52話 もう一つのプロポーズ
泣き続ける私の手を、アスラス様はそっと握ってくれた。
それはとても優しい握り方で、アスラス様の手の温もりが伝わって来る。
「リリア、僕を守るための嘘だったのだと、今ならはっきりわかるよ。あのとき、あの薬を飲まなければ、僕はとうに死んでいただろう。そしてあなたとの幸せな結婚生活を送ることなんてできなかった。リリア、謝らないで。僕はあなたに感謝しているんだ。僕に薬を飲ませてくれてありがとう。嘘をついてくれてありがとう」
「アスラス様……」
「リリア」
泣き続ける私を、アスラス様はそっと抱き寄せてくれた。
アスラス様の腕の中にすっぽり納まった私は、久しぶりにアスラス様の温かい体温に包まれた。
そしてアスラス様は、私の髪を何度も何度もなでてくれた。
「リリア、もう泣かなくていい。僕はずっと君のそばにいるから」
「はい。アスラス様……」
しばらくの間、アスラス様は私を抱いたまま泣き止むのを待ってくれた。
髪や背中を何度もなでてくれて、私は彼の優しさに包まれて、時間はかかったけれど、ようやく涙が止まった。
「リリア、今度は僕からプロポーズをしたい」
「えっ?」
驚く私の前で、アスラス様は跪き、小さな箱に入った指輪を差し出した。
「リリア、僕と結婚してください」
差し出された指輪は、私の瞳の色とアスラス様の瞳の色。
金色に輝くダイヤモンドの周りに、真っ赤なルビーが隙間なく埋め込まれている。
まるでアスラス様に守られているみたい。
私はこの上なく幸せな気持ちになった。
「はい。喜んでそのプロポーズ、お受けいたします」
アスラス様は最高の笑顔で立ち上がると、私の左の薬指に指輪をはめてくれた。
私たちは、やっと嘘偽りのない本当の婚約をすることができたのだ。
アスラス様は私を抱きしめて、キスをしてくれた。
懐かしいアスラス様の唇は、温かくて柔らかくて愛おしくて、私の胸はまるで初めてキスをする少女のようにドキドキとときめいていた。
そして、止まっていたはずの涙が、またひとしずく零れ落ちた。
私、マシュー・ロウタスは、美しいリリアの父であり、この国一番の金持ちの侯爵である。
リリアが、アスラスにプロポーズをしに行くと言ったとき、反対はしなかった。
世間の常識から考えて、女性からプロポーズをするのは非常識であり体裁が悪いのだが、リリアの結婚に関しては、好きなようにやらせることが約束事であったからなのだが……。
しかしだ、一人で行くことには反対した。
あれだけの美貌を持ち、性格も良く、国一番の金持ち侯爵の娘なのだから、プロポーズを断る男などいるはずがない。
いるはずがないのだが、何と言っても相手はアスラス・メイズだ。
超がつくほどくそ真面目で、おまけに融通が利かず、頑固なところがある。
案の定、リリアが渾身のプロポーズをしたのにも関わらず、なんだあの顔は?
役人が、クレーマー対応に苦慮しているような顔をしくさって。
普通なら天にも昇る気持ちになるものだろう?
返事は「はい」だろ?「はい」一択。
まあ、さすがアスラスと言ったところか。
万が一と言うことも考えられるので、私は保険を掛けることにした。




