30話 ジェニファの報告
翌日、私はいつものように、アスラス様の専属メイドの仕事をするために王宮に出向いた。
今日のアスラス様は、キャロル様の公務がなかったのか、図書室で借りてきた本を読んで勉強をしている。
私はアスラス様のために、彼の好きなお茶を差し出した。
ロウタス領北部原産の茶葉で淹れたミルクティーである。
「アスラス様、どうぞご休憩をなさってください」
「ああ、メリー、ありがとう」
アスラス様は、必ず一言お礼の言葉を添えてからお茶を飲む。
「おや、これはいつものお茶と違うね。苦みの中にほのかな甘みがあるし、ミルクとの相性も抜群だ。実に美味い。このお茶は?」
「ロウタス侯爵領の北部でとれる茶葉を使っております」
「へえ、そうなのか……。初めて飲むのに、なんだか昔から知っているような気がする。そう言えば、僕が記憶を取り戻したのもロウタス侯爵領だった。もしかしたら、そこで飲んでいたのかもしれないね」
「お気に召していただけたら幸いです。これからも、時々、このお茶を淹れますね」
「ああ、そうしてくれ」
アスラス様は本を読むのを止めて、お茶の美味しさを味わうように、ゆっくりと口に含んだ。
「ところでアスラス様、今は何の本を読んでいらっしゃるのですか?」
本の表紙に書かれている文字は外国の文字で、私にはさっぱりわからない。
「ああ、これかい? うーん、説明がちょっと難しいかな?」
あっ、もしかして、いやらしい本?
内容を想像して、ちょっとドキッとする。
「メリー、アンケンバンドカロ」
「はい? アンケンバンドカロ?」
「ふふっ、目を閉じてって言う意味だよ」
ああ、やっぱり、いやらしい本だったんだわ。
もう、アスラス様ったら……。
「この本は瞑想が心身に与える影響について、かなり詳しく書かれているんだ。実に奥深い」
「あ、あの……瞑想の本だったんですか……」
アスラス様、疑ってごめんなさい。
私は穴があったら入りたくなった。
だけど、今日、話したいことはこれじゃない。
もっと大切なこと……。
「アスラス様、キャロル様の婚約者となられたアスラス様のことを、嫉妬し、邪なことを考えている者もいるかもしれません。くれぐれも、用心なさってくださいませ」
「ああ、それはあるかもしれないね。心しておくよ」
「アスラス様は、武術の心得はいかほどですか?」
「アカデミー時代に、自分の身を守る程度の剣術は身につけたけどね」
「あの、今からでも、もっと練習した方が……」
「メリー、心配してくれるんだね。ありがとう」
「いえ、アスラス様がご無事でいられれば、私はそれで……」
翌日、庭師として王城に潜入しているジェニファから、グリックの調査報告を受けた。
「お嬢、グリックの父親だが、どうやら投資に失敗したらしく、多額の借金を抱えているらしい。失敗したのは、ヤツが王女に関わり出した頃と同時期だ。」
「なるほどね。愚かな王女だったら、結婚後、金を引き出せるとでも思ったようね」
「それから、これは意外だったんだが、グリックの家庭教師の一人に退役軍人のマーカスがいた」
「マーカスですって?」
「ああ、だから用心するに越したことはない」
マーカスとは、二年前に老衰で亡くなった退役軍人であるが、若かった頃は戦略に長け、編み出す作戦は非情かつ豪胆、そして向かうところ敵なしと言われていた伝説的な軍人である。
そんな男に指導を受けていたのなら、侯爵家の庭でキャロル様と逢引きができたのも納得がいく。
グリックは、事前に庭を調査し、戦略を立ててからあの日を迎えたのだ。
そんなグリックにとって、世間知らずのキャロル様を攻略するなど、朝飯前であったことだろう。
それに加えてあの美貌なのだ。
攻略されたキャロル様が、自ら手放すはずがなかった。




