3話 北部へ
私の父、マシュー・ロウタス侯爵は、娘の私が言うのもなんだが、とても恐ろしい男である。
たとえ娘であっても、無能だと思えば、いとも簡単に切り捨てることができる人なのだ。
だが、有能だと思えば、その庇護は手厚い。
そこに信頼も加われば、何としてでも守ろうとしてくれる。
だから私は、父の許しを得るために、侯爵邸へと向かった。
私はジェニファに担がれたアスラス様と一緒に父の書斎に入り、ことの詳細を話した。
「して、リリア、お前はこの男がロウタス家にとって有能だと言うのだな?」
「はい。絶対にそうなるはずです。ですから、約束通り、私を領地の北部へと派遣してください」
「まあ、この男のことは、私も独自のルートで調べたからわかっているが……、今はお前を信じるとしよう。だが、無能だとわかったときは、わかっているな」
「はい。存じております。ですが、必ずこの男が有能であることを私が立証してみせましょう」
「よし、それなら行くが良い」
父の許しを得て、私は王都から遠く離れた領地の北部に行くことになった。
ここから先は、ロウタス家の馬車を使うが、目立たないように、家門のない地味な馬車を選んだ。
私は変装を解き、長い銀髪を下ろし、金色の瞳のリリアに戻った。
ジェニファが、アスラス様を馬車の中に運んでくれた。
「お嬢、北部へ行くんですね」
「ええ、あなたにはお世話になったわね」
「お世話だなんて……、俺たちは仲間じゃないですか。こっちへ戻ってきたら、また一緒に仕事をしましょう」
「ふふっ、戻ってきたらね。そんなことがないことを祈るわ」
「お嬢、どうかお幸せになってください」
「ありがとう。ジェニファ、あなたもね」
私はジェニファとしんみりとした別れの挨拶をした後、馬車を出発させた。
行先はロウタス侯爵領の北部にある町、ボレアリス。
馬車で10日かかる道のりである。
馬車は王都を出て、北へと向かう予定であったが、御者に頼んで初めに海に行ってもらった。
王都を出て1時間ほど馬車を走らせると、断崖絶壁の海に到着した。
「アスラス様、ちょっと失礼しますね」
私は、眠っているアスラス様の靴を脱がせて、屋敷から持ってきた靴と交換する。
そして、脱がせた靴を持って外に出て、断崖絶壁の上に置いた。
靴の下には、アスラス様が書いた遺書を置く。
「アスラス様、これで本当に、あなたはこの世から消えることになりました。さようなら、アスラス様……」
一番気になっていた仕事が終わり、私は胸をなでおろして馬車に戻った。
ここまでするなんて、もう私は立派な悪女だわ!
「では、北部目指して出発よ!」
御者は頷き、馬車を走らせる。
車内には、まだすやすやと眠っているアスラス様。
否、アスラス様はもういない。
今からあなたの名前はラディーよ。
目覚めたら、あなたの新しい生活が始まるの。
わがまま王女に婚約破棄された旦那様、
悪女の私が必ずあなたを幸せにしてみせます!
私はぎゅっと拳を握りしめた。




