12話 リリアの兄
馬車は順調に旅を続け、とうとうロウタス侯爵領に入った。
ロウタス侯爵領は広く、南部、中央部、北部に分けて、それぞれに領主代理を置いて管理している。
中央部は領都で、領主代理はリリアの兄であるボガード・ロウタス、現在25歳である。
「まずは領主代理である兄に、挨拶に行かなければなりません」
「わかった。なんだか緊張するね」
「ふふっ、ちょっと冷たい感じの人ですけど、私にとっては良き兄なんですよ」
この旅を通じて、ラディーと私は、固かった心がほぐれ、とても仲良くなったと思う。
出会った人たちからも、夫婦であることを疑われることはなかった。
ロウタス侯爵領は、王都から遠く離れているが、領都の中心部の町ケントルムは、まるで王都に匹敵するぐらいの賑わいを見せている。
大通りには、美しく装飾された店、品数が豊富な食品店などがぎっしりと並び、通りを歩いている人も多い。
私は買い物をしたいからと、馬車を停めてもらって、通りに出た。
ラディーが、「僕も一緒に行こう」と言ってくれたけれど、「女性に必要なものだから……」とやんわりと断って、一人で目的の店に入った。
何を買ったのか、ラディーには知られたくなかったので、持っていた布でしっかりと包んでカバンに詰め込んだ。
もう一つも、見つからないように、スカートのポケットにしまった。
ふう、これで準備はできたわ。
私は、ほっとした気持ちで馬車に乗った。
それからしばらくして、馬車は通りを抜けて領主の館に着いた。
さすがは、国で一番の金持ちと言われているロウタス侯爵家の館である。
重厚な門の奥に、まるで王宮かと思われるような立派な城が見えた。
「私は久しぶりに来たのですが、以前よりも、もっと大通りが華やかで賑やかになっていました。お兄さまの領主代理の手腕が良いからなのでしょう」
「確かに。立派なお兄様なのですね」
門番に私たちが来たことを告げると、門を開けて馬車を中に通してくれた。
その後は、執事に案内されて兄のいる執務室に通された。
執務室の机で書類に目を通していた兄ボガードは、私たちを見て、顔を上げた。
父親譲りの銀髪と、母親譲りの青い瞳が美しい、目鼻立ちが整ったイケメンだが、眼光鋭く、睨まれると震えあがってしまうような冷徹さを併せ持っている。
「お兄様、お久しぶりでございます」
私がカーテシーで最上級の挨拶をすると、兄は目を細めて一瞬嬉しそうな顔をしたのだが、隣にいるラディーを見ると、急に険しい目つきに変わった。
「で、リリア、隣にいるのが、アレだな?」
ラディーが、はっとして挨拶を始めた。
「挨拶が遅れて申し訳ございません。私はリリアの夫であるラディーと申します。お目にかかれて光栄です。」
ラディーの優雅なボウ・アンド・スクレープに、兄は目を瞠ったが、それはほんの一瞬で、またすぐに険しい顔に戻った。
「そなたのことは父上から聞いている。リリアの夫として、恥ずかしくない行いをするように。もしも、リリアを泣かせるようなことがあれば、命の保証はないと思えよ」
「お、お兄様……」
私はドキリとしたけれど、ラディーは兄の言葉に動じることなく、いたって落ち着いている。
「ご忠告ありがとうございます。ですが、妻を泣かせるようなことは一切ないと、お誓い申し上げます」
この堂々とした話しっぷりは、どう見ても平民とは思えない。
伯爵令息として身についた風格は、記憶を失くしても、消えることはなかったようだ。
「お兄様、挨拶も済みましたし、私たちは北部へ参りますわ」
「ええっ? もう行くのか? せめてお茶でも……」
「それはまた、落ち着いてからでお願いいたします」
残念がる兄に別れを告げて、私たちを乗せた馬車は、最終目的地である北部のボレアリスに向かった。




