51話 指輪
「ちょ、ちょっと待ってください」
僕の頭の中を整理したくて、思わず出た言葉。
僕は、すごく大切なことを忘れていたような気がする。
ああそうだ、彼女からプロポーズされたけど、まだ僕からきちんと言ってなかったから、初心に戻って自分からプロポーズしようって思ったんだ。
だから、僕は……買った? 彼女のために?
でも、彼女って誰?
僕はいつもポケットに入れて、持ち歩いている小箱を取り出した。
それを入れる箱にしては、小さすぎて不釣り合いだと思っていたその箱を。
何か思い出すきっかけにならないかと思って、持ち歩いていたんだけど……。
ふたを開けた瞬間、僕の頭の中に映像がぶわっと流れ込んできた。
大通りの商店街、大きな本屋に煌びやかなお店。
思い出した!
あの日、僕は薬草辞典を買いに行ったんだ。
だけど、思っていたのがなかったから、本を三冊だけ買って、店の人に届いたら連絡してくれるように頼んだ。
そして、お土産を買いに菓子店に行こうとしたら、途中でウインドウに飾られている指輪を見つけた。
ゴールドに輝くダイヤモンドの周りを、小さな真っ赤なルビーがぐるりと取り囲んでいて、まるで愛する妻を僕の腕の中に抱いているみたいだなって思った。
だから僕は買ったんだ。所持金全部はたいて、この指輪を愛する妻のために……。
だけど、愛する妻って? いったい誰?
「ラディー愛しているわ」
「ラディー、私と結婚してください」
「ラディー、私と結婚してくれるのだったら、何度でも言うわ」
僕の頭に流れ込む艶めいた優しい声。
ぼやけていた顔の輪郭が、徐々にはっきりしてきて……
最後は輝く銀髪に金色の瞳を持つ美しい女性が現れた。
その姿は、目の前にいる美しい女性と重なる。
そう、彼女の名前は……
「リリア! 僕の最愛の妻!」
僕は思わず叫んでしまった。
「ラディー、いえ、アスラス様、思い出したのですか?」
目の前で、アスラス様が「リリア、僕の最愛の妻!」って叫んでくれた。
私はまだ混乱しているアスラス様の顔を覗き込んだ。
赤い瞳と私の金色の瞳の視線が交差する。
「リリア、あなたは僕の妻だったんだ。やっと思い出したよ」
「アスラス様!」
私の目から涙があふれ、ぼろぼろと零れ落ちた。
拭っても拭っても、涙は溢れて止まらない。
「リリア、あなたのことを忘れていたなんて、僕はなんてひどい夫なんだ」
「いいえ、私たちには誰にも言えない事情があったのです。でもそれは、悪いのは私で、あなたは悪くないのです。だから、自分のことをひどい夫だなんて言わないでください」
「僕は思い出したよ。あの日、自殺しようとした僕を、メリーが助けてくれて、それでも死にたいと言う僕にメリーは薬をくれたんだ。そして目が覚めたら、馬車の中であなたと一緒にいた……って言うことは……」
アスラス様は少し間を空けてから、いたずらっ子のような顔で私に言った。
「アンケンバンドカロ」
「えっ?」
私は意味もわからず、言われた通りに目を閉じた。
「ああ、やっぱり、あなたはメリーだったんだね」
私はやっとアスラス様の言葉の意味がわかった。
「そ、そうです。私がメリーです。今まで黙っていてごめんなさい。毒薬なんて嘘でした。記憶をなくしてしまうことがわかっているのに、あなたに嘘をついて薬を飲ませたのです。本当にごめんなさい」
涙は、はらはらと大粒の雫となって零れ落ちて止まらない。
体中の全ての水分が涙になっているかのように、涙は際限なくあふれてくる。
私は泣きながら謝ることしかできなかった。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい。あなたと愛し合っていたなんて噓でした。一緒に暮らしていたと言うのも嘘。こんな嘘つきの妻でごめんなさい」
アスラス様は、こんな嘘つきだらけの私を許してくれるのだろうか……




