4話 嘘八百
私は安らかに眠っているラディ―を見ていると、とっても幸せな気持ちになった。
今まで緊張していた顔が、ふにゃりと緩み、にやけてしまう。
だって、私はあなたのことを、この上なく愛しているんだもの。
ちょっと癖のある黒髪も、今は閉じられているから見ることはできないけど、炎のような情熱的な赤い瞳も、あなたの発する低く落ち着いた声も、好きで好きでたまらない。
だけど、あなたは王女様の婚約者。
だから、恋したって、それは叶わない夢なのだと思っていた。
でも、こうやって、一緒に北部に行けるなんて、まるで夢のようだわ。
「ううっ……」
ラディ―が意識を取り戻した。
ゆっくりと目を開けて、驚いたように目をぱちくりさせている。
ふふっ、そんなところも可愛い。
「ここは?」
「目が覚めましたか? ラディ―」
「ラディ―って?」
「まあ、あなたの名前じゃないですか? 」
「僕の名前? 君は誰?」
「ああ、私のこともお忘れになったのですね。私はあなたの妻、リリアです」
私は涙を零して泣き顔を作った。
「君が僕の妻? 泣かせてしまってすまない。だが、まったく何も思い出せないのだ」
ああ、薬がちゃんと効いて良かったわ。
あなたに毒薬だと言って渡したのは、本当は記憶を失くす薬。
仕事で必要になったら使うつもりで、ずっと持ち歩いていた薬だった。
だけど、私はあなたに使った。
少量なら、飲んだ前後の記憶を失うだけだけど、あなたは1本、残さずに飲み干した。
きっと、これまでのすべての記憶を失っているはず……。
死にたがるあなたに、全てを忘れて新しい人生を歩んで欲しかったの。
「ところでリリア、僕は何故、馬車に乗っているんだ?」
「あなたは強く頭を打ってしまって、全てを忘れてしまったようですが、私たちは、ロウタス侯爵領の北部の町、ボレアリスに向かっています」
「ロウタス侯爵領だって? いったい何故?」
「あなたは平民で、私はロウタス侯爵家の娘です。二人の結婚は法律では認められません。でも、愛し合う私たちは、離れることなどできませんでした。ですから籍を入れずに夫婦となって慎ましやかに王都で暮らしていたのです。でも、お父様が私たちの愛の深さに胸打たれ、籍を入れずとも、領地の北部で一緒に暮らしてよいと、許してくださったのです」
「そ、そんなことが……。すまない。まったく思い出せなくて……」
「それは、仕方のないことです。あなたは、お父様に挨拶をした後、階段で激しく転び、そのとき頭を強く打って、記憶を失ってしまったのです」
「つまり僕たちは、今まで王都で、許されない結婚生活を送っていたということなんだね。僕は、貴族令嬢のあなたに、たいへんな苦労を掛けていたのではないのか?」
「いえ、愛するあなたと一緒に暮らしていたのですから、苦労などと思ったことはございません。毎日とても充実して幸せでしたわ」
「そうなのか……。僕たちはそんなにも愛し合っていたのだな」
「はい。そうなのです」
よくもここまで嘘八百を、つらつらと並びたてられるものだと思う。
けれど、もう、この嘘は、最後までつき通すしかない。
私はアスラス様に薬を飲ませた瞬間から覚悟を決めていた。
もう、私たちは、引き返せないのだ。




