第四話 同じ事を他人がやると反省できるよね
新たな魔王誕生に、勇者の変化。
大きな変化がありつつも、リスティアは変わらずに村に留まり続けていた。
既に一月は経ち、村の人達とも馴染めてきている。
今日も仲のいい女の子達とお茶会をしていた。
歳はそれぞれ上はおばさんと呼んでもいい年齢、下は私のような若者というくらいに幅はあるが、話もはずんで楽しい。
魔王、魔族であるのにも関わらず、リスティアは人間と談笑ができていた。
これにはリスティア自身も驚いていた。
まさか自分が人間とこうして楽しく暮らせるなんて想定外。
最初のうちは違和感こそ感じていたが、誘ってくれたおばさまの影響もあり、今は楽しんでいる。
「お隣の〇〇さんがねぇ…」
「ええ!?そうなんですか?」
「そうそう、あの人、実はそうなのよね」
何気ない噂話や雑談をしていると、リスティアの魔力探知が発動する。
すぐにリスティアは立ち上がった。
「すみません、敵が来たかもしれません。すぐに周りの人に伝えて、避難の準備を」
「分かったわ、任せるわよ」
「いつもすまないねぇ…守られてばかりで」
おばさんがそう言うが、リスティアは首を振る。
「別に構いませんよ、私が好きでやっているので」
一月たったとは言え、随分と甘い物言い。
リスティアは人間にこんな事を言うとは、どういう心情の変化なのだろなと思いながら動く。
(魔力探知の数、そしてこの反応…)
リスティアは今村を襲撃してきている相手を知っていた。
よく知っていた。恐らく誰よりも詳しい自信が、リスティアにはあった。
リスティアは彼らを視認すると、立ち塞がる。
正面には長めの青髪を首の下辺りまで下ろした長髪の男。頭には二本の鬼族とは違う角が生えている。
そして背後には六人の別格の魔族、その後ろには強力な魔物が百程度数を揃えていた。
「我々の前に立ち塞がるとは、貴様がこの村を守る魔女か」
「お見通しとはね。私の名前はリスティア、永久の魔女リスティアよ。早速だけど、帰ってくれないかな?」
温和な声でそうリスティアは提案する。
余裕そうな態度を保っているが、内心は激しく焦っていた。
リスティアと言えど、魔王軍最高幹部六人、しかも前戦った力だけの紛い物ではない、本物の強者六人。
それに加えて新たな魔王と思わしき男。
この七人と雑兵を相手にして確実に村を守りきれると思う程、リスティアは驕っていない。
青髪の男は、リスティアの言葉に不遜に笑う。
その余裕と高慢な笑いに、リスティアは緊張する。
「魔女よ、貴様を誘き寄せられれば良かったのだよ」
そう青髪の男は言った。
その言葉に、何を言っているのかリスティアは全く分からなかった。
よく考えれば分かった筈なのに。
この一月で人と馴染んだせいだろう。リスティアの思考は鈍っていた。
前の世界ならきっとリスティアもやったであろう事だ。
リスティが、自分自身と同じ事。
それが、まさか他の者はやるまいと、頭から抜け落ちていたんだ。
村の方から、大きな爆発が起こった。咄嗟に見れば、炎が村全体を焼いている。
それに、村人が避難場所として多く集まっていた南門の近くの建物も焼かれている。
それどころか、狙われたように爆発が連鎖していた。
空間魔法による抉り取りも見えた。
まずいと思ったリスティアは、地面を蹴ろうと足に力を入れる。
それが致命的な隙だ。
敵の目の前で別の場所を見て、さらに無視して動こうとする。
それは強敵の前では通用しない。
横腹を六大魔将〈白鬼〉ゴウアの拳が、魔力と共に高速で貫く。
肉が抉れてリスティアの横腹に穴が空いた。
臓物が潰れ、血が溢れる。
口に広がる鉄の味と、悶絶するような痛みにリスティアは倒れた。
「油断したじゃないか、魔女。だが僕は臆病でね、君の強さが分かるからこそ、引かせてもらうよ」
そう言って、新たな魔王は部下たちと共にどこかへと転移した。
その判断は確かに正しかった。
リスティアはやろうと思えばここから傷を癒して戦うことも可能。
新たな魔王達が負けるかはともかく、大きな爪痕を残されるのは明確と考えた新魔王は、撤退を選んだ。
目的は達成したであろうからだ。
(立て、リスティア…いや、リスティ!!)
リスティアは自身にそう奮い立たせる。
奴らを追うことはできるが、それよりも早く村の皆を助けなければいけない。
傷が激しく痛み、今にも動きたくないのを抑えながら、リスティアは移動を始めた。
「いけ、いけ…私は、最強の魔王なんだ…」
これが心配かどうかは、リスティアには分からない。
けれども、リスティアの歩みは止まらない。
森を抜けて歩みを進めると、村へと辿り着いた。
村の中では魔物が…建物を壊している。
そして何より目についたのは、死体を壊す魔物。
その中には…
(あ、間に合わなかった)
おばさまに、ケーキ屋のおばあちゃん。
皮膚を剥がされ、肉があらわになっている。腕は既に無く、股が引き裂かれている。
次に目に入ったのは、勇者の母。クッキーをくれた彼女。
弄ばれたのだろう、乳房はもがれ、目玉が片方無い。
加えてもう片方の目玉が垂れている。ダルマにされていて、臓器がかき混ぜられたようにグチャグチャだ。
その他にも、知っている顔が幾つかあった。
顔が潰され、判別できない死体もあれば、焼かれて何もわからない死体もある。
ガーゴイルや巨人が、村を破壊していた。
(やめろ…やめろ、違う…私は魔王で、人族に対して思い入れはない)
リスティアの顔が歪む。
拳を握りしめ、歯を強く噛んでいる。
「アハッ、アハッ、アハハハハハハハハハ!!!」
リスティアは狂った声で大きく笑った。
高い声で、村中に響き渡るように。
魔物達はすぐにリスティアを睨んだ。そして、醜悪な笑みを浮かべて、こちらに走り出す。
(人族が死んだところでどうでもいい。そうだ、どうでもいい)
笑いながら、リスティアは言い聞かせるように心の中で喋った。
自分自身を抑えるために、何度も何度もそう喋る。
おもむろに、胸のポケットからクッキーを取り出した。
そして、齧る。甘みが今は、苦しくて、頬に水がつたった。
(美味しい、なぁ…何で…)
同時に、空に浮かんでいたこちらに向かってこない魔物が、水の刃で貫かれた。
監視用の魔物、魔法を使う事で遠くから状況を見れる魔物だ。
それを即座に落とし、リスティアは狂気的な笑みを浮かべる。
監視の目が無いのを魔物を殺す事と、探知する事で確認した。
その間0.3秒、凄まじい速さで行われた。
監視用の魔物が血を噴き出すのに気づいた一部の巨人やガーゴイルもいる。
だがもう遅い。
魔法の空間が村を覆った。
「フフ、フフ、アヒャヒャ」
狂った声が、不気味に空間の中に響いた。
魔物達の感の良い一部は何やら魔法道具を取り出した。
空間転移の魔道具、逃亡しようとしたのだろう。
だが、その魔道具が発動する事は無かった。
その事に魔物達が動揺している。
「逃げられる訳が無いでしょう?」
楽しげな声で、リスティアはそう言う。
魔王からは逃げられない。
この空間、『固有世界』において、リスティアから逃げる行動を取ることは出来ない。
そうだ、だからこそ彼らはリスティアに勝つしかないのだ。
焦っていた魔物達だが、すぐにリスティアを見て醜悪に笑った。
「アイツ、キズツイテル」
「もう死にかけだ、殺せるぞ」
知能の低い巨人も、ガーゴイルもリスティアの横腹に空いた傷を見て、勝てると思っていた。
一斉に襲いかかる魔物達を、リスティアは笑って見る。
瞬間、ガーゴイルの翼が粉々に切り刻まれた。
巨人の腕が、皮膚を削がれて肉になり、内部が刻まれる。
ガーゴイルは地面に落ち、巨人は悶絶の雄たけびを上げる。
「ギャァァァ!!!」
「醜悪の悲鳴、聞き心地悪い」
無表情で悲鳴を聞きながら、リスティアは淡々と魔物達を同じ様に傷つけた。
それと同じく、彼らの傷へと水泡が放たれる。
水の泡が傷を包むと同時、魔物達の傷が治っていく。
魔物達は驚いた顔で顔を振り、傷があった箇所を触る。
だがそれと同時に、また刻まれる。
再度魔物達は悲鳴を上げる。
「楽に死ねると思ったか?」
そこにあったのは地獄だった。
魔物達が悲鳴を上げ、永遠と苦しみ続ける地獄。
リスティアはその悲鳴にはこれっぽっちも興味を示さずに、人々の死体へ水泡を放つ。
死体の傷が、失った部位が再生し、元の姿へと戻っていく。
全員を終えると、リスティアは彼らの死体を魔法で浮かべ、村の端に運んだ。
そして、地面に穴を開けると、一人一人を埋めていく。
(名前は知らない、が、許せ。)
全員を埋め、そこに墓石を創り出すと、それぞれに花を添えた。
簡単な墓、それを作り上げる。
冷酷な魔王、効率を何より重んじ、前の世界では人族を滅ぼした魔王が、今村の人々の死を悼んでいる。
異様な光景だが、そこには確かな悲しみがあった。
魔王は確かに、短い期間だが少しだけこの村の人々に心を動かされていたのだ。
(甘いな、本当に甘い)
そして、次は魔物達への回復をやめた。
次々と魔物達は死んでいく。ようやく、永遠に続くような痛みから解放される。
空間が解かれる。
太陽が高く昇り、焼けた村を眩しいくらい照らしていた。
その下で、リスティアはフラフラと亡霊みたいに歩き出す。
(なんて事のない、出来事なのにな)
前の世界では、自分がこれをやったのだ。
勇者を殺すという名目で、村を滅ぼした。
(確かに、これはやってはいけないな)
リスティアは神から言われた事を思い出した。
赤ん坊の勇者を狙い、故郷にいるものを皆殺しにする。
そんなのは恨まれて当然、最低の行為。
そしてその上で寿命で死ぬまで逃げたのだ。
リスティアは我ながら最低だなと思い、フッと笑う。そこには後悔、悲しみが含まれていた。
暫く歩いていると、リスティアは目を見開く。
視線の先にあったそれに、心底驚いていた。そした、口角が上がり、目からは涙が溢れていた。
「運命に守られている…いや、違うなあ」
リスティアの視線の先にあったのは、揺りかごの中にいる赤子。
その周りには、丁度赤子を覆うような、微弱で弱い結界があった。
誰でも貼れるような結界だが、ここに対してよく目を凝らさなければ見れない。
探知にも引っかからない程の微弱で弱々しい結界。
それを貼ったのは誰か、リスティアは揺りかごの中に置かれた手紙とクッキーで、何となく察した。
「母というものは、強いものだな」
そう言うと、リスティアはクッキーと手紙をしまい、揺りかごを抱いて森へと消えるのだった。
(まだ、終わっていない)
リスティアの目には、強い決意が籠もっていた。




