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6. あなたの為なら私はいくらでも待つ

「本当に分からない。おしろいとはすごいな」



 シャルル様のお部屋で向かい合って座ったシャルル様は驚いたようにそう言った。ええ、と頷きながら数人の侍女がテーブルに皿を並べるのを見る。


 あの後、シャルル様に連れられて国一番だという医師と薬師に会った。その際にこの痕を隠す為に、とそれ専用のおしろいをもらったのだ。試しに使ってみると本当に分からなくなったのだから驚く。



「しかし、やっと食事の誘いに頷いてくれたな」



 シャルル様は嬉しそうに笑いながらそう言った。



「シャルル様が逃してくださらなかったので」


「すまないな」



 全然すまないと思っていなさそうな笑顔と声で言われ、思わずため息が出てしまった。


 本当なら誰かと食事をするなんて絶対に避けたいことだったのに。これまで全力で避けてきたというのに。ここへ来ることが決まった時と同じ勢いで押され、拒否ができなかった。


 テーブルの上に次々と並んでいく食事を見て、今すぐにここから逃げ出したい気持ちに駆られる。



「道中何度も断られた私の身にもなってくれ。不憫だと思わないか?」



 それにはなんとも答えられなかった。シャルル様は、それに、と続ける。



「元婚約者殿と食事を共にしたことはあるのだろう? それなら私ともしてくれ。不公平だ」


「それは……」



 もちろんセドリック様と一緒に食事を摂ったことはある。毎日のようにセドリック様の家で仕事のお手伝いをしていたのだから当然と言えば当然。だけど、あの時とは状況が違う。


 すっかり準備が整ってしまったテーブルの上。薄く切られたパンを見る。この国のパンは硬いのが特徴。ここへ来る前から知識として知っていたし、国境を越えてから何度も食べたので知っている。



「何も心配はいらない。私に気を遣う必要もない。例えあなたが礼を欠いた食べ方をしようと私はなんとも思わない」



 もっとも、あなたの所作は驚くほどに美しいが。そう続けられた言葉には曖昧に頷くことしか出来なかった。


 シャルル様は上機嫌な様子で、自らの後ろに立つニコラスを見る。ニコラスは表情を変えずに無言で頷いた。かと思えばシャルル様の隣に座り、大皿から全ての料理を少しずつ取って食べ始めた。


 ニコラスも一緒に食べるのかしら、と思ったが、シャルル様はまだ食事に手をつけようとしない。



「えっと……?」


「ああ、すまない。毒味だ。今は毒が盛られることなど滅多にないが、念の為な」



 毒味自体は珍しくない。公爵家のセドリック様も家以外で食べる時は毒味をつけていた。だけど……



「ニコラスが、するのですか?」



 毒味は護衛騎士の仕事ではない。毒味役というのは普通はそれだけの為に人を雇うはず。毒が盛られた場合、その人は無事ではいられないから。


 シャルル様とニコラスは主従というには仲が良い。こんなになも近しい人にさせるというのは……。


 しかしシャルル様は不思議そうに首を傾げ、当たり前のように言った。



「信用できる者にさせなければ意味がないだろう」



 王族らしくない人だと思っていた。だけどちゃんと王族だ。この方と出会って数日。今この瞬間にそれを一番強く実感した。


 口元がひくりと動き、右頬が引き攣った。


 ニコラスは全て食べ終わると、問題ありません、と笑った。その笑みはわたくしにも向けられる。



「どうかシャルル様を誤解なさらないでください」



 そう、ニコラスは言った。その言葉の意味がよく理解できず、シャルル様へ視線を向ける。シャルル様は眉を下げ、仕方なさそうに微笑んだ。



「リズも知っているだろう。我が国の10年前の王位争いを」


「ええ……」



 頷いて、ハッとした。


 他国のわたくしには直接関係することはなかったけれどそれはそれは酷いものだったと聞く。



「陛下……父上は積極的に玉座へ手を伸ばすことはなさらなかった。だが、あの時は王族であれば誰もが命を狙われていた。日々暗殺者が部屋に忍び込み、食事には毒が盛られ……兄を亡くした」



 言葉が出なかった。



「あれ以来毒味をしなければ何も口にすることができないんだ」



 シャルル様は笑った。悲しそうに、辛そうに。わたくしはシャルル様に何と言葉をかけられるだろう。考えている内に、パン、と手を打つ音が聞こえた。次いで明るい声が言う。



「すまない、暗い話をしてしまったな。では食べよう。リズも好きに食べてくれ」



 知らなかった。考えもしなかった。10年前など遠い昔のような気がして、そこにシャルル様がいたことを想像することもしなかった。なんという愚かさ。



「……ありがとうございます」



 小さくお礼を言うと、シャルル様はいつもと同じように笑った。


 大きく口を開けなくても食べられそうなものと、柔らかなそうなものだけを選んで侍女にお皿に入れてもらう。


 少しだけしか盛られていないわたくしのお皿を見て、シャルル様はそれだけか? と問うた。



「少食だとは聞いていたが、まさかそれしか食べられないわけではないだろう? パンも食べてくれ。うちの料理人は腕がいいんだ」



 誇らしげなシャルル様に首を振ることなんて出来なかった。勧められるままにお皿の上には料理がのる。


 それを見ると背中に嫌な汗が滲んだ。


 熱湯で焼かれた皮膚は伸縮性をなくした。それによって起こるのは喋りにくさだけではない。食事も同様。何せ口が開かないのだ。そして噛み締めるたび、飲み込むたびに皮膚が引っ張られ、痛みに似た違和感がある。故に硬いものを食べるのは大変だし、量を食べようと思えば時間もかかる。


 ……だから、一人で食べたかったのだけど。


 せめて硬いパンを侍女に小さく切ってもらい、噛み締める。どうだ、と言わんばかりにわたくしを見るシャルル様に、美味しいです、とだけ言った。



「そうだろう。好きなだけ食べてくれ」



 嬉しそうに笑うシャルル様。緩みかけた頬を引き締めた。おしろいで隠した痕。表情を変えなければ、笑わなければきっと分からない。


 何か言いたそうなシャルル様には気付かないふりをして、ゆっくりと、だけどできるだけ急いで食事を進めた。


 お皿の上が半分ほど減った頃だった。シャルル様はもう食事を終えた様子で、手を止めてアルバニルの料理の話をしている。わたくしは満腹感を覚えながらも、少しずつ料理を口に運んだ。


 不意に、シャルル様の後ろに立つニコラスと目があった。そして、彼は目に見えてハッとした。


 気が付いたのだ、とすぐに分かった。わたくしが一人で食事を摂りたい理由に。


 ニコラスの目が迷いを見せる。言わないで、と目で訴えかけた。シャルル様がそれに気付いてわたくしとニコラスを見る。



「なんだ? 私抜きで楽しそうだな」



 不満そうなシャルル様。楽しくはありません、と言いたかったが、きっとそんなことはシャルル様も分かっていて言っているのだろうから口にしなかった。


 ニコラスが一歩前へ出るのが見えた。



「ニコラス」



 名前を呼んで止める。しかし彼は、すみません、と一言言うと、シャルル様の横まで歩み出て、その耳に口元を近付けた。


 小さな声。なんと言っているかはわたくしには聞こえないけれど、それを聞いてシャルル様は勢いよく立ち上がった。



「な、なぜ言わないのだ!」


「言ったところでどうにかなるものではありませんから」


「だが知っていたら……!」



 そこまで言ってシャルル様は口を閉じた。そしてニコラス以外の騎士や侍女達を部屋から出す。三人になった空間で、シャルル様は先ほどよりは落ち着いた声で言った。



「だが、知っていたら私はあなたに硬いパンを勧めたりはしなかった。料理だってもっと食べやすいものを……」



 フォークを置いて立ったままのシャルル様を見上げる。



「だからです」



 料理について楽しそうに語っていたシャルル様。ここに並んだこの国の料理は、わたくしをもてなす為にシャルル様が選んでくれたのだろう。



「わたくしはシャルル様が美味しいと思うものを同じように味わいたいのです」



 気遣われたくなどない。シャルル様の心を受け取りたい。



「だけど、時間が掛かるので……」


「時間などいくらでも掛ければ良い。あなたの為なら私はいくらでも待つ」



 立ったまま、身を乗り出すように言ったシャルル様の肩を、ニコラスがそっと引く。シャルル様はハッとした様子で乗り出した身を引くと続けた。



「だから、何かあるのなら遠慮なく言ってくれ。私はニコラスのようには気が付けないから……」


「ありがとうございます」



 本当に優しい方。その言葉だけで胸がいっぱいになる。


 セドリック様だったら、ゆっくり食べることを責めはしないけれど待ってもくれない。セドリック様だったら気が付こうともしない。気が付いても何もしてくれようとはしない。悪い人ではない。でも、そういう人。


 一般的にはどちらが普通なのだろう。シャルル様かセドリック様か。他の男性を知らないから誰とも比べようがない。


 ゆっくり食べてくれ、と座り直したシャルル様は再びアルバニルの料理の話を始めた。わたくしに遠慮させない為か、今度はニコラスも会話に巻き込んで。


 ……きっとシャルル様が特別優しいのだわ。


 鼻がツーンとして、込み上げてきた涙をパンと一緒に噛み締めて、飲み込んだ。

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― 新着の感想 ―
ヒーローがヒロインのことを好きなわりには最低限の気遣いすらしていない感じで、なんだかなと思いました。今後の展開をお待ちしています。
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