14話 湯船
寝室の隣にバスルームがあり、食事の最中に、すでに湯が張られていた。
「湯が冷めないうちに入らないとね。じゃあ、一緒に入ろうか?」
「えっ? そ、そうね」
ボレアリスに着くまでは、夫婦の営みはお預けにすることを二人で約束したのだと、私はラディーに話していた。
ボレアリスに着いたのだから、今夜から夫婦の営みが始まる。
でも、絶対に今夜が初めてだと悟られてはならない。
私はぐっと息をのみ、拳を握って覚悟を決めた。
もう、何があっても冷静に、そして絶対に初めてだって悟られないようにするわ!
ラディーは衣服をさっさと脱ぐと、チャプンと音を立てて湯船に入った。
チラリと目をやると、ほどよく筋肉がついた男らしい身体が視界に入って来た。
日頃、騎士のように身体を鍛えているわけではないが、思ったよりも筋肉質で胸板が厚い。
「さあ、リリアもおいで」
「はい」
私はできるだけ平静を装って服を脱いだのだが、心臓はうるさい程に激しく脈打っていた。
「失礼します」
ポチャンと小さな音を立てて、私も湯に浸かる。
私が向かい合って座ろうとしたら、「僕の身体にもたれるといい」なんて言うから、私はそっと背中を彼の胸に預けた。
程よい硬さの胸筋が、まるで椅子の背もたれみたいだわ、なんて思ったとたん、後から、ぎゅっと抱きしめられた。
「ごめんね、。リリア。旅をしている間に、ずっと、僕たちのことを思い出そうとしてたんだけど、夫婦なのに、愛しあっている二人を思い出すことができなかった」
本当に申し訳なさそうに言うから、私の方こそ罪悪感で申し訳なく思ってしまう。
「ラディー、記憶を失ったんだもの。仕方がないわ。謝らなくていいのよ……」
「でも、思いだしたこともあるんだ」
「えっ? そ、それは何?」
「僕は、あなたと話していると、すごく幸せな気持ちになるんだ。あなたの声が心地よくて、ずっと話していたいって思うんだ。僕たちは、きっと、今までにいろんな話をしてきたんだね」
「ええ、そうよ。あなたが読んだ本の話を、私は何度も聞いたわ。あなたは私の知らない世界をたくさん教えてくれたのよ」
「僕たちは、心から愛し合っていたんだね」
「もちろんよ」
「愛している、リリア。……本当のことを言うとね。こんなにきれいで魅力的な妻が隣で寝ているのに、手を出せなくて……、僕はずっと我慢していたんだ。だけど、僕はもう、我慢しないよ」
「えっ?」
「リリア、ベッドに行こう」
「ええっ?」
ラディーはザバッと水しぶきを上げて立ち上がり、驚く私を抱き上げた。
そして私の濡れた身体をバスタオルで包み、自分の身体もササっと拭くと、また私を抱き上げてベッドまで運び、ベッドの端に私をそっと下ろして座らせた。
「ラ、ラディー?」
これから始まる夫婦の営みに、私は恐れと不安と期待を込め思いでラディーを見つめた。
何があっても驚かないと覚悟を決めたのに、心臓がバクバクしている。
「リリア、あなたのような素敵な女性が妻で良かった。愛しているよ」
ラディーは私を抱きしめて唇を重ねた。
私にとって初めてのキス。
だけど……、それを悟られないように、私は必死に平静を装って、彼の唇の熱を感じていた。




