50話 庭
アスラス様が私を見つめてくれたから、私も足を止めてアスラス様と向かい合い、彼の赤い瞳をじっと覗き込んだ。
「そう思っていただいてもかまいませんわ」
「そ、そうなのですか? それなら、あなたはダンスをしているとき、記憶のない間、僕が幸せな暮らしをしていたとお話してくださいましたが、その幸せにあなたが含まれているということでしょうか?」
「少なくとも、私は幸せでした」
「で、では……、僕が思い出す度に心が温かくなるのは、あなたがいたから?」
「そう思っていただけたら幸いです。アスラス様、あなたと結婚できるのなら、私は何度でも言います。アスラス様、私と結婚してください」
「いえ、あの、そんなに何度も女性のあなたから言わせるなんて、僕は申し訳ない気持ちに……って、あれ? な、何だこれは……? ちょ、ちょっと待ってください」
アスラス様は、急に頭を抱えて無言になった。
何かを必死になって考えているみたい。
もしかしたら、何か思い出したの?
父が、ロウタス侯爵家に承諾の手紙を送ってから、あっという間に一週間が過ぎた。
侯爵様を迎えた際は、父も兄もガチガチに緊張していたが、僕には非現実的過ぎて、どうも頭の中がついていかず、緊張とは程遠い場所にいるようだった。
でも、馬車から降りるリリア様を見て、ドキンと胸が高鳴ったのは事実。
ピンクのふわりとしたドレスがとても可愛らしくて、まるで花の妖精がこの地に降り立ったのかと思った。
前回は湖の妖精で、今回は花の妖精。
彼女はこの世のものではなくて、別世界の人間なのかもしれない。
そんな彼女が、何故僕を選ぶのだろう?
僕よりも相応しい男はたくさんいるだろうに。
彼女なら高位貴族でも金持ちでも、果ては見た目だけであっても、選び放題だと思う。
応接室で向かい合って座り、彼女は僕をじっと熱を帯びた金色の瞳で見つめてくるのだが、それさえも、理解不能で不思議な気がした。
侯爵様のあいさつの後、リリア様が立ち上がって僕のそばまで来てくれたのに、男の僕が座ったままなんて失礼だと思ったから僕も立ち上がった。
だけど、あんなにストレートにプロポーズされるとは思っていなかった。
素直に受けとめることができず、つい、疑問に思っていたことを口に出してしまった。
すぐに兄に止められたけど、僕の行為は、勇気を出してくれたリリア様に恥をかかせてしまったのではないだろうか?
彼女に悪いことをしてしまった? と思ったら、侯爵様が助け舟を出してくれた。
だから僕は彼女を庭に案内したんだけど、庭は侯爵家のそれと比べて、あまりにも貧相で、こんなところを歩かせるのかと思うと、申し訳ない気持ちになった。
金銭的に余裕がなくなってから庭師を雇うことができず、伸び放題になった樹木に、地面は雑草だらけ。
季節の花を植えているわけでもなく、庭とは言い難いものになっていた。
この一週間でめぼしい雑草は抜いたけれど、そのせいで道は凸凹。
こんなに足場が悪い道を歩かせたら、温室の花のように育てられた令嬢は、転んでしまうかもしれない。
だから僕は、エスコートするために腕を差し出した。
彼女は一言も文句を言わず、僕の二の腕を嬉しそうに掴んだ。
彼女の心は相当広いのに違いない。
身体が触れ合った瞬間、すごく良い香りがした。
なんだか懐かしい、そんな香り。
僕は、どこかでこの香りをかいだことがある?
ああ、そうだ舞踏会で彼女と踊ったときだ。
でも、それだけじゃない気もする。
歩きながら、彼女が僕を好きな理由を話してくれたけど、僕の記憶にないことばかりだ。
もしかしたら、僕の空白の半年間の話なのかもと思って聞いてみたら、そう思ってもいいなんて言う。
それだけじゃなく、彼女は僕といて幸せだったって?
僕と彼女は関わり合っていた?
衝撃的な告白に頭がついて行かないのに、彼女は止まることなく言葉を続けた。
「あなたと結婚できるのなら、私は何度でも言います。アスラス様、私と結婚してください」
女性から何度もプロポーズさせるなんて申し訳ない気持ちになるって口にした瞬間、僕の頭の中で激しく火花が散り、ドカンと雷が落ちたような衝撃を受けた。
あれ? この言葉、前にも言ったことがある。
いつ? 誰に? どんな状況で?




