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魔王様いけません  作者: 天羽
第一章「やり直し」
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第六話 目標は決まりました

 子育てを始めたリスティアは、とある重要な事を悩んでいた。

 それはとてもとても大切な事で、これからの彼の人生において重要な事だ。


 「名前、どうしよう…」


 そう、この子には名前が無かった。

 母フェルマさんは、この子の名付けに困っていたようで、数カ月たっても名付けが出来ていなかった。

 曰く勇者になる子に名付けすると思うと、不安だったと言っていた。

 これから世界に広まる名前、誇れる様な名前。

 それを考えなければいけないと思うと、リスティアの肩には重りが乗ったようだった。


 (何がいいかな)


 考えていると、リスティアはふととある事を思い出した。

 自分が言った事、それは過去にリスティアがフェルマに言った事だ。


 「どんな名前でも、その子はその名前を誇りにすると思うよ」


 軽い気持ちで言ったその言葉だが、今思えばそんな軽い気持ちで言うものでもないと思う。

 だが、リスティアは同時にその言葉を胸にとどめた。


 「ヘルト、ヘルト・アンディラ。君の名前はそれだ」


 そして、リスティアの名前は今日からリスティア・アンディラと決まった。

 特段何か意味を込めたという訳では無い、だけど適当につけたわけでも無い。

 それでもこの子が幸せになって欲しいと思いながら、この子に名前をつけた。

 それに意味があると思って、名付けしたのだ。

 そして、フェルマからアンディラという姓をもらった。

 フフッとリスティアは穏やかに笑う。ヘルトもそれに合わせて、無邪気に笑った。


 「アハハ、可愛いね」


 ヘルトの手はとても小さくて、リスティアが握れば潰せそうなくらいに小さい。

 赤ん坊というのは、こうも可愛らしいのだろうか。


 「あ、寝ちゃった」


 疲れたのか寝たヘルトをベッドに置くと、リスティアは外に出る。

 何があっても大丈夫なように、監視用の魔法と探知魔法、加えて防御結界を幾重にも張り、ヘルトへの配慮も忘れずに、防音結界に衝撃用結界を張った。


 「見ているな?私達を」


 リスティアは小屋の外に出ると、そう言った。

 何もない森の中で、誰も聞いていないであろう言葉。

 辺りは風も吹かずに、ただ静寂が広がるだけだ。

 動物たちの動きで微かに揺れる草や木の葉だけがある。

 それでもリスティアは静かに立っていた。

 時間がたっても、変化はない。

 静かで無意味な時間だけが流れていく。

 それでも、リスティアは黙って小屋の前に立っていた。

 息を静かに整え、目を細く鋭くしていく。

 冷ややか怒りを放っていた。

 その空気に耐えられなくなったのか、それとも元よりそのつもりだったのか、女は前に出てきた。

 艶のある長い白髪をなびかせた女が、木々の影からゆっくりと姿を現す。

 〈観測者〉ザーク、魔王軍六大魔将の一人だ。

 美しい顔に優雅な笑みを浮かべて、首を小さく傾ける。


 「貴女に鞍替えしようと思って、長い付き合いだしね」

 「へぇ?裏切っておいてその言い草?」


 裏切っている。そう言ったのは、今の言葉に確証があったからだ。

 鞍替えと彼女は言った。それはつまり、元々リスティアの下に付いていた、その自覚があるという事。

 だからこそ、ザークはリスティア、いや魔王リスティに気づいている。


 「新たな魔王ダルディアは相当に面倒くさくてね。優秀だけど私も積極的に戦果を残さなければいけないの」


 だるそうな、憂鬱そうな暗い声で、ザークはあくびをしながら言った。

 新魔王ダルディア、青髪の魔族の名前だ。


 「死ぬ程どうでもいいのに、楽して働ける環境が良かったのに…」


 心底面倒くさいと言った様子で、ザークは木に寄りかかる。

 暇つぶしで紙を1枚取り出すと、指のうえでクルクルと回転させている。


 「アンタは変わらないわね。やる気は無いけど超優秀、しかも言葉だけは一丁前」

 「褒めてくれて有難うね」

 「貶してるんだよ」


 リスティアがすかさずザークに突っ込む。

 ザークは驚いた様子で口を開けて、上半身を後ろに曲げる。


 「むしろ良く褒められてると思ったわね…」


 馬鹿にしたように口元を歪ませて驚くが、ザークは特段何とも思っていないようで、どうかしたとでも言いそうな顔だ。

 何食わぬ顔で、その場に立っている。


 「平気で裏切るような奴を、理由もなしに受け入れるわけないでしょ…」


 そうは言っても、リスティアはザークを殺そうだの、どうこうするという考えは1ミリも無かった。

 リスティアからしても殺すのが惜しいくらい、ザークは優秀なのだ。


 「じゃあどんな理由なら受け入れてくれるー?」


 軽い口調で、明るい声でザークは言った。

 軽薄という言葉が似合うくらいに、宙に浮かぶくらい軽い言葉。

 信用するには足らないが、それでも惜しいというのが評価だ。


 「賭けられる最大の物を私に賭けろ」

 「じゃあ命。はい、契約」


 何とでもない様に、魔法でザークは誓約魔法を出した。

 そこには当然に命を賭ける事を条件としていた。 

 これがザークの怖いところでもあり、強いところだ。

 彼女は自身の命すら軽く使うのを躊躇わない、それは浅はかではあるが、ある種の強みでもあった。

 リスティアは苦笑気味に笑って、頬を引きつらせる。


 「命を賭けられるその胆力は認めるよ。はぁ…」


 それでも、リスティアはザークの契約を受け入れようと手を差しだす事はない。

 それは信用という言葉を、彼女はまだ足りなかったからだ。

 それを察したのか、あるいは分かっていたのか、ザークはヘラヘラと笑っていた顔から、不敵な笑みを浮かべた底のしれない顔に変わる。


 「そうだな、私は私の命が一番大事なんだよ」

 「それなら、今の行動は矛盾じゃない?」

 「貴女に、魔王リスティに命を賭ける。それが一番私の命を大切にしてるよ」


 淡々と、真っ直ぐな言葉でザークは告げた。

 自分の命が大切だから、リスティに命を賭ける、預けるということだ。


 「私は私一人で生きれると思う程驕っていない。だから寄りかかるものが欲しいの」

 「それが私だと?」

 「そう、貴女になら私の命を預けられる。だって、決して折れないもの」


 ザークの理由に、リスティは考える仕草を見せる。

 密偵である可能性や、さらには第三陣営の裏切り者の可能性。

 引き入れるだけの価値はある。

 だがそれ以上に、敵の可能性は捨てきれない。

 警戒心を隠さないリスティアに、ザークは憐れみではなく、穏やかな目で見ていた。


 (貴女は貴女の思う以上に、慕われているというのにね)


 「六大魔将の地位を捨て、今ここに誓いましょう。〈観測者〉ザーク・ヴァルティエル、リスティア・ヒュブリスにこの命を預けます」


 誓いを受けてなお、契約魔法が発動してなお疑念が消えないリスティアに、ザークは口元を緩ませた。

 そして今、リスティアが重要な事を聞いていたにも関わらずスルーしている迂闊さに、ザークは笑う。


 (全てを知るのが観測者。観測者は最も強い者を知っている。だから私は、()()()ずっと、貴女に従うのですよ)


 ザークは笑い、髪を手でなびかせる。


 「何なりとご命令を、魔王様」

 「……私の信頼を勝ち取れ」


 リスティアの命令に、ザークはその場からスッと立ち上がると、一礼して去っていく。

 去り際にザークはふと足を止めると、リスティアの方へと振り向いた。

 さっきと打って変わって、表情はどこか虚ろだ。

 ザークの顔を見て、リスティアは怪訝な顔を浮かべる。


 「言い忘れてましたが魔王様、鍛えた技術や力は変わらないと思いますが、とあるものは失っていますよ」

 「何を、言っている?」


 突然の脈絡が一切ない話に、リスティアは眉根を寄せて見る。

 雰囲気が変わり、さっきとは別人のようにも感じるザークに、リスティアは警戒を隠せない。

 ザークはリスティアに構わずに、淡々と告げていく。


 「良かったですね、二百年鍛錬を怠っていなくて。本当なら新たな魔王が生まれた時に、魔王ではなくなったリスティ様は力を失っていますよ」

 「何を言って、力を失ってなど…」


 リスティアはザークの言葉を否定しようとして、初めて違和感に気付いた。

 二百年の鍛錬と、ザークは言った。よく考えれば、彼女は誰にも言っていない、本来のリスティアの姓も当てている。

 リスティアの目が大きく見開かれ、瞳がブルブルと小刻みに震えていた。

 ザークは視線を受け止めながら、一度目を瞑り、そして確固たる意志を持って告げる。


 「魔王としての力を失ってもなお、その力に変わりは無い」

 「お前、まさか!!」


 リスティアは気付いた。ザーク、彼女は記憶を持っている。

 そして、言い様の無い威圧感と恐怖を放っているザークに、リスティアは即座に臨戦態勢に入る。

 だがそれは、叶わない。

 リスティアが『固有世界』を構築するよりも早く、ザークは『固有世界』を構築した。

 森の中の光景が変わり、ヘルトを寝かせている小屋だけは変わらない。

 周囲には見上げる高さの本棚が並び、古今東西あらゆる本が並べられた図書館の様な空間だ。

 シャンデリアが建物を照らし、赤い絨毯が道を作っている。

 見事な装飾がされた図書館の中で、リスティアはザークと向かい合う。


 「いきなり飛びかかるなんて、これは私なりの信頼を勝ち取るものですよ?」

 「よく言うな、固有世界に閉じ込めておいて。しかも私の固有世界を封じるとは」


 本棚に並ぶいくつかの本が、白、緑、赤の光となってリスティアに注がれている。

 特別な効果があるのか、リスティアは自身の固有世界展開することが出来なかった。

 魔法の妨害効果があるのか、リスティアは苦い顔をする。

 この棚にある本全てに魔法が込められている。どこから魔法が放たれるのか、リスティアは周囲全てを警戒する。 

 ザークは敵対心剥き出しのリスティアの前に悠然と歩いていった。

 リスティアと違い、警戒心は無くただ背筋を真っ直ぐと伸ばし、優雅に歩く。

 ザークはリスティアの前で、ゆっくりと膝を曲げて、地面に顔を向ける。

 服従の証、それを見せる為に跪いてみせた。


 「これが私が示せるものです」


 示せるものとは、前の世界から記憶を引き継いでいるという証明だろう。

 だが、わざわざ固有世界を発動した目的がリスティアには分からなかった。

 

 「随分と荒っぽい…何が目的」

 「これは進言です。リスティ様」


 ザークは今、敢えて魔王リスティとは呼ばず、リスティとだけ呼んだ。

 それには確かな意味が込められていた。

 リスティアが、リスティが今足りていないものを、〈観測者〉であるザークは確かに知っていた。


 「今の貴女には目的が欠如している。勇者を育てる、守るは結構。ですが貴女が見ている景色が無い」

 「何が言いたい」


 リスティアの怒りの籠もった声にザークは言葉を続ける。


 「世界の歴史全てを観測した私は知っています。神へと唯一反逆した生者、退屈な歴史を終わらせた魔王」


 ザークは興奮が混じった声で、頬を緩ませ目を大きく開いている。


 「固有世界を使ったのは、神に見られない為です。この世界の中ならバレずに会話ができる」


 常に神が見ている可能性がある為、下手な会話は聞かれる可能性がある。

 ザークは危険性を排除する為、わざわざこの形で固有世界に二人きりになった。


 「何を目的に定めろとは言いません。ですが、貴女のような方が、何の目的も無しにフラフラとするのは頂けない」


 ザークの目には、リスティアへの期待が宿っていた。

 好奇心が含まれた声に、リスティアは最初こそ無愛想な態度だったが、次第に表情を落ち着かせる。


 「それでは、私はここで。用事があればいつでも連絡を」


 ザークは固有世界を解くと、去っていく。

 残されたリスティアは、心に靄がかかったような、モヤモヤとして立っている。


 (目的、か)


 リスティアは確かに神に勝つという目標を立てたつもりだった。

 だが、それが見たい景色なのか、心に決めた目標かと言われるとそうではない。

 今の世界に戻されてからも、最初から良い感じに話を進めるだけであって、特段何かへの執着は無かった。

 何がやりたい、なんて言う事は無いのだ。

 それに加えて、魔王という地位が失われ、力や少しばかりあった征服への欲も無くなっていた。

 力は魔王としてのものが無くても変わらないよう鍛えていたから問題無いが、それでも魔王としての心が無くなっていた。

 今のリスティアは確かに空っぽとも言えるような、惰性で生きていると言われても仕方がない。


 「確かに、前の世界では魔王としてしか生きてこなかったな」


 魔王として、世界を滅ぼす事だけに生きた前の世界。

 やり直しをさせられない為、勇者を保護し村で過ごした今の世界。

 その結果今は勇者となる赤ん坊を育てている。


 「何がしたいのか、分からない」


 己の空虚さ、先を見据えられない自分への悲観が心の中に渦巻く。


 (私が本当にやりたい事)


 リスティアは別に侵略や他種族を滅ぼす事が好きなわけでない。

 魔王だから他種族を滅ぼしただけで、前の世界でも特段執着は無かった。

 ただ、負けるのは嫌だという気持ちだけはあった。

 どうせやるなら勝ちたい、それが唯一リスティアを動かす原動力だった。

 だが今、侵略などにおいての勝ちたいという欲は無い。

 神にやり直させられる事が分かった時点で、自分のやりたいようには出来ないからだ。

 ならば、何がやりたいのだろうか。


 (見てみたい)

 

 何がしたいか考えたリスティアの胸に、一つの小さな火が燃え始めていた。

 それは今の世界に戻されてから短い期間、唯一自身に影響のあったもの。


 (村では人に心を動かされ、今は人の赤ん坊を可愛いと思っている。)


 前の世界では滅ぼした人族に、関わることの無かった人族に、リスティアは心の変化があった。


 「人というものをもっと知る」


 神に一泡吹かせるのは依然として当然だが、リスティアは今新たな目標を一つ定めるのだった。

一章終了です。次章から本格的に物語が始まっていきます。

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