6話 専属メイド
「今日から、アスラス様の専属メイドになりました。ワイズ男爵家の次女、メリー・ワイズと申します。どうぞよろしくお願い申し上げます」
アスラス様が王配教育を受ける初日に、彼に与えられた執務室で、私は初めての挨拶をした。
メイドの仕事をする際は、髪も瞳も茶色に変え、化粧で平凡な顔にしている。
ワイズ男爵家は、王都から遠く離れた父の領地に住む家門であり、実際にそこに暮らしている次女メリーの名前を借りている。
「メリーさんですね。どうぞよろしくお願いします」
アスラス様は、伯爵家の令息なのに、男爵令嬢の私に丁寧に挨拶をしてくれた。
「アスラス様、私に敬語は使わないでください。メリーとお呼びくださいませ」
「わかりました。では、メリー、どうぞよろしく」
アスラス様は、毎日自分の執務室に来ては、王配教育を受けたのだが、それは一週間で終わった。
習得するスピードがあまりにも早くて、指導する教師が、「これ以上教えることはないので、後はご自分で勉強してください」と言ったからである。
アスラス様は、本に書かれていることは、一度読めばすべて覚えてしまう天才である。
だから、自分で王宮図書室から必要な本を借りて来て、執務室で読むことになった。
「アスラス様、お茶をお持ちしました」
一日に数回、私はアスラス様にお茶を出す。
「ああ、メリーが淹れてくれるお茶はとても美味しいね。ありがとう」
アスラス様は、いつも私を褒め、感謝の気持ちを伝えてくれるのだ。
「何の本を読んでいらっしゃるのですか?」
「これは、地質学について書かれている本で、我が国の地質の現状がよく調べられているんだ。興味があるようだったら、説明しようか?」
「聞きたいです。よろしくお願いします」
アスラス様は、私が聞けば何でも丁寧に教えてくれた。
地質学、地理学、社会学、民俗学、治水学……、その分野は多岐に渡り、難しい内容でもわかりやすく説明してくれる。
彼の声はとても心地よく私の耳に響き、その優しさが、じんと伝わって来る。
「この国は、毎年どこかで水害が発生している。その度に家や畑を流されて、辛い思いをしている人がいるんだ。僕はね、王配になったら、治水の研究を活かして、水害で苦しまずに済むように、皆を守りたいと思っているんだ」
アスラス様の、国に対する深い愛情を感じる。
真面目にコツコツ勉強をしているのは、国民を救いたいという思いから来ているのだわ。
アスラス様の覚悟と思いは、それまで私が仕えていた王女キャロル様とは雲泥の差である。
わがまま王女のキャロル様が、国民を救うための勉強をしているところなんて見たことがない。
誰がお茶を淹れても難癖をつけるし、一度だってありがとうなんて言われたことがない。
それに、気に入らないことがあると、すぐに癇癪を起すので、彼女に仕える侍女たちは、いつも気が休まることがなかった。
ある日、アスラス様の元に、キャロル様がやって来た。
相変わらず、ゴテゴテと宝石で飾り立てたドレスを着て、きつい香水の匂いを振りまいている。
キャロル様の侵入により、それまでインクと紙の匂いが漂う落ち着いた執務室が、いっぺんに場末のバーにでもなったような気がした。
「アスラス、あなたは、私の王配になるのだから、公務にも早く慣れた方がいいわ。今日はあなたのために、お仕事を持ってきたのよ」
キャロル様は、分厚い書類の束を机の上に置いた。
「あなたなら、これくらいすぐできるわよね。なんて言ったって、お父様が認めた天才だもの。じゃあ、よろしくね」
キャロル様は、アスラス様の返事も待たずにさっさと出て行った。
私がキャロル様付きのメイドであったときも、キャロル様は公務を嫌がり、仕事のできる年配の侍女に、公務を任せることがしばしばあった。
だけど、こんなに丸投げするとは……
まったくもって呆れてしまう。
「はあ、では、やるとするか……」
アスラス様は、文句も言わずに引き受けて、書類の山に目を通し始めた。




