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その3

 しばらく青年を睨むようにみつめていたが、やがてグラントは諦めたように溜息をつくと静かに語り始めた。



 ……僕はね、生まれつき身体が弱くて、その上、耳が聞こえなかったんだ。

 おかげで学校にもろくに行けなくて、家の閉じこもるしかない暗い子供だった。

 普通なら疎まれるよね。

 でも、僕の家族は心から僕を愛してくれたんだよ。

 僕の生まれた家は裕福だったんだ。だから、余裕があったんだと思う。僕のような不完全な子供が生まれても、両親も、出来のいい兄も、決して困った顔など見せず、慈しんでくれた。

 何不自由のない生活だったよ。

 僕が必要なもの、欲しいものはなんでも家族は与えてくれた。どんなに我儘を言っても、魔法のように、次から次へと現れて、それらは簡単に僕のものとなった。

 幸せでしょう?

 ずっとそんな暮らしが続くと思っていた。ずっと家族に愛されながら、この安全な家の中で、何でも揃っている部屋の中で、この美しい静寂の中で、僕はずっと生きていくんだと思っていた。

 けれどある日、それが変わった。

 目覚めた朝、耳が痛かったんだ。

 いつもの静かな朝じゃなかった。わんわんうるさくて、耳も心もざわついた。

 何が起きているのか判らなくてパニックになっている僕に、何者かが囁いた。

『勇者よ』と。

 その声は染入るように優しく僕に語りかけてきた。怖くなって両手で耳を塞いでも、その声は囁き続けた。

『音の勇者よ。聖剣を持て。そして悪を斬るのだ』と。

 聖剣?

 気が付くと、僕は見たこともない一振りの剣を握っていた。

 今更ながら、その冷たい感触にぞっとして手を放したけれど、なんとなくそれは許されない気がして、僕はすぐに剣を握り直した。

 僕は聖剣を持ったまま、ゆっくりとベッドから降りると、部屋の外に出た。思えば誰かのエスコートなしに部屋を出るのは初めてだった。

 廊下には誰もいなくて、そっと階段を降りた。

 今のこの状況を誰かに説明して欲しくて、家族の姿を探した。そして、みつけた。

 僕の大好きな家族はひとつの部屋にいた。目の前のテーブルには大量の札束や金貨が並べられていて、みんな楽しそうに笑っていた。

 昨日までなら聞こえなかった家族の声。

 だけど、今朝は聞こえたんだ。

 彼らは笑いながら言っていた。どこかの誰かから借金のカタに家屋敷を取り上げてやったとか、娘を娼館に身売りさせたとか、土地を搾取してやったとか。

 そのおかげで自分たちは裕福に暮らせるのだと、彼らは……僕の家族は笑っていたんだ。

 僕の存在に気が付くと、家族は慌ててテーブルの上の札束や金貨を隠した。そしていつもの優しい笑顔で、身振り手振りを交えてこう言った。

「今朝は早いのね。お腹すいた?」

「何か欲しいものはある? なんでもお望みのものを揃えてあげるよ」

 僕は、ふと自分の身体を見下ろした。

 上等の寝間着に包まれたその身体は、人を騙し、泣かせて奪い取った金品で出来ているのだと気が付いた。そして、目の前にいるこの人たちは悪なのだと……。



「それで」

 と、言葉を切ったグラントに青年は静かに問いかけた。

「お前は家族に何をしたんだ」

「斬ったよ」

 暗く微笑んで、グラントは言った。

「全員、きれいに皆殺し。だって、僕は勇者なんだもの。悪は斬らないといけないんだ。そうでしょう?」

「そうだな」

「それでね、彼らが騙し取ったお金とか家や土地を全部、元の持ち主に返したんだ。売られていた女の子たちも一人残らず救ったよ。ね、僕は勇者としての役目をちゃんと果たしたんだ。偉いでしょ」

「そうだな」

「僕は勇者だから、当然のことをしたんだよ」

「そうだな」

「……そうだな、しか言わないの?」

「他に何か言って欲しいことでもあるのか?」

 しんと冷たい瞳で射すくめられて、グラントは黙り込んだ。目を逸らし俯いていると、不意に目の前のスープの入ったボウルを青年が取り上げた。

「冷めたな」

「……え? あ、ごめん。食べるよ」

「温かいのと取り換えてきてやる」

「あ、いいよ」

 思わず腰を浮かせたグラントに、青年は不意打ちで微笑んだ。

「美味しいのを喰って欲しいんだ」

 グラントは何か言いかけたが、結局、黙って椅子に座り直した。厨房の奥に歩いて行く彼の姿を目で追っていて、あることに気が付いた。


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