幕間 魔族と人族
村で過ごしていた頃のリスティアは、人間達から話しかけられる事に、最初は困惑していた。
(何で、見知らぬ新参者に話しかけられる?)
そう思っていたのは、彼女が前の世界で受けていた境遇が起因していた。
■ ■ ■
「新たな魔王を、リスティ・ヒュブリスとする!」
多くの魔族が集まる中で、中央に凛として立っているリスティ。
銀髪を後ろに一つにまとめたポニーテールの、若い女の魔族、風貌から連想されるのは美しさとしての魅力ばかり。
だれも強さを信じていなかった。
議会の空気は不満、疑心に満ちており、新たな魔王の誕生を宣言した魔族すら、快く思っていない様子だ。
魔王が生まれたのは知っていたが、誰もがこんな女だとは思っていなかったのだ。
魔王誕生の報せがなされた後、リスティは部屋の中央に立つ。
だが魔族達はそんなリスティ達に目を向けることはせずに、次々と部屋から出ていく。
(魔王とは認めない、か)
魔族は完全に年功序列社会。永き時を生きる魔族が偉いとされる中で、魔王として選ばれたのは十数年しか生きていない若輩の新参者。
部屋に残った者は僅か数名。
その中にいる者さえ、殆どが魔王を見る目は厳しい。
嫌悪、嘲笑、侮蔑と言った視線が、リスティを貫いていた。
リスティが目を伏せ黙り込んでいると、白髪の魔族が口を開いた。
その魔族は他の魔族とは違い、顔に浮かんでいるのは嘲笑などの悪意ではなく、リスティに対しての期待、興味だった。
「〈深淵の魔王〉リスティ様、私は貴女を支持しますよ」
他の魔族が彼女を見る。
何を言ってるのかと言った、不可解なものでも見るような目で、彼女を睨んでいた。
それでも白髪の魔族は堂々とした振る舞いをする。
「有象無象に構う必要はありません、貴女は貴女であればいいのですから」
「…貴公は名前は?」
「ザーク・ヴァルティエル、新参者の魔族ですよ」
ザークの控え目な紹介に、リスティは無愛想に返事だけをするが、その目は彼女への警戒が浮かんでいる。
(強い、その他の有象無象とは明らかに違う)
リスティはザークと言う魔族に警戒し、目を細める。
咳払いをすると、リスティは重い口を開く。
「そなたらが私を認めないのは知っている。よって私が提案しよう」
リスティは高らかに宣言する。
「私に挑み、勝つ事ができればその者が魔王だとしよう。明日以降、いつでもかかってくるがよい。常在戦場と思い、私も玉座にて待ち続けよう」
リスティの言葉に明らかに目が変わった魔族が大勢いた。
我こそは思う魔族が大半、敵対心に功名心、分相応というものを知らないとすら思える。
それから一ヶ月、リスティは挑戦者となった魔族全てを下し、もはや彼女に挑む者はいなかった。
しかし、それでもなお彼女を認める者は少数。
未だにリスティは、魔族から魔王だとは認められていなかった。
指示を出しても無視、独断で人族や龍族との戦争をし、魔王軍は統率が取れたとは言えない状況だった。
呼び出しも、城内で声をかけようが無視、まるで居ないものを扱うように。
(どうしたものか)
リスティとしては、一定以上の力のある魔族を粛清したくない。
魔物ならばいざ知らず、指揮官になれる魔族を失うのは痛いのだ。
だが今この状況ではダラダラとやれば舐められるだけだ。
この状況は数カ月後、数少ない部下の一人が解決するのだが、また別のお話。
■ ■ ■
魔族とは根本から違うのだな。
魔族は魔王でなくても、そもそもが若輩者、新参者に対しての風当たりが強い。
プライドの高い彼らは、新入りが大きな顔をする、それどころか平常に暮らすのすら許さない。
リスティが魔王となってからは、その風潮は低下し始めているが、未だにその思考は根強い部分もある。
そんな種族で生まれたリスティ、もといリスティアは、村の人々の対応に驚きを隠せなかった。
「若いんだからいっぱいお食べ、ほら!これ!」
「あ、ありがとうございます」
(老人が他者に施しを与えるだと!?)
リスティアはこの状況に、混乱を越えた何かを感じていた。
魔族と人族の価値観の違い、そのギャップにとにかく驚いている。
「若いねえ、どこから来たんだい?」
「えっと、西の方から、ですね」
「西の方かい、あっちの方から来るのは珍しいから、嬉しいよ。西と言えば魔法が盛んだろう?うちの子供が魔法を勉強したいらしくてね、教えてくれないかい?」
「いいですよ」
「本当かい?ありがとねぇ」
(何だ、この人たち!私は新参者の若輩者で、しかも魔女だぞ!?)
「そうだ、これは先払いでね」
女の人からお金を渡されたリスティアは、狼狽えて咄嗟にお金を返してしまう。
「別にお金なんて頂かなくても、魔法くらい簡単に教えられますし」
「そういうことじゃないんだよ。何かを受けたら何かを返す、それが人と人が尊厳を守るということ何だよ」
(…温かいな)
「嬢ちゃん!魔女なんだって?」
「ええ、最近村へ越してきました」
「凄いじゃねえの!すまないが最近雨が降らなくてよ、水を畑に降らせてくんねえか?」
「構いませんよ」
リスティアは畑に雨を降らせた。みるみるうちに土が浸されていき、満遍なく湿っていく。
農家の男は感嘆の声をもらしながら喜んでいた。
「ありがとな嬢ちゃん!これ、お礼に畑で取れる野菜だ」
「ありがとうございます、えっと…こんなに?」
「なんだい、遠慮すんなって。あ、あれか!若い子は果物の方が好きかい?」
どこからともなくりんごが入った箱を取り出すと、リスティアの腕の上にのせていく。
「い、いえ!流石に貰いすぎです!」
リスティアはたじろいだ声を出すと、箱を地面に置いた。
そして、近くの岩に目配せをすると、邪魔にならなそうな場所を確認する。
「えっと、頂いたものは貰います。ですけど、お礼をしたいので、ここ自由に使ってもいいですか?」
「いいってことよ!だが別にお礼なんて大丈夫だぞ?」
「いえ、こんなに頂いて何もしないのは、私の心が許せません」
(借りを作るのは嫌だ)
リスティアは魔法を使っても岩を丁度良く形作ると、地面に穴をあける。
形作った岩を井戸の形にすると、地下には無限に湧く水源を作り、水量を調整する。
「魔法で井戸を作りました。作物にも影響を与えない水ですし、無限に使えるので、足しになるといいです」
「じょ、嬢ちゃんこれ!?ありがとう!!もっと、持ってけ!」
結果的にさらに一箱ずつ上乗せされるのだが、もはや断れる状況にはなかった。
村の人々に支えられ、人族の魅力、社会を見たリスティアの心には変化が起きていた。
それはまだ顕著ではない、ごく僅かな変化。
だがそれはいつか彼女に明確な転機を起こすのは間違いなかった。
■ ■ ■
ヘルトをあやし終えて、ようやく寝たのを確認したリスティアは、一息をついていた。
真夜中で泣き喚くヘルトの世話には苦労する。
「その時に思い浮かぶのが、彼らの顔だとはな」
勿論、ザークなどの魔族の姿も思い浮かぶが、今思い浮かんでいたのは、村の人々の姿。
彼らの言葉が、彼らとの生活が今リスティアの記憶に色濃く刻まれていた。
(私が人族の赤子を育てる事を真面目にやるとは)
きっと彼らとの生活がなければ、ここまでしっかり赤ん坊に向き合える気がしなかった。
リスティアは真夜中に小屋を出ると、夜道を歩いていく。
夜風が体を冷やし、小さく縮こまる。
暗闇の空に浮かぶ星々の輝きが、道を示してくれた。
そうしてついた先は、村の跡地。
魔物に襲われ見る影もないそこで、リスティアは全員の墓の前に座り込む。
「一ヶ月と言う短い期間であったが、私はそなたらの事を忘れない」
目を瞑り、両手を合わせる。
悲しみにくれながらも、静かに祈りを捧げた。
「ありがとう」
穏やかな表情で墓に向けて告げると、リスティアは小屋へと急ぎ戻るのだった。




