不器用なおじさんの決意、少女に潜む鋼の意思
「訳わからねぇ奴だなお前……その女を置いて死ねや!」
正直なにがどうなったのか分からず混乱しかけたが、相手が襲い掛かってきたことでお嬢さんの命の危機であると考え、問題解消が先だと頭を切り替え前へ出ることにした。
まるでそう決まってきたかのように、相手は幻と同じ動きをしてきたので余裕を持って避けることが出来、そのままガラ空きになった左頬へ思い切り拳を突き出す。
見事に捉えただけでなく相手は回転しながら吹き飛び、少し離れた場所にあった木に激突して止まり草むらに落ちる。
安全を確認するため近づいたが、三人とも気絶しているだけで息はしておりほっとした。
それにしても荒くれ者っぽい見た目にしてはとても弱く、残り一人も同じように戦ったところさっさり倒せてしまい困惑する。
確かに俺は鍛えたこともあるが三人を相手に圧倒するほど、そして吹き飛ばしてしまうほど自分が強かったとは思えない。
恐らくあの抑揚のない声が言った何かが発動したのだろうが、あれは彼女の奇跡の力ではないのかと見るも、唖然としており何かした感じではなかった。
そうするとこの力はいったい何なんだろう。困惑しつつ深呼吸して呼吸を整え、彼女の近くに移動しようとしたところ
「あ、あの、聖騎士様のようにお強いんですね! 不思議な服装や装備をしてらっしゃるのに!」
手を組みながら目を輝かせ、そう言って感激してくれた。
どうやら俺のことを悪い人間ではない、そう思ってくれているように感じる。
ここがどこだかもわからないし聞きたいことが山ほどあったし、体の熱が未だに消えず少し休みたいのもあって、良かったら少しお話でもと恐る恐る提案してみた。
すると彼女はあなたのことを教えて欲しいと言ってくれ、状況を整理するためにも彼女を見る前の話をさせてもらうことにする。
俺の名前は小峠康作。生まれも育ちも貧しくて着る物も食うものもなく、名前をもじった蔑称で呼ばれ、いつも人から蔑まれて生きてきた。
市営住宅で育ったが記憶がある頃から、両親はおらず優しい姉に世話をされ過ごす。
どこに行ったかもわからない両親は、世間の目があるからかたまに帰って来ては札束を置いていくが、それは別の大人が回収してわずかな金しか残らず、それを姉は切り詰めながらなんとか生きていた。
そんな日は長くは続かず、やがて両親も別の大人も来なくなり、姉と二人だけの生活も行き詰まった結果、施設へたどり着いた。
平和な日なんて一日もないまま日々は過ぎて行き、知らない間に姉も居なくなったことで絶望し、高校を途中で止め施設を出る。
選べる仕事なんてそもそもなく、工事現場で体を引きずりながら毎日汗だくになるまで働いた。
唯一運が良かったのは西島親方という、現場で尊敬できる大人に会えたことだ。
仕事のイロハから人としての道を教えてくれ、親のように接してくれる。
ただ幸運はそう長く続かず十年程経った頃、西島親方は誰にも何も言わずに行方不明になってしまう。
悲しみを引きずりながらも働き続け数十年続いたある日の午後、太陽が本当に人を焼くのかと思うほど暑い日に、水分補給すら許されず働いていた俺は、真上から来た黒い影を見たのを最後に意識を失う。
「で、気づいたらここに居たんだけど……信じる? 俺の話」
「……シエージュータクとかチューソツとかコージゲンバとか、分からない国の言葉ですが、コーサクさんが頑張って生きてこられたことだけは伝わりました」
「そ、そうかい!? そんな風に家族以外の女性に褒めてもらえたのは、生まれて初めてだ。あ、こんなところで長話してごめんな。物騒っぽいしとりあえずどこか町にでも移動しようか」
「たしかにそうですね! 町までご案内します!」
彼女はそう言って先導してくれる。さっきの男たちは息をしていたのを確認し、さすがに運べないので放置しておくことにした。
「あ、そうだ。申し訳ありません自己紹介もせずに。私の名前はリィナ・フォン・マナと申します。コーサクさん、よろしくお願いします!」
少し歩いたところで急に立ち止まったので、何かあったのかと前に出ようと通り過ぎたところでそう言われ、危うく転びそうになってしまう。
なかなかズレた感じの人だなと思いつつ、そういう彼女だからこそ自分は助けられたんだろうな、そう納得する。
そうなるとリィナはだいぶ危うい人なのではないかと言う気がした。
他人をだましだます世の中で、しかも平然と人を売り買いするような連中がいる中で、この先もずっと今のままでいられない気がする。
世界そのものや自分の状態など分からないことが多いけど、出来れば力になりたいと思った。
今日まで生きて来て他人にそこまで思ったことはなく、今も何故そう思っているのか分からない。
それもリィナの人柄によるものだろう、と言うことにして考えるのを止める。
少ししてから人が往来している形跡のある土が見える道に出ると、歩いている間に何台もの馬車が通り過ぎた。
タイムスリップしたのかと困惑しかけたが、自分がどういう理由でこうなったのか知る術はない。
「いってぇ……」
先ほどの不思議な現象の反動か、熱は収まってきたが今度は体中に痛みが出てくる。今の俺には彼女の優しさとこの痛みだけが現実だった。
知る術がないなら今できること、彼女を守ることに全力を注ごうと頭を切り替え後姿を見る。リィナの背中は儚く頼りなさそうではあったが、なぜか鋼のように固い芯を感じて気になった。
聞いて良いかどうか迷っているうちに森から草原へと出て、さらにその先に大きな石壁が見えてきた。近付いて行くと門が見え、石壁が城壁だったことを知る。
「コーサクさん、ここが私が今日巣立った町、アースです!」
門のところまで着くとリィナがそう言って紹介してくれ、そうなんだと答えたがすぐに妙だと思いもう一度言葉を思い出す。
目の前にいた二人の兵士たちも槍を片手に直立不動で、目を丸くしながらこちらを見ていた。
「リィナ様……? 諦めて戻られたのですね!? 良かった……皆無謀な旅だと思っていたんですよ! 早く領主様にお伝えせねば!」
皆が時間停止したような状態で時間が過ぎて行ったものの、一人の兵士がいち早く我に返ってそう呟いたことで、時間の流れが元に戻る。
兵士たちは慌てて町の中へかけて行ってしまい、こちらは取り残された。
諦めて戻ってきたとさっきの兵士は言ったが、今日知り合った俺でも諦めて戻るような軽い人ではないと分かる。
様付で呼ばれる辺り身分が高い人なんだろうなと思っていると、リィナが中へ入りましょうと先導しながら促すので後に続く。
門を潜る際にリィナ”様”と呼ばれていたのを思い出し、自分の服の誇りを払い襟を正しつつ、彼女から少し距離を取って歩いた。
町の中を見ると確かにタイムスリップしたような、そんな印象を受けるものばかりである。
石で出来た家に木で出来た掲示板などの設置物、それに馬車や通り過ぎる人々の服装など、明らかに二千二十六年にはもうすべて鉄や機械などに変わってしまったものでひしめき合っている。
ただその仕事ぶりは目を見張るものがあり、石積みの精度や道の引き方など、ここを整備した職人たちの気合と腕を感じワクワクした。




