29話 逢引き
キャロル様とグリック、二人はひしと抱きあった後、見つめ合い、唇を重ねた。
「キャロル様、先ほど、あなたがアスラスと踊っている姿を見たときは、胸が張り裂けそうになりました」
「グリック、これは仕方がないことなのよ。お父様からの命令なの。あなたもわかっているでしょ?」
「ええ、ええ、わかっていますとも。あの死にぞこないが戻って来てからは、城内で会えなくなりましたし、結局、私たちの婚約は流れてしまいました」
「だって、お父様が、アスラスと結婚しないと、王家直轄領の名義を全部弟にするって言うんだもの。そんなことされたら、国王とは名ばかりの貧乏陛下になってしまうわ」
「キャロル様、アスラスとの結婚は、あくまでも金のためなのですね。キャロル様の愛は、まだ私のものだと思ってよろしいのですね」
「あたりまえじゃないの。私が愛しているのは、あなただけよ」
「キャロル様、私が、必ず、あなた様をアスラスから解放して差し上げます」
「グリック、待ってるわ。ああ、もう行かなきゃ。アスラスを長い間一人にしてしまったら、誰かがお父様に告げ口するわ」
最後に二人は熱いキスを交わした後、別々に会場へと戻って行った。
何てこと……、二人は別れてなかったのね。
キャロル様が泣いて謝ったのは、直轄領の名義欲しさからだった。
そんなことも知らずに、騙されていることも知らずに、アスラス様はキャロル様と幸せな結婚生活ができると思っている……。
人の心を弄ぶなんて、どうしてそんなにひどいことができるの?
絶対に、許せないわ。
私は怒りで何かを殴りたい衝動にかられたが、必死の思いで堪えた。
そして、ふとあることに気がつき、急に頭が冷めた。
何故、キャロル様は慣れない庭で、迷うことなくグリックに会えたのか?
しかも、点々と灯りはともっているけれど、暗い夜の庭なのだ。
そしてグリックは何故、あの場所でキャロル様を待つことができたのか?
二人はいつ、連絡を取り合った?
私はもしかしたら、あの二人を、否、グリックのことを見誤っていたのかもしれない……。
私は、誰もいないのを確認してから、小さく短い指笛を吹いた。
「お嬢、お呼びですか?」
現れたのはジェニファだ。
ジェニファは、今日はここの庭師に扮装して、庭に出てくる人々を監視している。
「ジェニファも、あの二人を見たかしら?」
「王女とグリックのことですね。まだ別れていなかったとは」
「そうなのよ。それでなんだけど、グリック・ブラカリアのことを調べて欲しいの。ブラカリア伯爵家の財政のことも」
「それくらい、お安い御用ですよ。」
「ねえ、ジェニファ、あなただったらキャロル様の私室に、窓から忍び込める?」
「できないこともないですが、その前に、警備兵の動きを事前に調べる必要がありますし、部屋は二階だから、かなり慎重に動かないといけませんね。何故、そのような……、ああ、グリックのことですね」
「ご明察。じゃあ気をつけて、お願いね」
「わかりました」
ジェニファは自分の持ち場に戻った。
グリック・ブラカリア……、彼のことを考えると、すごく嫌な予感がする。
王女の前で腑抜けのような態度でいるのは、もしかしたら、演技なのかもしれないと思えてきた。




