37話 海老と鯛
「まあ、これは何ですの?」
キャロルは、私が差し出した箱に興味津々である。
「どうぞお開けください。王女様と出会えたことを記念して、僕からのささやかなプレゼントです」
「まあ、何かしら?」
キャロルは嬉しそうに箱のふたを開ける。
「ま、まあ……。これは何て美しいの? 素晴らしいわ」
キャロルは箱からネックレスを取り出し、目の前にかざした。
ダイヤモンドが散りばめられたその真ん中に、大粒の虹色に輝く宝石が光を反射し、キラキラと煌めいている。
「この宝石は、シュレイン王国の、我が領地でしか取れない世界でもっとも貴重な宝石で、その名は虹の女神。あまりに希少過ぎて、他国には出回っておりませんし、値段もつけられないほどなのです。この一粒で小国を買えるほどの値打ちがございます」
「そ、それ程の高価なものを私のために?」
キャロルは宝石に心を奪われ、うっとりと目を細めている。
「実はこちらにも、もう一つ」
私は金銀でいかにも高価そうな装飾が施された小さな箱を、キャロルの目の前で開けて見せた。
中にはネックレスよりも一回り大きな虹の女神が入っている。
多面カットされたそれは、妖しくも美しくキラキラと虹色に輝き、見る者を魅了する。
「虹の女神を寝る前に握って願い事をすると、女神がその願いを叶えてくれるという言い伝えがございます。どうぞ、王女様の願いをこれで叶えてください」
「まあ、虹の女神を二つも私にくださるの?」
「はい。ですが、どんなに美しい宝石でも、キャロル様の前では取るに足らない石になってしまいますが……、王女様?」
キャロルは、私の言葉が耳に入らないほど、二つの虹の女神に夢中になっていた。
東の遠い国には、海老で鯛を釣るという諺があるってアスラス様が教えてくれたわ。
どうやら、しっかり釣れたようね。
でも、キャロルが鯛だと言ったら、鯛が怒りそうだけど。
虹の女神が、値段を付けられないっていうのは本当。
理由はオレラケア家当主に売る気がなくて、売買されたことがないからなんだけど。
だけど、この一粒で小国を買えるなんていうのはウソ。
本物のベリード曰く、虹の女神はもろく崩れやすく、宝石としての価値はイマイチなのらしい。
だから下手に世に流通させると、後々問題が生じるから売らないのだとか。
まあ、世間知らずのキャロルにはわからないのでしょうけど?
「虹の女神は、あなたのように美しい方にこそふさわしい宝石でございます。ああ、もしもあなたが僕の妻ならば、いくらでも差し上げられますのに」
「えっ? そ、それはどういう……?」
「あっ、失礼いたしました。あなたは王太女、次期国王になられるお方。どうぞ戯言と思ってお忘れください」
この後も、当たり障りのない会話をしていたけれど、キャロルの様子は明らかに変だった。
心ここにあらずという感じ。
宝石の価値と妻という言葉が、彼女の頭の中に食い込んだようね。
それじゃあ、ここでもう一押し。
「次期国王となれば、ご公務も大変ですね」
「えっ? ええ、ま、まあそうね。毎日公務で忙しくしていますわ」
はあ? アスラス様に丸投げしているくせに、どの口が言ってるんだか……。
頭の中では思いっきり呆れたが、その思いは表に出さずにぐっと飲み込む。
「僕はいずれ大公家を継ぎますが、妻となる人には、優雅に自分のことだけをしてもらうつもりです。そう考えると、王女様は一国を担うお方、お気の毒にさえ思ってしまいます。どうか、お身体には十分にお気をつけてください」
私は真剣な表情でキャロルを見つめる。
そして本当に心配しているような視線を彼女に送り続けた。
私の視線を受け、キャロルの頬がりんごのように赤く染まった。
「あ、あの……、ベリード様、ありがとうございます」
「ああ、もうそろそろお暇する時間ですね。王女様と話ができて、本当に楽しかったです。失礼ですが、次は僕からお誘いしてもよろしいでしょうか?」
「えっ? ええ、もちろんですわ」
「それでは、次にお会いできることを、心から楽しみにしております」
最後に、私はキャロルの手の甲にチュッと別れの口づけをして帰った。
その後、私はキャロルに誘いの手紙を送り、三日後にロウタス侯爵邸で会うことになった。




