11話 嘘つきの妻
翌朝、目が覚めたら、隣に寝ているはずのラディーの姿がなかった。
ドキッとして、部屋の中を探してもいなかった。
もしかして、記憶が戻って、また自殺をしようとしているのでは……?
私は急いで着替えると、青くなってホテルの中を探し回った。
ラディーは、一階のロビーのソファに座っていた。
良かった……。
ほっとして近寄ると、ラディーは新聞を読んでいる最中だった。
横から新聞を覗くと、読んでいたのは、キャロル様とアスラス様の婚約破棄の記事だった。
アスラス様の似顔絵も掲載されていたけれど、イマイチ本物に似ていなくてほっとする。
「可哀そうに……。婚約破棄された伯爵令息は、現在行方不明らしいよ。きっと、とっても辛かったんだろうね」
「ええ、そうだと思います」
そうよ。あなたは自殺しようとしたくらいだもの。
それはそれは、とっても辛くて苦しい思いをしたのよ。
朝食を食べた後は、すぐに出発した。
「ねえ、リリア。僕は自分のことをすっかり忘れてしまっているから、君に教えて欲しいんだ」
馬車の中で、ラディーと私の問答が始まった。
これは想定内のことであったので、私は用意していたシナリオ通りの答えを、彼に植え付けていく。
「僕と君はどうやって知り合ったの?」
「あなたは本を読むことが大好きで、いつも本ばかり読んでいたの。そしてその知識は膨大で、私はあなたに勉強を教えてもらっていたのよ。そのうちに私たちは愛し合うようになったの」
私は真実と嘘を混ぜて答えた。
「僕の職業は、家庭教師だったってこと?」
「そうよ。私たちの愛は深くて、離れることなんてできなくて、結婚をしたかったけど、身分違いだから許されなくて……、だから私は家を出たの。そしてあなたと一緒に暮らし始めたわ。あなたは教師で稼いだお金で暮らしを支えてくれたのよ」
ああ、嘘100パーセントになってしまった。ごめんなさい。
「侯爵令嬢が平民の家で暮らすなんて、辛くなかったの?」
私はブンブン首を振った。
「ちっとも辛くなかったわ。だって、あなたと一緒なんだもの。あなたと一緒の時間を過ごすことが、私の幸せだったの」
ああ、これは真実だわ。
ラディーは次々に質問を繰り返し、私は用意していた答えを返し続けた。
何を聞かれてもいいように、たくさんの答えを用意していたから、余裕はある。
「どちらからプロポーズしたの?」
「えっ?」
しまった、これは想定外……
「あ、あの……、わ、私からよ。だって、平民のあなたは私を愛していても、結婚を申し込むなんてできなかったんだもの。だから私から言ったの、ラディー、私と結婚してくださいって」
「女性のあなたから言わせるなんて、僕は申し訳ないことをしてしまったんだね」
「そ、そんなことない。あなたが受け入れてくれたから、私は家を出ることができたのよ」
一瞬、冷汗が出たが、ラディーの質問が他に移ったので、私は、嘘に嘘を積み上げて、ひたすら答え続けた。
「ありがとう。僕のことが、だいたいわかってきたよ。そして僕は、とても優しくて素晴らしい奥さんをもらうことができたってこともわかったよ」
嘘つきの私を、優しくて素晴らし奥さんだと言ってくれる……。
なんだか涙が出そうになった。
馬車は次のホテルに到着し、昨日と同じことを繰り返した。
ベッドは一つなので、一緒に寝るが、ラディーは約束を守って、私に手を出さなかった。
ほっとするけど、ちょっと残念な気持ちになるのは、私のわがままだろうか……。
翌朝、新聞を読みながらラディーが言った。
「昨日、行方不明だった伯爵令息は、断崖絶壁から飛び降りて自殺したんだって……。遺体は探したけど見つからなかったそうだ。きっと遠い沖まで流されたんだろうな。可哀そうに……」
「え、ええ……。そうですね。わがままな王女に振り回されて、とてもお気の毒だと思います。生まれ変わって幸せに生きることを祈りますわ」
「生まれ変わって……か……。死んだ人はもう元には戻らないけれど、それで本当に幸せな人生になるのなら、悪くはないのかもしれないね」
「そ、そうですよね」
「でも、僕なら、生きて人生やり直して、幸せをつかみたいかな。まあ、僕は平民だから、貴族の苦しみなんてわからないのだろうとは思うけどね」
ズキンッ!
心が痛くなった。
私がしたことは、やはり許されないことなのだろうか。
いつか、この報いを受けることがあるのかもしれない……。
そんな不安を覚えた。




