49話 プロポーズ
メイズ伯爵は、ひょろっと細い体躯に、黒髪に白髪が目立つ初老の男性で、どことなく頼りなく、気弱な感じが見て取れる人物である。
伯爵が騙されて事業に失敗したことで、メイズ家は没落の一途を辿ったと聞いているが、そうなったのも、なんとなくわかる気がする。
伯爵は、私たちを出迎えた瞬間から緊張しっぱなしで、言葉も詰まり冷汗も滲ませ、見ていて可哀そうなくらい。
兄の方も、似たり寄ったりである。
この中で、一番落ち着いているのはアスラス様。
王宮で身分の高い貴族と関わることが多く、陛下と話したこともあり、高位貴族に慣れているのだろう。
「手紙でも知らせた通り、今日は縁談の話をしたくてこちらに来ました」
父がメイズ伯爵に発した言葉は、ごく普通の言葉であるのに、重く威厳に満ちているから不思議だ。
「は、はい。私どもには誠にもったいないお話で、驚いております」
伯爵が額に流れる汗をハンカチで押さえた。
「縁談は、本来なら家長間で話を進めていくべきなのでしょうが、私の娘、リリアが直接申し込みたいと申しましてな。貴族令嬢にはあるまじき行為でしょうが、ここはひとつ、大きな気持ちで見守ってやってください。では、リリア」
「はい」
父の言葉で私はソファを立ち上がり、アスラス様のそばまで歩いた。
二人の間にあるテーブルが邪魔だったからそうしたのだけれど、私を見て、ソファに座っていたアスラス様も動いて、私の前に立ってくれた。
やっぱりアスラス様は優しい。そう思わずにはいられない。
まるで不思議な生き物にでも遭遇したような顔で、私を見ているアスラス様、どうか私の思いを受け止めてください。
「アスラス様、本日は結婚を申し込みたくて、ここまで参りました。どうか、私と結婚してください」
私は渾身の思いを込めてプロポーズをしたのだけれど、アスラス様は困った顔をした。
「あ、あの……、どうして僕なのか、教えてくれませんか? 僕があなたとお話したのは、先日の舞踏会だけだったと思うのですが、いったい僕の何が良かったのかまったくわからなくて」
「お、おい、アスラス、何を言ってるのだ?」
アスラス様のお兄様が、慌ててアスラス様の言葉を遮った。
「コホン」
父が一つ咳ばらいをして、場の空気を変えた。
「アスラス殿、リリア、ここは、当事者どうしで話した方が良いのでは?」
父の提案で、伯爵もお兄様もほっと胸をなでおろしたみたい。
アスラス様も、父の提案に頷いた。
「そうですね。気が利かなくて申し訳ございません。ロウタス嬢、庭にご案内いたします。どうぞこちらへ」
私はアスラス様の案内で庭に出た。
今でこそ盛り返すことができたと聞いたけれど、没落寸前まで落ち込んだ貴族の庭は、手入れが行き届いていなかった。
おそらくこの一週間で雑草は抜いたようであるが、そのせいか、道がデコボコしている。
「足場が悪く、転んではたいへんです。よろしかったらどうぞ」
アスラス様が腕を差し出してくれたので、私は嬉しくなって二の腕をそっと掴み、彼のエスコートで、庭の小道を並んで歩いた。
「舞踏会の日に、ロウタス侯爵家の庭を拝見しましたが、とても美しい庭でした。それに比べると手入れが行き届かず、こんなところを歩かせて申し訳ございません」
わかってはいるけれど、他人行儀な話し方が悲しい。
「アスラス様、先ほどのご質問に答えたいと思います。聞いていただけますか?」
「もちろんです。僕が尋ねたのですから」
「アスラス様、あなたは覚えていないでしょうけれど、私はあなたの優しさも、膨大な知識も、本が大好きなことも、それを話してくれる声も、何もかもが好きなのです」
「僕は、あなたに本の話をしましたか?」
「はい。何度も何度も話して聞かせてくれました。私はその度に新しい世界を知ることができて、とても嬉しかったのです」
「もしかしたら、僕が記憶を失った半年間の出来事ですか?」
アスラス様は足を止めて、私を見つめた。




