その2
一瞬の間の後、ぷっとグラントは吹き出した。
「何言ってんの? 僕がどうしてあなたを斬るのさ?」
「どうしてって」
彼は目を細めると、グラントをつくづくと見た。
「お前、勇者なんだろ。前にもここに何とかの勇者とかいうのが来たぞ。俺は神に背いたから斬るって息巻いていた」
「へえ、そう。でも、お兄さんは今、生きているよね? ということは、返り討ちにでもした?」
「いや」
小さく息をつくと、青年は言った。
「腹が減っているようだったから、料理を作ってやった。それだけだ」
「料理? なにそれ。戦わなかったの?」
「俺は料理人だ。なんで戦う必要がある」
「挑まれたら戦うでしょ。聖剣を持っているんだし」
「聖剣?」
本気で不思議そうに青年はグラントをみつめた。
「それが何だ?」
「何って……」
少し黙ってから、グラントは言った。
「あなただって勇者でしょ? 雪の勇者。それがあなたの称号だ」
「……だっけ?」
「だっけって……そんな他人事……」
「お前は何?」
「何って……?」
「お前の勇者の称号」
「僕は……音の勇者」
「音、か。で、そのヘッドフォンか?」
指摘されて、グラントは思わずたじろいだ。
「こ、これは関係ないよ」
「音楽を聴いている、わけじゃなさそうだが」
青年は不意に椅子に座った。そうしてグラントと向い合せになると、ひたとその瞳をみつめる。
「……な、何だよ?」
「見張っているんだ」
「は?」
「それ」
と、青年はグラントの目の前にあるスープの入ったボウルを指さす。
「お残しは許さん。全部平らげるまで見張ってやる」
「何言ってんの?」
ふてくされてグラントは青年の顔を睨んだ。
「もういらないったら」
「喰え。喰わないと死ぬぞ」
「……死ぬ?」
グラントはその短い言葉をふんと鼻で笑い飛す。
「僕は勇者なんだ。死ぬことなんか恐れてないよ」
「では、生きることは?」
「……え?」
「お前、生きることを恐れているだろ」
「そんなわけ……!」
「だから、俺のところに来た。違うか?」
思わず立ち上がって言い返そうとしたグラントだったが、結局、何も言えず、その場に固まってしまった。
「……座れよ」
静かに青年は言った。
「その耳。何が聞こえるんだ?」
「何って」
グラントはふと微笑む。
「何も聞こえない」
すとんと椅子に落ちるように座ると、グラントは言った。
「うるさいくらい、何も聞えない」
「聞こえないのに、そんなもので更に耳を塞いでいるのか」
「そうだよ」
グラントは自分の両耳を、ヘッドフォンごと両手で押さえた。
「僕は、僕の耳は、生まれた時から何も聞こえないんだ。聞こえなくて良かった。なのに」
「スープが冷めないうちに」
え? と顔を上げるグラントに、青年はその透明な瞳を向けた。
「すべて話せ。聞いてやるから」




