブラ。名目上は、公爵府で万雷の寵愛を一身に受ける掌中の珠(箱入り娘)であるが、その魂の深淵に宿るのは、千年前の世界を戦慄させ、夜泣きする子供をも黙らせたあの魔王——ディアブロその人であった。


完全無欠な恐るべき記憶を持ったまま転生したのだから、新世界でも再び天下を揺るがすはずだった。しかし現実の彼女は、あまりに無慈悲なカウンターパンチを食らっていた。このお高くとまった貴族千金の肉体は、想像を絶するほどに脆弱だったのだ。回廊を少し歩いただけで息切れを起こし、体内の憐れむべき魔力なぞ風前の灯火の如く希薄であり、三歳の子供でも使いこなすような最基礎の「引火術」ですら、せいぜい哀れな灰色の煙をかすかに燻らせるのがやっとだった。


「冗談じゃない……本王の『ソロモンの指輪』は、まだ神の島の祭壇に残されたままだ! あの指輪さえ取り戻せば、本王の力は完全に覚醒するものを!」


ディアブラは足元の床に向かって、小さな拳を悔しそうに振り下ろした。魂の深くに刻まれたツンデレ気質と負けず嫌いな性格が、決して運命に妥協することを許さず、ましてや男の庇護に甘えるか弱いお嬢様で終わるつもりなど微塵もなかった。


かつての頂点へ返り咲くため、彼女は公爵家の財力を総動員し、莫大な富を投げ打つ「天價(破格)の懸賞金」を掲げた。それは、「神の島」に足を踏み入れる勇気ある者を全土から募るためのものだった。


だが、神の島はとっくに生者立ち入り禁止の死地である。懸賞金が張り出されて丸一日が経っても、公爵府の豪華で広大な応接室は空っぽのままだった。日頃は威風堂々と豪語する冒険者や王国騎士たちも、その島の一歩を踏み出せば魔物の餌食になることを恐れ、海報を一瞥する勇気すらなかったのだ。


夕陽の残映が窓枠を長く引き伸ばす頃、老管家に導かれて、ようやく一人の若者が足を踏み入れた。


それは、洗濯で色あせた素朴な麻の服を纏った少年の姿だった。彼の名はメシア。表向きは帝国の辺境にあるごくありふれた農村の出身で、両親もまた日出づる毎に働き、日没と共に休む普通の農夫にすぎなかった。しかし、彼ら自身だけが知る真実があった。その「農夫」の正体は、世間から隠れ住む伝説の真竜勇者であり、数々の退屈な農閑期の夜を通じて、少年には神すらも斬り伏せる絶頂の剣術と格闘術が、一分の妥協もなく叩き込まれていたのだ。


何より、少年の魂の深奥にもまた、勇者ミサールの記憶が深く刻印されていた。彼がこの場所へと赴いた目的も、魔王のそれと全く同じ——まさに神の島に突き刺さる「主宰者の剣」を回収することにあった。


少年が応接室へと足を踏み入れた瞬間、その場の空気が凍てついたかのように静まり返った。


ふたりの視線が、黄昏の光と影の中で無言のうちに交錯する。

千年の歳月、生と死を賭けた凄絶な血戦の記憶が、その瞳の奥で激しい波濤を巻き起こした。死線を超えた者同士が放つ特異な魂の波動は、暗夜の灯台の如く眩く、ふたりは一瞬の迷いもなく、寸分違わず互いの正体を看破した。


ディア布羅の瞳孔が急激に縮み、胸中が激しく荒れ狂う——この忌々しく、灰になっても忘れようのない光の輝き……間違いなく、あのしつこく纏わりつく呪わしき勇者の残滓だ!


しかし、魔王としての尊厳がわずか一瞬で主導権を奪い返した。彼女は開いた口を素早く閉じ、気高くあごを引くと、目に宿る驚愕と動揺を強引に押し殺し、瞬時にして「上から目線の傲慢なお嬢様」の仮面を被ってみせた。


一方のメシアは、ほんのわずかに目を丸くした直後、まるで予想外でありながらも情理にかなった面白いものを見つけたかのように、その口元にふっと柔らかい笑みを浮かべた。その笑顔には、久闊(きゅうかつ)を叙する懐かしさと、幾分かの苦笑いが入り混じっていた。しかし、彼は驚異的な阿吽の呼吸を見せる。からかいの言葉を喉元まで出かかったところで巧みに飲み込み、目の前の落ちぶれた元魔王様のお芝居に、まずはつきあってやろうと決意した。


「……コホン」


ディア布羅は小さく咳払いをし、何食わぬ顔でソファへと腰掛け、精巧なボーンチャイナのティーカップを持ち上げて紅茶を優雅に一口含んだ。潤んだ瞳に隠しきれない嫌悪の色を湛え、メシアのそのみすぼらしい麻布の服を上から下まで値踏みするように見つめると、冷ややかに鼻を鳴らし、わざと声を張り上げた。


「本日は丸一日待たされたというのに、集まったのは身なりも整えず、武器すらないド田舎の小僧ひとりのみとは……いい度胸をしているではないか。だが、先に言っておくぞ、本王——本嬢の懸賞金は破格だが、お前が単身で、道中で野垂れ死にそうだからといって、報酬を色つけてやる気は毛頭ないからな!」


強がりながらも内心の気まずさを必死に隠すその口ぶりに、メシアは思わず吹き出しそうになった。


目の前の少女は、剣の一本すらまともに持ち上げられないほどに虚弱でありながら、相変わらず無意識に腕組みをして、強気な眼差しで自分を睨みつけている。その姿を眺めるうちに、彼の心にあった冷え切った空間は、懐かしい温もりで満たされていくのだった。


少年はわずかに笑みを収めると、一歩前に踏み出し、右手を胸に当てて、誇り高い千金へと深く頭を下げた。その声のトーンは、どこまでも穏やかで揺るぎないものだった。


「ご安心ください、お嬢様」


メシアが顔を上げると、その紺碧の瞳には、なぜか不思議と安心感を覚える光が宿っていた。


「ひとりいれば十分です。これからの道のり、たとえどんな魑魅魍魎が立ちはだかろうとも——私が必ずや、あなたを無事に『神の島』へと送り届けてみせましょう」


夕陽がふたりの影を長く引き延ばしていく。宿敵の再会に血みどろの殺気はなく、耳をつんざく咆哮もない。ただ静まり返った公爵府の応接室の中で、紅茶の温かな香りとともに、新世界におけるふたりの全く新しい冒険の幕が、静かに開こうとしていた。

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