第十八章:千年前の剣鋒と憤怒の狂犬の敬意
第一幕:深海の宣戦布告と嫉妬の抱擁
メシアが「力を合わせてルシファーに対抗しよう」と口にしたのを聞いた瞬間、ずっと静かに傍らに佇んでいたリヴィアタンが、不機嫌そうにその美しい両頬をふくっと膨らませた。
彼女は、あまりにも自然で親密な、そして決定的な主権主張を込めた動作で、その豊かな胸の曲線で少年の腕を圧迫するように、メシアの左腕へとさらにぴったりと身体を密着させた。少年の手首を愛おしそうに抱きしめながら、幽藍色の深遠な瞳で石のテーブルの上に転がっているミニ・アスモデウスを冷ややかに一瞥し、呆れたように口を開いた。
「ちょっと、魔界の馬鹿共が大層な作戦会議をしているところに、本座を勝手にカウントに入れるのはやめててもらえないかしら?」
リヴィアタンの口調には、隠そうともしない疎ましさと気だるさが満ちあふれていた。
「本座はディアブロとかいうあの馬鹿の手下ではないの……千年前に関わりを持ったのも、全部あの小娘が本座を深海の牢獄に閉じ込めたからに過ぎないわ。私の今生唯一の願いは、我が勇者ミサール様とともに安らかに、甘い日々を過ごすことだけ。魔界が滅びようがどうなろうが、ルシファーが世界を統治しようが破壊しようが、本座には露ほども関係ないことだわ~」
言いながら、それまでの冷たく高傲だった彼女の眼差しは、身側のメシアへと向けられた瞬間に水のごとき極致の甘い優しさへと溶けていった。彼女は滑らかな頬を少年の肩へと愛おしそうにすり寄せ、吐息を漏らしながら甘い声を囁いた。
「そうでしょう、勇者ミサール様……? あんな面倒でうるさい奴らのことなんて放っておいて、二人で私たちの深海の宮殿へ帰って、甘く蜜のような二人っきりの世界を過ごす方がずっと素敵だと思いませんか~?」
「ちょっと待ちなさいよ——ッ!! リヴィアタン! この死に損ないのクラゲ、いい加減にしなさぁぁぁいッ!」
先ほどまでプンプンと怒っていたディアブラは、この言葉を聞いた瞬間、自らの魔王としての威厳と「専属の従者」がかつてない重大な挑発に晒されたことを察知した! 彼女はなりふり構わず石の椅子の上にバッと立ち上がり、少年へと擦り寄るリヴィアタンを指さして絶叫した!
「『ディアブロとかいう馬鹿』とは何事だ! 本王の耳にはハッキリと聞こえていたぞ! それに——その田舎者のガキは本王が大金を払って雇った専属の従者兼プライベート用心棒だ! 漆黒の深海に連れ去ってタコの餌にしようなどと絶対に許さんぞ!」
「ふん、魔力もなく、ジャムの瓶の蓋すら開けられない小娘が、今や魔神の本体すら維持できずにそんなサイズで甘んじているくせに、万魔の至尊を気取るなんて片腹痛いわ」
リヴィアタンは彼女を斜めに見下ろし、口元に挑発的でエレガントな笑みを浮かべ、ディアブラの虚勢混じりの威厳など微塵も相手にしなかった。
「いずれにせよ、勇者ミサール様は今や『天魔断罪の剣』を手にされており、どこへ行こうと無敵よ。もしあなたが怯えているのなら、本座の足元に跪いて乞うてみなさい。気が向けば、そのちっぽけな命くらいはついでに守ってあげないこともないわ~」
「き、貴様ぁ……この生臭いクラゲめ——! アスモデウス! 本王の命だ、行け! その5センチの体長でこのクラゲの鼻を噛み千切って目を覚まさせてやれ!」
ディアブラは悔しさのあまり小足をドタバタと踏み鳴らし、テーブルの上のミニ悪魔へ無茶な突撃命令を下した!
テーブルにへばりついていたアスモデウスは、首がもぎ取れんばかりの勢いでブンブンと頭を横に振り、小さな両手を必死に振り回しながら甲高い悲鳴を上げた。
「冗談じゃないですよぉ! ディアブロ様! あちらは深海の主、浮島すら一網打尽に呑み干すリヴィアタン様ですよッ!? 私の今のこの姿じゃ、歯に挟まるゴマ粒の足しにもなりはしません! ディアブロ様、どうかお命だけはお助けくださいぃぃっ!」
傍らのオフィーリアは、かつて世界を震撼させ、天変地異を引き起こした伝説の魔神や英雄たちが、古の神殿のなかでまるで幼稚園児のようにギャーギャーと喧嘩し、果ては嫉妬に身を焦がしている光景を見つめ、思わず手で口元を覆いながら「くすっ」と鈴を転がすような笑いを漏らした。
そして、この台風の目に巻き込まれているメシア自身は、ただただ困惑の苦笑いを浮かべるしかなかった。
◇
第二幕:煉獄の城と狂暴なる暴君
神殿の背後に広がる古びた荒野を通り抜け、一行はついに、かつて魔界の至尊たるディアブロが万魔を鎮圧していた古の心臓部——『煉獄の城』へと辿り着いた。
漆黒の焦土の上には、無数の巨獣の白骨が散乱し、永久に消えぬ紫の魔火を燃え上がらせる幽暗な居城が巍峨として聳え立っていた。空気中には息を呑むような血の匂いと兇煞の気が満ち満ちている。
居城の巍峨たる大殿の奥、山岳のごとく魁偉な人影が漆黒の骨の玉座の上に腰掛けていた。
それこそが、七大幹部が一柱、狂暴なる力量と底知れぬ憤怒を象徴する『憤怒のサマエル』であった! 彼の全身には滾る漆黒の烈炎がまとわりつき、血のように真っ赤な二つの獣瞳が、大殿へと足を踏み入れた一同を上から見下ろしていた。
サマエルの視線が、メシアの背後に護られているディアブラの上にとらわれた瞬間、彼は一瞬だけ呆気にとられ、次の瞬間には酷く嘲弄に満ちた破顔の笑みを浮かべた。
「ハ……ハハハハ! どこの命知らずの雑魚が煉獄の城に飛び込んできたかと思えば……まさか千年前、諸天万界を震撼させた万魔の君主が、今日では腕一本満足に使えんような小娘に成り下がっていようとはな!?」
サマエルは片手で粗野な顎を支え、その巨大な身体をわずかに前に傾けると、滾るような重力魔圧の波濤を大殿全体へと押し寄せさせながら、戯れに口を開いた。
「言ってみろ、かつてのディアブロ『お嬢様』。今日こんな死火山まで遥々やってきて、一体何の用だ?」
かつての部下によるあまりにも失礼で粗暴な煽りを受け、ディアブラの小さなお顔はわずかに蒼白になった。
千年前、万魔を束ねた帝王ディアブロとして——彼の魂に刻まれた覇道の誇りは、配下の無礼に怒りを激しくたぎらせていた。
しかし、天性の傲嬌と骨の奥に刻まれた帝王の尊厳が、彼女に屈することを決して許さなかった。
彼女は精緻な小さなお頭を高々と掲げ、両腕を胸の前で組み、可憐な足取りで半歩前へ踏み出すと、恐ろしいまでの重力魔圧に抗いながら、高らかで澄み切った声で言い放った。
「ふん! サマエルよ、本王のいぬ間に、お前が本王の魔界の尊厳を守り抜き、叛徒たるルシファーに抗い続けていたと聞いている……お前のその忠節に免じて、今日特別にお前が再び本王の傘下に降ることを許してやろう!」
ディアブラは誇らしげに小さな顎を突き出し、どこまでも大前横着に言い渡した。
「今すぐ……お前の手元にある政権と軍隊のすべてを本王の手へと差し出すのだ! その報いとして、本王が再び魔王の宝座へと返り咲いた暁には、お前に『魔界大将軍』の至高の地位を賜ってやる!」
この理不尽かつ圧倒的な「傲嬌・無償譲渡宣言」が大殿の内部にこだました。
ディアブラの肩の上にへばりついていた5センチのミニ・アスモデウスは、あまりの恐怖に両手で小さな顔を覆い隠し、心の中で金切り声を上げた。
(終わりだぁぁぁ! ディアブロ様、あなた様は今や下級ゴブリン一匹すら倒せないのに、一体どこからそんな自信が湧いてサマエルの暴君軍団を無償でカツアゲしようとしてるんですかぁぁぁ!?)
「……ッ、プハハハハハハ!」
一瞬の静寂の後、サマエルは突如として天井を仰ぎ見、耳をつんざくような狂笑を爆発させた! その凄まじい声の振動に、巨大な煉獄の城全体が激しく揺れ動き、天井から石屑がパラパラと舞い落ちた。
「大将軍の地位だと?! 政権と軍隊をすべて引き渡せだと?!」
サマエルは骨の玉座からガバリと立ち上がった。その巨大な巨躯は、いまにも大爆発を起こさんとする巨大な火山の如く、真っ赤な双眸に魔界の凄惨でリアルな法則をギラギラと宿しながら、ディアブラを死んづと射抜いて冷笑を重ねた。
「まだ歯すら生え揃っておらんような、そんな貧弱な小娘切れ一匹で、一体何をもってこの魔界を統べようというのだ?! 勘違いするなよ、ディアブロ!!」
サマエルはズシンと重い一歩を踏み出し、漆黒の烈炎が空中ではじけて刺すような爆音を立てた。
「千年前、本座がお前にひれ伏し、命令に従ったのは……あの頃のお前が本座よりも圧倒的に強かったからだ! お前の天災のごとき力を敬畏していたからこそ、喜んでお前とともにこの魔界を統治してやったのだ! だが今は——」
彼は巨大で熱い爪を伸ばし、力なく佇むディアブラを指さすと、口調に底知れぬ侮蔑と問い詰めを込めた。
「見ろ、その情けなく、脆く、本座が指先ひとつで押し潰せるような惨めな姿を! 本座がなぜお前ごときと協力せねばならん? 軍隊を渡して、本座に一体何の得があるというのだ、ああっ?!」
サマエルの容赦ない残酷な問い詰めと、狂暴な魔圧の直撃を受け、ディアブラの小さなお顔は完全に凍りついた。背筋に冷や汗が走り、その小さな身体が思わず後方へと半歩後ずさった。
◇
第三幕:千年前の剣鋒と狂犬の敬意
まさにその時——
『ヴォォォォン————!』
一筋の堂々たる温かな人影が、静かにディアブラの前へと立ちはだかり、その天を突くような憤怒の魔圧を瞬く間に遮断した。
メシアは片手で、凄まじい魔威を放つ『天魔断罪の剣』を握りしめ、その温かな瞳の奥に侵すべからざる鋭い寒芒を宿しながら、上方の暴君サマエルを真っ直ぐに見掘え、静かに、自由かつ毅然と口を開いた。
「もし、この剣と……僕たちが加わるとしたらどうですか、大将軍閣下?」
漆黒の天魔の魔威と、黄金の勇者の霊光が少年の全身で交錯し、激しく炸裂した。大殿全体の空気が、一瞬にして極限の緊張状態へと氷結した!
サマエルの暴怒に満ちていた漆黒の眼差しが、メシアの手に握られた、漆黒の如く深く、凄まじい魔威を撒き散らす魔剣へと落とされた瞬間、ガチリと凍りついた。
『嗡——』
大殿の内部で狂暴に燃え盛っていた漆黒の烈炎が、まるで目に見えぬ力によって一時停止ボタンを押されたかのように、静かに揺らめき、消えていった。
サマエルは『天魔断罪の剣』の刃に刻まれた、見覚えのある古魔界の符文をじっと見つめた。その凶煞な赤光は次第に褪せていき、代わって千年の風霜と血塗られた過去を超越した、深く、懐かしげな光が宿りはじめた。
「その剣は……」
サマエルは徐々に恐ろしい魔圧を収めると、巨大な巨躯を再び漆黒の骨の玉座へと沈めた。その粗野で覇道に満ちた顔に、極めて複雑な苦笑が浮かび、火花を散らす熱い吐息をフゥと深く吐き出した。
「本当に……懐かしいものだな……」
彼の眼差しは遠くを漂い、まるで意識が一瞬にして千年前の、百萬の屍が転がり、天地が変色した終末の戦場へと引き戻されたかのようだった。
「千年前……本座は自らの武勇を過信し、天下無敵を誇って軍を率い、お前の威厳に挑んだ。結果は、お前たった一人の手によって全軍が血の海へと沈められ、潰走させられたのだ。あの時……お前はこの漆黒の剣を、本座の首筋に死角なく突きつけた。刃先が破片ほどでも前に進めば、本座の首級は即座に飛んでいた……」
そこまで語ると、サマエルは巨大な頭部をゆっくりと巡らせ、メシアの背後に固く庇われているディアブラを深々とおののくように見つめた。その声から先ほどまでの残虐さは消え、滅多に見せることのない敬意と傷感が漂っていた。
「だが、お前はあの時、剣を引かなかった。冷酷に刃を収め、本座を生かして返したのだ……『使える手下を殺すくらいなら、この狂犬を生かしておき、より遠くの大地を奪わせる方がマシだ』とな……」
巨石が聳え立つ大殿の中は、短くも粛々とした静寂に包まれた。
ディアブラの肩の上にへばりついていた5センチのミニ・アスモデウスは、ホッと安堵の息を漏らすと、急いで小さな手で胸を撫で下ろし、ミニティッシュで額の冷汗をゴシゴシと拭った。
そして、サマエルの圧迫感に小さなお顔を蒼白にさせていたディアブラも、かつての部下が低く語る当時の記憶を聞きながら、その胸の奥を小さく揺さぶられるのを感じていたのだった。




