53話 再び北部へ
二人が庭を散歩しているうちに、私は私で話を進めておくことにした。
「メイズ伯爵、ロウタス侯爵家が現在力を入れている事業のことは知っているかね?」
「は、はい。混凝土事業だと聞いておりますが?」
「そうなのだ。今までは北部中心で事業展開をしていたのだが、王都にも進出することになってね。その取りまとめ役をそなたに任せようと思うのだが、どうだね?」
「あ、あ、あの、そのような大任を、私に任せていただけるのですか?」
「ああ、そうだ」
本当はメイズ伯爵に任せることには、かなりの不安を覚えるのだが、悪事を働いて横領するようなことはなさそうだ。
優秀な秘書をあてがえば、大丈夫だろう。
「あ、ありがとうございます。このご恩にどう報いて良いのか……」
「そのことなのだが、アスラスをロウタス家の婿養子に迎えたいと思っている。そして我が領地の北部の領主代理を任せようと考えているのだが、それでよろしいかな?」
「も、もちろんでございます。アスラスは次男ですから、婿養子に出しても何の問題もございません」
「ふむ、それならよろしい」
その後、私は事業の概要と、メイズ伯爵の役割を説明した。
メイズ伯爵は顔を真っ赤にして、興奮気味に私の話を聞いていた。
「おや、娘たちが帰って来たようですな」
私とアスラス様が応接室に戻ると、顔を真っ赤にした伯爵様とお兄様が、真剣な顔でお父様の話を聞いていた。
どうやら混凝土事業の話をしていたみたい。
「事業の話の続きは、また後日改めて場を設けましょう。リリア、話は済んだかな?」
お父様が私たちに視線を移した。
「はい」
泣きはらした顔を見られるのは恥ずかしかったけれど、私の声はとても明るかった。
「ロウタス侯爵様、先ほどは失礼な態度をとり、申し訳ございませんでした。庭を一緒に歩いているうちに、僕は思い出したのです。侯爵様、改めてお願い申し上げます。どうか、リリア様を僕にください」
「アスラス、よく言った。むろん、そのつもりだから、安心しなさい。伯爵にも話は通してある。そなたは今まで通り、リリアの夫となり、北部で領主代理として暮らしてほしい」
「ありがとうございます」
二人の会話を目を丸くして聞いていた伯爵様とお兄様に、アスラス様は、記憶を失っていた半年間、実はロウタス侯爵領で暮らしていたことを話して納得してもらった。
記憶を失う薬を飲まされたことは言わないで、婚約破棄されたショックで、記憶を失ってしまったってことにしてくれた。
ここから先はトントン拍子に話は進み、できるだけ早く北部に戻りたい私たちのために、結婚式は一週間後に挙げることになった。
その間、私は王宮勤めを辞めて、結婚式の準備に追われた。
だけど、アスラス様とのデートは欠かせない。
私は忙しい時間をやりくりして毎日時間を作り、以前にはなかった恋人期間を楽しむことができた。
指にはアスラス様からもらったゴールドダイヤモンドとルビーの指輪が光っていて、見る度に婚約したのだとにやけてしまう。
この指輪が入っていた箱が異様に小さかったので理由を聞いてみたら、あの箱はアスラス様が店主に無理を頼んで用意してもらったのだそうだ。
店主は指輪に相応しい立派な箱にするべきだと主張したのだが、アスラス様は、カバンに分厚い本が三冊入っていて、馬に長時間揺られているうちに箱がつぶれてしまうかもしれないと考えた。
だからポケットに入れても邪魔にならないように、一番小さな箱をわざわざ探してもらったのだと言った。
なんともアスラス様らしいエピソードだと思う。
だけどそのお蔭で、いつもポケットに入れて持ち運ぶことができたから、プロポーズの際に私の目の前に差し出すことができたのだ。
一週間はあっという間に過ぎ、私たち二人は正式な夫婦になるために、王都の神殿で身内だけのささやかな結婚式を挙げ、北部に戻った。
もう嘘がばれる不安などない晴れて正式な夫婦として、領主代理の暮らしが始まったのである。




