第二話 蝶が羽ばたいたようだ
村を守る魔女となったリスティアは、早速村の中を出歩いた。
周りを見渡しながら、目的の人物を探す。
最初に確認すべきは、勇者の詳細な所在だ。
どこに住んでいるのかということは、守るという点において最重要であると言っても過言ではない。
少し歩いていれば、すぐに勇者の気を纏う赤ん坊を見つけた。
村の中央付近、勇者がいる一家はそこにあった。
母に背負われている赤子は、年相応に泣いていた。赤ん坊の声が、周囲を騒がしくしている。
母親が必死にあやしているが、中々泣き止まない赤ん坊。
その光景を見ていたリスティアは、泣いている赤ん坊と目が合った。
目が合ったからこそ、リスティアの瞳孔が開く。
赤ん坊も、リスティアから何かを感じ取ったのか、忽然と泣くのをやめた。
(馬鹿、な…あの赤ん坊が勇者だと!?)
リスティアの瞳が震えていた。
勇者である赤ん坊を見る彼女は、明らかな動揺を滲ませている。
(私の知る勇者は彼女である筈だ)
前の世界、リスティアが寿命を尽きさせ相手にしなかった勇者、彼女の名はアルマ。
金髪の可愛らしい少女だった事を覚えている。
強さはリスティアには届かないが、信念と諦めの悪い精神にはさしもの彼女でさえ警戒した。
だが問題はそんなちゃちなものでは既に無かった。
あの赤ん坊はアルマではない、違うのだ。
目が合った時にリスティアは分かった。あれは男の子であると。
(困ったな、早速変化が起きている)
前の世界とは違う出来事、全く知らないものに、リスティアは混乱する。
そもそもどうして変化したのだろうか?
確率としてなのか、それとも再現性がある事柄なのか。
これまでの出来事を整理して考える。
まず時間を戻ったリスティアは、ザークの報告で勇者誕生を知った。
それからどこで生まれるかを知っていたリスティアは、勇者を保護することを選んだ。
そうして襲撃者を倒して今に至る。
(ここまでの動きで違った事は大きく一つ。私が勇者の保護に動いた事)
しかしそれが勇者の変化として状況に反映されるとは思えない。
それならば何がこの変化を起こしたのか。
自身の小屋に戻りながら、リスティアは考える。
何か致命的な見落としがある筈だ、そうでなければこの変化はあり得ない。
(行動の変化、勇者誕生、襲撃者)
そうした変化を考えていると、とある変化をリスティアは感じた。
脳内に電流が奔るような、本能が刺激される感覚だ。
リスティアは歯をガリッと軋ませて、ある方角を見て睨む。
(そうか、そういう事か!!)
奇しくも、リスティアは答えを探すより先に答え合わせが出来た。
脳に奔った電流、これをリスティアは知っていたからだ。
実際に体感したことがあるわけでは無いが、文献や部下からの言葉で聞いたことがある。
「新たな魔王の誕生!!」
小屋に戻ったリスティアは疲れたように息を一つ吐くと、椅子に腰掛ける。
今の電流、それは魔族が魔王が生まれた時に本能で感じるものだ。
人間と違い勇者を知る為に予言などの文化が無ければ、国という大きな集合体も無い魔族は、統率の為に魔王誕生と共にその事実を全員が本能で感じる。
つまり、今新たな魔王が誕生したのだ。
次に湧いてくる疑問は、なぜ誕生したのか?
(だがこれに関しては原因が分かる)
魔王リスティは現状、この世界に存在しない。
正確には存在するし、自身であるのだが、今リスティは肉体と種族を変化させている。
リスティアという全く別の生物になっているのだ。
ならばこの世に魔王が存在しない状況というのは成り立つだろう。
だが魔王がいないと新たな魔王が生まれる、この点についての疑問は解消されない。
そうならば、勇者に魔王が倒されても暫く魔王が生まれないなんて事が起きえない筈だからだ。
世界の歴史で常に魔王や勇者がいる訳ではない。
ただ共通するのは、魔王と勇者は必ず同世代に存在するという事実だけだ。
だからこそ、リスティアは仮説を立てた。
(勇者と魔王のどちらかが存在する限り、両者の争いで死ぬ以外の死に方では、必ず新たな存在が現れる)
この仮説は、リスティアが名付けるなら『勇者魔王運命論』だ。
勇者と魔王が不慮の事故で死んだ場合、何らかの力、それこそ運命のようなものが働いて補填するのでは無いか。
実際、運命の力というのは馬鹿にできない。いや、というよりは運命を操るだろう神というべきか。
前の世界で他種族全てを滅ぼした時にも介入してきたのだ、こういう事態で介入するのも不思議ではない。
世界の均衡を守る為、どちらかの種族に圧倒的なアドバンテージを与えない為。
理由としてはそんなところであろう。
この仮説に欠点を上げるならば、どれだけ神や運命の介入があるのかという点と、不確定要素が多すぎる事だ。
前の世界で分かる事だが、神には恐らく介入の条件がある。
他種族全てを滅ぼした時に介入されたが、リスティアから言わせてみれば、遅すぎる。条件が無いのなら、何というか、リスティアにすれば言葉に困る。
(神といえども、好き勝手に介入するのは不可能と見るのが妥当)
そもそも神が介入するのなら、新たな魔王を生むのが意味が分からない。
リスティは生きているのだ、それなのに新たな魔王を生み出す。もし神がやっているのなら、余程頭が悪いのか無能のどちらかだ。
(まあその可能性はあるのだが…)
言葉に困るので考えを一旦置いていたが、他種族全てを滅ぼすまで介入しない神は正直神はちょっと無能かとリスティアは思っている。
好き勝手に介入できないからとも思ったが、どう考えても無能よりだろう。
だが神が無能という考えでいくと、正直訳が分からなくなってしまう。
何でもありという奴だ。神が無能だから、そんな理由など考える意味もない。
ひとまず、神は好き勝手に介入できないという考察で考える。
神には制限があるとすれば、次は運命だ。
(これも中々都合がいいが、ある程度制限はある)
運命という漠然とした概念が、勇者と魔王を補填する。
これだと、魔王リスティがいない状況で新たな魔王を生み出す事には説明がつく。
神と違って運命とは概念であり、リスティがリスティアになろうと気づく事はない。
ただ魔王が消えたという事実のみを認識する。
(ならば新たな魔王を生み出すのは当然だ)
ではなぜ勇者が違うのか?
その答えをリスティアは先程知った。
あの襲撃だ。
三神同盟の襲撃を受けたこの村だが、今回の世界ではリスティアによって守られた。
だが、前の世界では違う。
そもそもどこに勇者が生まれるのか分からなかった故に、リスティアがこの村に訪れるのにタイムラグがあったのだ。
今回は既に前回の世界でリスティアが村の場所を知っていたから、襲撃のタイミングまでに行けた。
しかし、前回は恐らく既に最初の勇者は殺され、新たな勇者が生まれていたのだろう。
それが前回の勇者、アルマだ。
(だがここでも疑問は残る)
勇者の襲撃は、前回の世界でもリスティアは行ったのだ。
なぜ最初の勇者であったあの子は前の世界で死んで、アルマは死ななかったのか。
あの時、赤ん坊であるアルマを魔王軍総出で殺しに動いたが、その時は失敗した。
おおよそ運命とも呼べるものに阻まれたように、か細い可能性をアルマが引いて生き残ったのだ。
運命が赤ん坊の勇者を殺すのを阻んでいると。
そう、その時はリスティアはそう思っていた。
だが今のリスティアの考えは違った。ある一つの可能性に気づいた彼女は、瞳を震わせて笑っている。
(そうか、そうだ、これなら可能性はある)
「いるな、魔王軍に裏切り者が!!」
運命が勇者を守らない、それが証明されたのならば、あの時アルマを見逃したのは別の理由。
そう、考えられる可能性は一つだ。
裏切り者の存在。勇者が生きていることで何か都合のいいものがある場合。
(あの時は裏切りで失敗したとして、なら裏切り者の動機はなんだ…?)
裏切り者を探す事より、裏切り者の動機と所属。今はそれが一番重要だ。
三神同盟は勇者を殺したあたり、恐らくは違う。
つまり第三勢力がさらにいる、もしくは個人で何かあったのか。
では動機は何なのか、勇者を生かすことのメリット。
声を唸らせて考えるが、思い当たるのは一つだけ。
「私を始末する為?」
魔王に勝てるのは恐らく勇者だけだろう。
ならば部下の中に私を殺したいものがいたのか。
〈静寂の騎士〉ユーノは私を前の世界でも裏切ったが、それは私を手籠めにする為。勇者を利用した裏切りでも無かったし、少し違う。
だがだとしたら自身を殺したい裏切り者に、心当たりが無い。
裏切り者と言えば前の世界では彼1人だけだったからだ。
「だとしたら裏切り者ではない?第三勢力の介入か?」
考えれば考える程、訳が分からなくなってくる。
前の世界の知識をフル活用するが、尚答えは出ない。
今分かるのは、前の世界と違い私が早く動いた事で、勇者が違う事。
これは恐らく間違ってはいない、当たらずとも遠からずだ。
「ひとまず勇者についての考察はこれ以上は打ち止めとして、次は新たな魔王だ」
魔王軍幹部達はユーノだけどうなるか予想はできないが、その他は恐らく従うだろう。
そしてリスティが戻ってきたとしても、彼女に従うかは怪しい。
(実は死んでないなんて言っても、蘇っただけの様に見えるからね)
一度死んだ、つまり負けた魔王に魔族は従わないだろう。
正確には負けてはいないのだが、新たな魔王が生まれている以上、リスティは一度絶対に死んでいるのだ。
ここの説明をしたところで、言い訳にしか見えないのが厳しいところ。
(魔王というアドバンテージを失ったわね)
これからは自分1人で、もしくは新たな仲間なり部下を作らなければいけない。
絶対的な力があるリスティアからすればなんて事はないが、それでも痛手な事には間違いなかった。
一人で何でもできるリスティアだが、それでも一人なのだ。
世界すべてを同時に監視できる訳でもないし、手が回らない事もある。
何より強さだけあっても、神にやり直しを迫られたのが前の世界。
部下がいるというのは大きな強みだったのだ。
それを失ったリスティアの表情は、不快そうに目を細め、歯を噛み締めている。
「僅かな変化でも、こうした大きな変化になる。歯痒いわね」
物事が思い通りに進まない、それどころか予想外の方向にどんどん進み始めるのをみて、リスティアは顔をしかめる。
これからどう進めていこうか、考え直すのであった。




