31話 カヌレ
私は、いつ何時、アスラス様が襲われてもお救いできるように、武器を携帯し、殺気を感じられるように心身を研ぎ澄ませていた。
アスラス様が王城に通う時間帯は、護衛をつけるように父に頼んだ。
私は絶えず気を張っていたが、しばらくは何事も起こらず、ほっとしていた。
しかし、一週間後、珍しくキャロル様が、自ら足を運んで公務の仕事を届けに来た。
「アスラス、久しぶりにあなたの顔を見に来たわよ。どう?お仕事進んでる?」
「はい。キャロル様、順調ですよ」
「それは良かったわ。ところで、ねえ、そこのあなた」
キャロル様は、視線を私に向けた。
「いつも頑張ってくださるアスラス様に、美味しいお菓子を食べていただきたいの。だから、このお店に行って、カヌレを買ってきてくれないかしら? ここのカヌレ、美味しいって評判なのよ」
キャロル様は一枚の紙きれを私に押し付けた。
見れば、店に行くまでの地図が書かれている。
歩いて行ける距離だが、王城から離れていて、往復に時間がかかるのは間違いない。
たとえ王女の命令でも、私はアスラス様の専属メイドなのだ。
危険が迫っているかもしれない今、アスラス様を、執務室で一人にさせたくない。
「あの……、私は……」
「あら、あなた、王女の私の命令が聞けないの?」
「メリー、僕はいいから、お使いに行っておいで」
逆らって癇癪を起こさせては、かえって私の立場が悪くなると思ってくれたのだろう。
アスラス様は、私にお使いに行くように促した。
「わかりました。すぐに帰って来ますね」
私は急いで地図に書かれた店に向かった。
執務室で一人になったアスラス様に、刺客が送り込まれないだろうか?
それとも、毒を飲ませられないだろうか?
私の心配は尽きぬまま、大通りを過ぎ、人の少ない裏通りに出た。
地図に書かれている店は、人の出入りが少ない場所にあるらしい。
本当にこんな場所で菓子店を営業して、やって行けるのか心配になる。
私が地図を片手に歩いていると……
いきなり後ろから羽交い絞めにされて、鼻と口を布で覆われた。
しまった!
アスラス様のことばかりに気をとられて、自分のことは油断していた。
アスラス様でなく、私を狙って来るとは、考えていなかった。
布には意識を失わせる薬がしみ込んでいる。
私は、相手の出方を見るために、意識を失うフリをした。
目を瞑りながら、意識を敵に集中させる。
敵の数は二人。話し声からして二人とも男だ。
私は馬車に押し込まれ、両手首を縄で縛られて運ばれた。
馬車は王都からさほど遠くない場所で停まった。
私は男に担がれて運ばれたが、チラッと見たら、倉庫のような小屋の中に入って行く。
そして、両腕を縛られたまま、床に転がされたが、男はか弱いメイドと思って油断しているようで、結び方は緩く、両手首を縛っているだけで、足は縛っていない。
訓練を受けている私には、簡単にほどける結び方だった。
床に転がされた私は、二人に見えないように縄を緩めながら、ぼそぼそと聞こえてくる会話に耳を澄ませた。




