三十六話 おじさん、選抜戦に挑む㉞
2人の【魔王】の筺が開かれ、その中から彼女らの根源が零れ落ちる。
マーラの背から己こそが太陽と言わんばかりの日輪と巨大な髑髏が浮かび上がり、手には【波旬】を握りしめ、その刃をアカシャに向けた。
一方、アカシャの背には1つの太陽が浮き上がり、胸元からは燃え盛る様な焔が溢れ出るとそれらを腕で掬い上げる。
互いに逃げるという選択肢はない状況の中、真っ先に仕掛けたのはアカシャであった。
「殲滅の閃光」
6つの腕で掬い上げた焔を両手を合わせて、圧縮し、解き放つのは3つの眩いばかりの閃光。
「死ね」
それらは相手に感知などという暇も、避けるという隙を与えることない。
光が相手を捉えた瞬間に、既に決着する不可避の速攻。
だが、マーラはそれに対して、【波旬】を前に構え、防御を取る。不可避の速攻である閃光にすらも勘付き、真っ向から、それを撃ち落とさんとした。
「あ?」
しかし、マーラが【波旬】に纏わせた【権能】が発動しない。
その間に、マーラの肉体に照準が定まった瞬間、反応も出来ないまま、彼女の顔、心臓、脚に一瞬にして、穴が空いた。
アカシャの筺、【天】。
【魔力】を滅する光の操作の【権能】、それを濃縮し、生まれた太陽から放たれる陽光によって、照らされる領域内の【魔力】を消し去る。
【魔族】、【魔王】に対して、絶対的な優位性を生み出すことが可能なアカシャの本質である。
「貴様は、我が筺を開く前に殺せただけだ。それは運が良かっただけ。我こそは【第六天魔王】、殲滅のアカシャ。不倶戴天の怨敵、マーラよ。我にその地位を返還しろ。それでこれまでの無礼を赦そう」
既に穴を空けられた死体に向けて、アカシャは喋った。
その行動に意味は無く、ただ、動かなくなったマーラという死体に向けて、これまで味わった屈辱をぶつけるためだけの行為であった。
別にスッキリも、感情の整理がつく筈もない。
(マーラの死体をぐちゃぐちゃにしてやりたいが、まぁ、良い。こんなところで油を売るのは、時間の無駄。彼奴のおかげで、マナカの魂を沈められた。このまま、勇剣と合流し、アイツらとゲーテ、彼奴の首を取るか)
アカシャは既に死体となったマーラに目を向けず、その結界内の壁に自身の【権能】の込められた光を放とうとする。
「筺を出してもこの体たらく。それで俺を殺せたなんて、思わなんだ」
背後より、声がした。
アカシャが背後を振り向くとそこには顔、心臓、脚に穴という虚空が生まれたマーラが立っていた。
「何故、生きてる? いや、貴様、それで生きてる訳が」
口はないのに声はする。
眼はないのに視線が刺さる。
アカシャの目に映るのは殺意を放つはずの表情は無い。だが、吸い込まれる様な狂気が脳裏を過ぎった。
「何だ? 貴様、一体、貴様は何なんだ!」
【魔王】は恐怖した。
自身の殺した獲物が喋りかけてくる事に。
「何なんだって、そりゃ【魔王】を殺す【魔王】だよ」
そういうと顔に空いていた穴からヒビが入り、バキバキと音を立て、その背後からは無傷のマーラが現れた。
「何、故? 何故? 何故何故何故何故何故!!!! 何故だ! 我の筺は既に発動してる! それなのに何故!」
理解し難い恐怖が脳を支配し、それを肴にして、マーラはニヤニヤと笑みを浮かべる。
「そんなにビビるなよ、俺の【権能】は空を操ると言ったろ?」
マーラはそう言うと空間にある筈もない面を腕で捉え、それをベリベリと音を立てながら剥がし始めた。
「俺はこれを衣覇堂々って呼んでな、重宝してる。何たって、お前らの攻撃を反射出来るからな」
それがさも普通かの様な態度で、説明したマーラに対して、アカシャは唖然とした。
その顔を見て、全ての条件が揃ったことを確信したマーラは再び口を開く。
「クックックッ、良い顔だ。その顔見れただけで満足満足。さあて、遊んでやっても良いが、時間も限られてるし、とっとと、感動のフィナーレと行くか」
そういうとマーラは【波旬】を振り翳し、それに背後に生まれた骸骨がバキリバキリと音を立てながら、その刃に纏わりつく。
マーラはここ迄、一切余裕を崩さず、アカシャという存在を根底から壊すためだけに本気を出して来た。
何故、アカシャを壊すのか?
それはマーラが【魔王】を殺す【魔王】であるという運命を歩くが故。
そして、もう1つ。
「俺以外の【魔王】がこの世界で、我儘通すのが認めん。俺だけが、この世界に立ち、支配する。それが誰であれ、敵対するなら、容赦しねえ」
マーラは否定する。
己が快、不快のみを指針に。
自分の役割をこなし、全てを手に入れるために。
「 他化自在天【覇旬】」
【波旬】の刃に纏わり付いた骸骨は形を成し、アカシャの目の前には、彼女らをゆうに簡単に呑み込むほどの大剣が振り翳された。
自分という理不尽すらも簡単に退け、我が物顔で自身の地位を奪い去った怨敵に対して、怒りをゆうに通り越した激情をアカシャはマーラに向ける。
それは理不尽の押し付けであり、アカシャは圧倒的な質量を前にしても尚、負けを認める事などせずに、背に生み出した太陽を六つの腕で集め、最後の攻防へと挑むために叫んだ。
「貴様が! 貴様が我を否定するのならば! 我は貴様を認めぬ! 我が怨敵! 我が簒奪者! 貴様が我を呑み込むのであれば、我は貴様を喰らってやろう! 死ね! 【魔王殺し】! 我が貴様を灼き殺す!!!!」
最後の太陽は今、沈むためでは無く、復讐のために燃え上がる。
「殲滅の陽光!!!!」
魔を滅さんとする光を注ぎ、振り下ろされる大剣の一振りを払い退けようと、己の太陽を打つけた。
そんな必死の抵抗を、生への渇望を嘲る様に、マーラは全て否定する。
「空/絶」
マーラが呟くと同時に、アカシャの肉体へと天空より、斬撃が堕ち、気付いた時には彼女の肉体は6枚に下ろされていた。
「な」
何が起きたのか理解が追いつかない。
だが、それでもアカシャは6枚に分割された断面を見ながら、必死に肉体の再生を試みる。
(な、ぜ、うごかない!?)
動かさんとする体は何故か一切、動かせず、意識だけが残り、バラバラになる身体をただ、見守るだけ。
「に」
他化自在天【覇旬】、それはマーラが落とした筺の中身であり、彼女の根源を最も形作った魔剣。
振り下ろせば最後、不可避、不可視の理不尽を押し付け、相手を絶対に死に至らしめる。
この剣を喰らい、生き延びたのはただ1人、肋屋レンジのみ。
それ以外の人間、魔物、【魔族】、【魔王】、全てを屠り、彼女は最強と言わしめて来た。
「じゃあな、アカシャ。俺の居ない時代に生まれた弱き【魔王】」
最強と言われた【魔王】からの侮蔑の言葉、それを受けたアカシャの魂は砕け散る。
恨みも、妬みも、憎しみも全てぶつけられないまま、破壊された魂の中、1つだけまだ、その形を保っている物をマーラは見つけ手をつけた。
「そんじゃ、まあ、始めますか。別に俺はお前がどうなろうが知らんが、レンジとの【契約】だ。アイツに感謝しろよ」
マーラはその一言を最後に、足元に魔法陣を展開するとそれが巨大な光を生み、彼女ら共々飲み込んだ。
マーラがアカシャを倒すまでに要した時間は2分50秒。
この儀式が終わると同時、彼女の【ユニークスキル】によって結界は崩壊する。
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