2話 遺書
自殺をしようとしているアスラス様を見つけた私は、瞬時に太ももに隠していた短剣を取り出した。
「ア、アスラス様!」
私は一気に木を駆け上がり、ロープをブチンと切った。
ドサッと鈍い音がして、アスラス様は地面に落ちた。
「メ、メリー、な、何故、僕の邪魔をする?」
アスラス様は、私の本名を知らない。
アスラス様の前では、私はアスラス様の専属メイドで、茶髪で茶色い瞳の男爵令嬢メリーなのである。
「僕は、王配になるべくして努力と研鑽を積んできたのだ。それなのに、あのような辱めを受けるなんて……。しかも、陛下までも、婚約破棄を認めるとは……。僕は、もう生きる目的を失ってしまったのだ!」
アスラス様は、超が付くほどの真面目なお方。
自暴自棄になっても無理はないとは思うけど……。
「アスラス様、そんなに死にたいのですか?」
「ああ、そうだ。僕が王配になることで、没落寸前の我が家門を再興できると、皆も喜んでいたのに……。僕は皆の期待を裏切ってしまった……。もう、僕には生きる値打ちなどないのだ。君に邪魔されてしまったが、僕は、崖から飛び降りてでも死ぬつもりだ。もう、邪魔しないでくれ」
死ぬことに対しても、超がつくほど真面目なのね。
だったら……
私は普段から持ち歩いている小さな薬ビンを、内ポケットから取り出した。
「アスラス様、首つり自殺は首が伸びて、とても見苦しい死に方になります。崖から飛び降りたら、ぐちゃぐちゃになって、死体を回収する方に迷惑をかけてしまいます。本当に死にたいのなら、どうぞ、この毒薬をお飲みください。これなら、眠るように安らかに死ねます。いかがですか?」
「何故、君がそのようなものを?」
「私は、メイドの仕事をしていても貴族の端くれ。もしも辱めを受けるようなことがあれば自害せよと、父に教えられて生きてまいりました。あなたに、この薬を差し上げます」
「そうか、君にもいろいろ事情があるのだな。ありがたくいただこう」
アスラス様は薬ビンに手を伸ばしたが、私は薬を持つ手を引っ込めた。
「ん?……くれるのではないのか?」
「私があなたを殺したと思われては困ります。どうか、遺書をしたためてくださいませ」
私は普段から携帯している紙と羽ペンと小さなインク壺を差し出した。
「ずいぶんと用意がいいのだな。わかった。遺書を書こう」
アスラス様は遺書を書き、私から薬ビンを受け取った。
「ありがとう。これで、僕は死ねるのだな」
「はい」
アスラス様は、躊躇うことなく一気に薬を飲み干した。
そしてその場に眠るように倒れた。
「さようなら、アスラス様……」
私が指笛をピューッと鳴らすと、闇ギルドの仲間が現れた。
大柄で怪力が自慢の男、ジェニファである。
「抜け道を使って外に出るわ。運んでくれる?」
「お嬢、承知しました」
ジェニファはアスラス様を肩に担ぎ、私と一緒に秘密の抜け道を通って城の外に出た。
城の中には、敵に攻め込まれることを想定して、いくつかの抜け道がある。
私はそのすべてを把握しているから、簡単に外に出ることができるのだ。
外に出て、辻馬車に金を払い、私たちは王都にある父の屋敷、ロウタス侯爵邸へと向かった。




