28話 ダンス
私は自らアスラス様の前に立ち、ダンスを申し込んだ。
「私でよろしければ、喜んで」
アスラス様は、快く承諾してくれた。
彼と踊る最初で最後のダンス。
この思い出を胸に刻み込んで、これからは一人寂しく生きていくわ。
彼の流れるようなステップは、私を心地よくリードしてくれた。
何でもできるアスラス様でも、ダンスはいかがなものかと思っていたけれど、やはり、彼は天才である。
足さばきも、腕の動きも、的確で無駄がない。
「アスラス様、記憶を失ったと聞きましたが、何か思い出されましたか?」
私は、問いながらも、にこやかな笑みを浮かべる。
「いえ、何も思い出せません。僕が記憶を取り戻した場所の役人に手紙で問い合わせてみましたが、アスラスと言う名前の人物はいなかったそうです」
「そうですか。思い出せないと、不安になるのではありませんか?」
「多少の不安は残りますが、思い出そうとすると、何故か心が温かくなるのです。きっと私は、良い暮らしをしていたのでしょう」
「そうなのですね……。きっと幸せな暮らしをしていたのですね」
「そうかもしれませんね。ロウタス嬢、あなたと話していると……、どうしてだろう、なんだか懐かしい気持ちがする」
「懐かしい?」
「以前にどこかで会ったことがありましたか?」
「……いえ、そ、それはないと思いますが……」
お願いです。私のことを思い出して……
「ああ、わかりました」
「えっ?な、何を?」
私の胸の鼓動が、激しく鳴った。
「あなたの声が、私の専属メイドの声に似ているのです。だからですね」
「あっ、そ、そうですか……」
高鳴った鼓動が一瞬にして静まる。
「メイドに似ているなんて、失礼なことを言ってしまいました。申し訳ございません」
「いえ、気にしておりませんわ」
「あなたの髪飾り、とても美しいですね。銀色の髪によく似合っている」
だって、あなたが選んだのよ。
私の銀髪によく似合うって言ってくれたわ。
「あ、ありがとうございます」
曲がだんだん終わりに近づいてくる。
ああ、もっともっと長く手をつないでいたい。
背中に手を添えていて欲しい。
あなたの息遣いをそばで感じたい……。
だけど、無情にも曲は終わりを迎え、音楽が止まった。
「アスラス様、素敵なダンス、ありがとうございました」
「ロウタス嬢、私こそ、ありがとうございました」
私たちはお互いに丁寧なあいさつをして離れた。
もう二度と、アスラス様とこうやって踊ることはないのだろう……。
私は、アスラス様を想うと、胸が張り裂けそうになって、このままでは泣いてしまうような気がした。
だから、一人でテラスに頭を冷やしに行った。
会場内は明るく熱気がこもっていたが、テラスに出ると、外は暗く、ひんやりとした空気の中で、私は手入れされた美しい庭園を、ぼーっと眺めていた。
点々と灯りがともされ、幻想的な雰囲気が見る者を魅了する、そんな庭である。
そのとき、黒っぽいフード付きのマントで、すっぽりと顔と衣裳を隠した誰かが、目に入った。
フードからはみ出たドレスの裾をひらひらさせながら、庭園の小道を小走りで移動している。
「いったい誰? 様子がおかしいわ」
反射的にテラスから庭に出て、身をかがめて人影を追う。
暗くても、私は訓練で夜目が利き、この庭は自分の手のひらのようなもの。
簡単に追いつき、謎の人物の監視を始めた。
謎の人物が行きついた先には、同じくフード付きのマントを被った男がいた。
「会いたかったわ。グリック!」
フードを外して相手を呼ぶその姿に、私の目は驚きのあまり点になった。
「キャロル様、私も会いたかったです」
二人はひしと抱き合った。
まさか、こんなところで二人の密会現場を目撃することになろうとは……。
私は呆れる気持ちを通り越し、まるで亡霊でも見ているような気持になった。




