7. あなたは何とも思わないの?
数日後、わたくしはシャルル様とカトリーヌ様と三人でお茶を飲んでいた。
「リズは本当に優秀だ。それに国が違うと文化も違う。あなたの出す案は我が国にはなかった斬新さがあり視野が広がる」
部屋の中にはわたくし達三人と護衛として残ったニコラスのみ。だからか、シャルル様はどこか興奮を隠していなかった。そんなふうに言ってもらえるのは素直に嬉しい。だけど買い被りすぎ。この程度誰だってできる。
首を横に振って否定する。カップに口をつけるとすっきりとした苦味が口の中に広がった。鼻に抜ける爽やかな香りに思わず吐息をもらした。
「……すごく爽やかで美味しいです」
「そうでしょう? 暑くなるこれからの季節にぴったりなのよ」
あの日以来初めて会うカトリーヌ様は、からりとした笑顔でそう笑った。
「夫のお母様の出身地の名産なんですって。たくさん持って来たから気に入ったら貰ってちょうだい」
「ありがとうございます」
カトリーヌ様が笑うたびに窓から差し込む日の光で、金色の髪が煌めく。シャルル様と初めて会った時にも思ったけれど、驚くほどに美しい方だ。二人はよく似ている。
もう一度カップを持ち上げ、香り高いそれを深く吸い込んだ。
「ここの生活には慣れたかしら? 不足とか不満とかはない?」
カトリーヌ様は目を細めてわたくしを見る。それに、はい、と頷いた。
わたくしはシャルル様の客人としてお城に滞在させてもらっている。数人の侍女とお部屋まで与えられて、必要なものはなんでも用意してもらって……不足も不満もあるはずがない。
「聞けばシャルルが毎日のように食事に誘ってるってことじゃない。本当は嫌だけど断れないんじゃないの?」
眉を寄せて尋ねられたそれに答えたのはわたくしではなくシャルル様だった。
「姉上、私は無理強いはしておりません。なあ? リズ」
「えぇと……」
カトリーヌ様のおっしゃる通り、それに関してはその通りではあった。断ろうとしてもシャルル様は、ゆっくり食べればいい、食べたいものはあるか、とわたくしが返事をする前に全てを決めてしまう。
ニコラスがそれとなく注意してもこの調子だから……。
言葉を濁したわたくしを見てカトリーヌ様は、ほらね、とため息をついた。
「あなたはいつも強引なのよ。どうせいつものあの勢いで誘っているんでしょう? あれでは断ろうにも断れないわ」
「断りたかったら断ればいいではありませんか。断らないのはリズの意思です」
シャルル様の言葉にカトリーヌ様は再び深いため息をつく。
「ごめんね、こんな弟で。断れない時はシャルルじゃなくてニコラスに言ったらいいわ。遠慮しないでいいからね」
カトリーヌ様がそう言って扉の方へ目を向けると、そこに立つニコラスは笑顔で大きく頷いた。
食事を一人で摂りたい気持ちはある。人目を気にして食べるのはあまり味が分からないから。だけどシャルル様が本当にそれを望むのなら……わたくしにできることなんてそのくらいしかない。
カップに口をつける。勧められたお菓子は曖昧に手を伸ばさない。シャルル様だけならともかく、カトリーヌ様もいるところではできるだけ表情を動かしたくない。物を食べる時もやはりわたくしのこの頬の引き攣りは見て取れるから。
シャルル様は何か言いたそうに口を開いたが何も言わなかった。
「……リズ、あなたがここへ来た経緯はシャルルから聞いたわ。だけど本当によかったのかしら、と考えてしまうの」
そう言ったカトリーヌ様は眉を下げて微笑んだ。憂いを帯びた目の中に先ほどまでの気の強さは見えない。
「何が、でしょうか……」
カトリーヌ様の言葉の意図がよく分からなくて問う。シャルル様は何も言わず、こちらを伺うような目をして、カップに口をつけていた。
「あなたは何とも思わないの? あなたの人生を曲げてしまったわたくし達の近くにいて」
何とも思わない、と言うと嘘になる。だけどそれは決して恨みや後悔ではない。
どこまで言葉にしようか、と迷っているとシャルル様が言った。
「言いたくないことは言わなくていい。だがあなたの心を聞かせてもらえると嬉しい」
その顔に笑顔はなかった。真剣な表情。右手で頬に触れるとおしろいの粉っぽさの下に薄い蝋のような質感があった。
「おっしゃる通り、わたくしを取り巻く環境はこの火傷によって大きく変わりました。ですがわたくしの心の中には不思議と後悔も恨みもありません。それよりも……」
自然と口からこぼれる言葉にハッとしてその先は飲み込んだ。
「……謝罪も感謝も先日いただきました。この件に関して皆様が気負う必要はございません」
ゆっくりと紡いだ言葉はちゃんと伝わったのか。
カトリーヌ様とシャルル様は唇を引き結んで頷いた。よく似ている姉弟だわ、と思う。顔立ちもお心も。美しくて優しくて。
「わたくしの方こそ、もしもご迷惑でしたらおっしゃってください。すぐにでも出て行きますので」
ガタン、と大きな音がした。立ち上がったシャルル様がそこにいた。
「ダメだ……!」
思いもよらなかった反応に、思わず口が空いた。向こうの扉の前でニコラスが困ったように笑うのが見えた。
ちょっと、と咎めるようなカトリーヌ様の声にシャルル様はハッとした様子で椅子に座った。そしてコホンと誤魔化すような咳払いをひとつ。
「迷惑などとんでもない。あなたがいるから私は仕事が楽になった。これからもいてもらいたい」
ありがとうございます、と小さくお礼を言う。微妙な沈黙が部屋の中に降りた。カチャ、カチャ、とカップの音だけが響く。
「私は、あなたを幸せにすると言っただろう」
小さな声が沈黙を破った。シャルル様へ視線を向けると、わずかに頬が赤くなっているように見えた。どうして今更照れているのかしら、と思う。
わたくしはどんな顔をすればいいのかしら。考えても分からなくて、表情を変えないままお茶を飲んで誤魔化す。
シャルル様は最初、わたくしを王太子妃に、とおっしゃった。もう撤回されたはずの言葉だけれど……もしかすると冗談ではなかったのかもしれない。だからと言って、わたくしにはどうすることもできないのだけど。
「何事も無理強いはダメよ」
カトリーヌ様のからかい混じりな声。シャルル様は頬に赤を残したまま、チラリとわたくしを見て、分かっています、と小さく言った。




