第十七章:傲慢のルシファーの野望
第一幕:悲観の小悪魔と魔界の天下三分の計
アスモデウスは小さな鼻をフンッと強くすすると、その二本のミニ手で目元にあるはずもない涙をゴシゴシと拭いながら、半空にふわりと浮かんで長いため息を吐き出した。
「はぁ……ディアブロ様、あなた様はご存知ないのです、この千年の間に魔界がどれほど荒唐無稽な惨状と化してしまったかを。あの頃、あなた様の圧倒的な牽制と絶対的な鎮圧力を失って以来、七大悪魔は完全に支離滅裂に分裂してしまい……」
ミニサイズの羊角悪魔は、天下国家の行く末を憂う重々しい表情を作りながら、小さな翼をパタパタと羽ばたかせて、現在の世界情勢を滔々と語り始めた。
「現在の魔界は、主に『傲慢のルシファー』が率いる天使と悪魔の混合軍団が独占的に頭角を現しております! あやつは野望の塊であり、魔界、天界、人界を一気に併呑し、自らの絶対秩序を打ち立てようと企んでおります。そして、唯一あやつに真っ向から抗い続けているのが『憤怒のサマエル』だけなのです。サマエルは今なおディアブロ様の遺志を頑なに守り抜き、残存する忠誠勢力を率いて必死の反抗を続けておりますが……」
そこまで語ると、アスモデウスは周りの面々を指差し、その赤ん坊のように可愛らしい声をいっそう絶望と悲愴に満ち溢れさせた。
「ですが……ルシファーの強さは異常なまでに規格外であり、いまや魔王軍の半数以上があやつによって強引に接収・傘下に収められてしまっているのです! ひるがえってディアブロ様、あなた様はといえば……いまや下級魔物にすら勝てず、魔力がほぼゼロに等しい華奢な人間の令嬢になってしまわれて……」
アスモデウスはどこからかハンカチよりも小さなミニティッシュを取り出し、メソメソと涙を拭うフリをしながら、極限まで悲観的に大声を張り上げた。
「終わりです! 全部終わりですよ! ルシファーが世界を統治するのはもはや避けられない動かしがたい事実です! いっそのこと早々に諦めて寝てしまい、魔界の破産宣言でも準備した方が賢明というものですぁぁぁ……泣!」
◇
『ペシィィィン————!』
アスモデウスの悲鳴が言い終わるより早く、白く繊細な小さなお手が迅雷の如き速さで伸び、ハエ叩きの如くこの5センチの小悪魔を『バンッ!』と石のテーブルの上に叩き伏せた!
「この骨の無いメス羊が! 本王の目の前で妖言を吐いて本王に不吉な見通しを立てるな——!」
ディアブラは片手でジタバタと暴れるアスモデウスを死守し、もう片方の手を腰に当てて仁王立ちした。
千年前、世界を戦慄させた魔王ディアブロとして——彼の魂に宿る気高き自尊心は、かつての配下の軟弱な言動を断じて許さなかった!彼女の血赤の双眸には決して屈しない傲嬌と帝王の覇気がギラギラと燃え上がり、小さなお顔を怒りで真っ赤に染めながら絶叫した。
「たかがルシファー! 当時は毎日本王にひれ伏して叩きのめされていた臆病な部下に過ぎんではないか! 本王は今……確かに一時的に身体がか弱く、魔力が少々不足してはいるが、本王の叡智は健在だ! 手下にはお前たちのような……ふん、まあギリギリ役に立つ奴らもおる!」
彼女は猛然と振り返り、傍らで天魔断罪の剣を握るメシア、そして背後に控える気勢鋭いリヴィアタンとオフィーリアを指差し、誇らしげに高慢な顎をしゃくり上げた。
「それに本王の傍らには、この嫌と言わずに働く田舎者のガキもおる! ルシファーがもし本王の道を阻もうものなら、このガキに命じて断罪の剣で奴をローストチキンにしてくれるわ!」
テーブルの上に叩きつけられたアスモデウスは、命からがら小さな頭をひょっこりと突き出し、全身から途方もない勇者の魔威をみなぎらせているメシアを見上げ、それから威風堂々としたディアブラを見つめると、目元を猛烈に引きつらせてボソリと呟いた。
「ディアブロ様……それって完全に人間と勇者の威光に全力で乗っかってるだけじゃありませんか……」
「何と言った?! 本王がお前を羊肉つみれにして丸呑みにしてやろうか?!」
ディアブラは眉を逆立て、ふたたび怒髪天を突く勢いで大爆発しようとした。
◇
第二幕:少年の撫で毛と固まる小千金
傍らで見守っていたメシアは、このかつて的主従によるコミカルで賑やかなやり取りを見て、思わずクスリと優しく吹き出してしまった。
少年は温かな手を伸ばすと、怒りのあまり少し乱れてしまったディアブラの柔らかく金糸のように輝く髪を、ごく自然な手つきでそっと撫で下ろした。その澄んだ瞳は、次第に真剣で揺るぎない輝きを宿していった。
「よしよし、お嬢様。このチビ助と喧嘩するのはこれくらいにしましょう。『憤怒のサマエル』が今もあなたの遺志を守り続けていると分かった以上、僕たちの次の目標ははっきりしましたね——まずはサマエルの勢力と合流し、力を合わせてからルシファーに対抗する方法を考えましょう」
突然頭を優しく撫でられたお嬢様は、全身をピクッと硬直させた。
小さなお顔が「シュバッ!」という音を立てるかのように一瞬で耳の根まで真っ赤に染まり、さきほどまでの高慢ちきな気圧は一瞬にして雲散霧消した。彼女は気まずそうに「ツンッ」と鼻を鳴らしたものの、少年の温かな手を振り払うことは決してしなかった……




