第一話 初めて聞く組織
さて、勇者誕生の知らせを受けた魔王ことリスティは、早速木陰からひっそりと村を見ていた。
元々勇者が生まれる村は知っている。
ならばさっさとそこに行くのが吉であるのだ。魔王たる自分がいけば万が一など無い。
何かが起こり勇者に死なれるのが一番困るので、リスティは生まれたての勇者を保護しようと考えていた。
その為には魔族の姿では問題がある。
故にリスティは姿を変えていた。
探知阻害に魔力制御、認知阻害に種族を魔族から人間へと転生させ、今は森に住む銀髪の魔女といった設定だ。
正体は魔王なのだが、端から、それどころか生物として魔族では無くなっている彼女を魔王だと見破る事は不可能である。
そんな徹底した隠匿をしていた。
リスティの目線の先、真っ直ぐに進むと母親に抱かれている赤子がいた。
彼こそ勇者であり、この先リスティが向き合っていかなければならない相手。前回のルートからそうだが、この段階で勇者を殺す事は不可能。
これに関しては運命であり、決定した事実であるのだから仕方ない。決まった過去を改変するような、そんなものと変わらない。
息を潜めて勇者を観察していると、魔王の探知魔法に引っかかる者がいた。それも強大な魔力であり、種族もバラバラ、どう考えても不自然な集団だ。
リスティは即座に木陰から出た。不味い、厄介な事になる前に先に問題を潰すと、魔王は村の中に入る。
周りにも目をくれずに走り抜けていくリスティは村民達から奇異の目で見られるが、全く気にせずに村の入口に向かった。
探知通りの結果なら、そろそろ奴らも村に着く頃だ。
走った先にはリスティの予想通りに多種族の集団が、同一の服を纏っている姿をしている。
明らかにマトモではない、目が暗く悪の人間特有の色をしている。
村の門番の男が止めようと前に出て、集団の足を止める。それを気にもせずに、先頭にいる紫髪の男がニヤリと口角を上げて、門番の胸に手を伸ばした。
何をするのか、魔王には大体想像がつく。だがあの男に死なれるのは彼女にとっては困るのだ。
もしかしたら彼が勇者の父かもしれないし、今後重要な人物になるのかもしれない。
ならばどうするのか、魔王の回答は一つである。
門番の男と紫髪の男の間に割って入った魔女(魔王)は、紫髪の男と同じ、いやそれ以上に邪悪な笑みを見せつけた。口角がニヤリとして上がっているし、目も細くなっている。だが誰がどう見ても、それは悪そのものだった。
紫髪の男の出した手からは鉱物性の黒いトゲが出る。肉を貫き、体内を抉るそれは、魔女の体に触れると同時、いや触れる直前に砕けた。
突然割り込んだ女ごと殺せると思っていたのだろう。紫髪の男の瞳が開かれる。驚いたと言った様子で、言葉も出ないような表情をしていた。
後ろにいた周りの者達も、突然の乱入者に何事かと身構える。
だが、警戒こそあれど全員がどこか余裕を持っていた。自分たちの力に、数が上回る優位があったから、彼らは平静を保ちリスティを見る。
「あのさ、君たち何者?」
「それはこちらのセリフだな、貴様なにも――」
紫髪の男のセリフは続かない。リスティが顔面に蹴りを入れると、そのまま後方へと吹っ飛んだ。
地面に転がった男は、顔を抑えながら立ち上がり、怒りに満ちた瞳を見せている。
周りの者達も一気に殺意を出し、リスティを警戒する。
今ので何とでもなる相手から、敵へと昇華したのだろう。敵を舐めないのが、彼らの実力を示している。
だがリスティはそんな彼らを一切興味無いとばかりに、虫でも見るような冷たい視線だけをぶつけていた。
紫髪の男はそれに激昂し、魔法を放つ。
黒い光の輝きが眩しい鉱物が、棘となって地面から無数に生える。
リスティはそれを冷静に回避する。
さらに巻き込まれそうになった門番の男を抱え、空に浮かんだ。
空中での隙を逃すまいと、男は棘を次々に連ねて伸ばし、追撃をしかける。
避けても追尾するそれを、リスティは鬱陶しいと水の刃を放つ。
水の刃が紙吹雪のように小さな刃に分かれると、黒い棘を粉々に切り裂いた。
「強いわね」
リスティは男の魔法に対して圧倒しながらも、強いと言った。
魔王軍で言えば最高幹部程ではないにしろ、間違いなく幹部クラス。こんな人材がいるならば前の世界で知っていそうなのだが、どこに隠れていたのか。
男は男で、リスティの魔法に驚愕して目を見開いていた。
まさか自分の魔法が初見で破られるとは思っていなかったのか、明らかに動揺している。
そう、男は知らなかった。
彼女が魔王だということ。そして、魔王とは理不尽であることに。
魔王とは常に強者であるのだ。
それは偽りの姿でも例外は無い。無情の刃が、男を殺す。
「強かった、でもそれ以上に私が強い」
「まだ俺は…!!」
男が力を振り絞り、さらに強い魔法を放とうとした瞬間、リスティは男の首を飛ばした。
魔法ではない、ただの魔力強化した身体で、一秒にも満たない速さで蹴りを入れた。さらに威力も驚異的で、飛ばしたというより、消し飛ばしたというのが正しい。
首が消えた体は、力なく地面に崩れ落ちる。痙攣も無く、音を立てて地に倒れた。
まさか蹴りをするとは思っていなかったのだろう。思ったよりも簡単に攻撃が通ったと思いつつ、リスティは他の者に目を向ける。
集団の顔色が余裕、怒り、沈黙の顔から変わり、全員が恐怖の表情を浮かべていた。
最後の攻撃、あれが余程恐怖だったのだろう。
魔法までならまだ理解できたが、彼らは最後の蹴りの威力に速さを脅威と感じたらしい。
この身体強化の蹴りはリスティの魔法も関係しているのだが、彼らにそれを知るすべは無く、知っても脅威ということは変わらない。
仲間の一人が有無も言わさず、会話も真っ当に交わさないまま殺された。その事実だけが彼らの中に強く残っていた。
リスティは残ったメンバーに顔を向けると、絶対零度ともいえるような表情をした。
「まぁいいや、さっさと質問答えてくれる?」
「あ、う……」
「殺すか」
集団の中で一人明らかに怯えている魔族の女がいた。
丁度いいと思ったリスティは、その女に狙いを定める。
もう少し脅せば情報を吐くかもしれない。
「ねえ、貴方達は何者かしら?教えてくれない?」
リスティが静かに、それでいて感情のもたない声を出す。
魔族の女は言葉にならない声を出して顔を歪ませる。
息を必死に整えようとして、そしてせき止めていたものが崩れるように、一気に言葉を吐き出した。
「わ、我々の組織の名は、三神同盟、あ、あ、あ」
「なるほどね、じゃあ君は行っていいよ」
この怯えようだとこれ以上引き出すのは難しい、そう判断したリスティは、女にどうぞと手で指し示す。
魔族の女は抜けた腰で必死に立ち上がると、周囲を振り返る事もせずに走っていった。
その走りようはとにかく必死で、魔力強化と魔法の併用で見えなくなっていく。
命の危機にあった生物はここまでの勢いで走れるのか、そう思ってしまうような速さを見せていた。
「残りは、そうだな。私の名前を広げてくれるかな。〈永久の魔女〉リスティアと」
「ま、魔女……」
三神同盟の相手の顔に冷や汗が垂れ、その場から動けなくなっている。恐れが彼らの動きを縛っていた。
リスティアは彼らをどうするか考える。
目を瞑り、頭の中を巡らせていた。
ゆっくりと目を開けると、背中で手を組んで、可愛らしく首を傾けた。淑やかな表情をすると、魔法を放つ。
無情に、表情と乖離した行動を平気でリスティは取る。
彼女は笑ったまま残虐な行為など、何とも思わないのだ。それが効率的ならやる、ただそれだけだ。
水の刃が千、万、億と現れる。一つ一つは手のひらに乗るような小さなサイズだが、一秒に数千の回転と多くの魔力を含んだ刃が彼らを囲んだ。
流れるように、悟らせもせずに彼らは一気に囲まれると、全員が同時に血を全身から吹き出して倒れた。
彼らは何が起こったかも理解できない程に速く、電光石火の勢いで落とされた。
膝をつき、中には地面にそのまま倒れるものもいる。
その中で唯一、膝をつかずに尚且つ傷も軽い男がいた。
男は歯を見せて獰猛な笑みを浮かべながら、リスティアへと踏み込んで来る。
(速い、さっきの魔法を防いだだけはある)
男の歯には犬歯がある。吸血鬼という種族の特徴だ。
人族に分類されるが、その中でも魔族に近くとりわけ魔力の多い種族。
男は薄く切られた体から流れる血を操ると、刃としてリスティアにけしかける。
3つの血の刃がリスティアを囲い、男も拳に魔力を込めて殴りかかる。
強さで言うなら、この男は魔王軍最高幹部に匹敵するだろう。
(よくもまあ、こんな奴らが前回の時に目につかなかったものだ)
男の拳がリスティアの腹を捉えた。
小さくめり込んだ拳に後ろへと飛ばされる。
同時に放たれた血の刃に、リスティアは水の刃を放った。
血の刃が水に溶けいり、形を崩して消えていく。
そんな中、リスティアの口角は少し上がっていた。
彼女本人も意図しない程微弱に、戦いに喜びを感じていたのだ。
久方ぶりの強者に、リスティアは愉悦を感じる。
(いいよね、本気さ、出しても)
リスティアは村の門番と他の者たちを排除して、男と二人だけの空間を創り上げた。
男は警戒を顕にしながら周囲の状況を確認している。
「そんなに警戒しなくても、まだ何もしないよ」
「貴様、一体何者だ!これは…まさか…」
どうやら男はこの空間について知っているようだ。
『固有世界』一握りの限られた強者だけが持つ、自身の魔法の世界を空間とする魔法。
魔法の到達点ともいえるそれに、男は焦りから冷や汗を流している。
だがまだこの空間は未完成、今はただ本来ある物を黒く塗りつぶして、黒い世界なだけだ。
神殿のような建物に、ヒラヒラと揺れる何か、岩のようのもの、全てが真っ黒に染まっている。
「もし君がこの世界に相応しい相手なら、この闇を剥がして世界を見せてあげるよ」
そう言って、リスティアは人差し指を男に向けると、地面に向けて人差し指を下ろした。
それに重なるように、男は地面に這いつくばる。
(何だ、これは!?急に体重が増えて、体が支えられない!!)
立ち上がることすらままならない、それどころか男の体は徐々に潰れていた。
それでも男は何とか血の魔法を放つ。
噴出された血がリスティアに襲いかかるが、それもまた地面に落ちて血溜まりはと変わる。
体の中身が耐えきれずに溢れ、血が噴出した後には臓物が溢れ出る。
男の体は潰れ、直視できないほど凄惨な光景が広がっていた。
(あーどうしよ、殺しちゃった)
心の声とは裏腹に、特に何とも思っていないリスティアは、死体を消すと空間を解除した。
周りの者たちは男がどうなったのか、周りを見ているが、どこにもいない。
「あの男は死んだ。でも君たちを殺しはしない、でもタダでも返さない。帰ったら伝えなさい。この村には魔女がついたと」
言葉と同時に強い威圧を放った。
私以下の者に、強い精神がなければ耐えられないほどの威圧。
彼女の言葉を聞いた彼らは、恐れをなして一斉に走り出していく。
切り刻んだ筈なのだが、その傷でよく動けるものだと感心する。
中々に強かったのかもしれない。実際、吸血鬼の男は強かった。
リスティアは今度、門番の男に笑顔を向ける。
門番の男は信じられない物をみるような、恐れを滲ませた目で彼女をみていた。
武器を持つ手が震え、逃げようにも動けないのか足は一歩後ず去って止まっている。
「緊張しないでよ、私は味方だから」
リスティアは自分が敵じゃないと、両手を上げて振る。
門番の男は一瞬混乱しながらも、それがリスティアからの友好の印だと、冷静に認識して武器を下ろした。
敵ではないというアピールはひとまず受け入れたようで、門番の男はようやく落ち着きを見せる。
「そ、そうか。なら歓迎するよ!アンタは恩人だしな」
「恩人だなんて、そんな。でもお言葉に甘えさせてもらうわ」
リスティアは優しい微笑みを門番の男に見せる。
甘く、可憐なその顔は多くの魅力を孕んでいた。
門番の顔色は赤く染まり、彼女に視線が釘付けになっている。
見た目に頓着する事はないし、寧ろ側近から邪な目で見られるリスティアはあまり容姿を見られるのを好まない。
(使いようと言ったところか)
リスティアの容姿に浮かれる門番の男に軽く会釈して、村の中へと入っていくのだった。
■ ■ ■
村に入ったリスティアは、最初門番の男に連れられて、村長の家に来た。
村長には既に事情は説明されていたようで、リスティアは歓迎の言葉を受けた。
「受け入れていただき、有難う御座います」
「こちらこそ、外敵から守っていただき、感謝申し上げる。いくらでも泊まっていただいて構いません」
村長の声は若干震えが混じっていた。
この声からして、多少の怯えがあるのだろう。
感謝こそあれど、門番から報告は受けたのか、流石に私の力は既に知っているようだ。
(まあ少し力を示し過ぎたか)
それはそれとして、リスティアは村長に聞きたいことがあった。
「失礼な事を聞くようで申し訳ありませんが、この村が狙われた事に心当たりは?」
「ありません、皆目見当もつかなく…」
村長の目が一瞬右に逸れた。息も少しだけ変わっている。
十中八九、村長はなぜ狙われたかの心当たりがあるだろう。
それについてリスティアが責めるようなことはしない。寧ろ、勇者が生まれた事を部外者に隠すのは立派な事だ。
勿論他の可能性もあるのだが、それは探れば分かることだ。
リスティアは微笑むと、声色を変えない平坦な声で喋る。
「へえ、てっきり勇者でも生まれたのかと。それくらい手強い相手でしたので」
「っ!?そんな事は無いのですがね」
反応が露骨と言ってもいい、隠しているつもりだろうが一瞬でも表情が変化している時点でバレバレだ。
既に村長が勇者が生まれた事を認識している。それならば、自分を売り込む事も可能だと考えたリスティアは、早速行動に移る。
「フフ、反応でバレバレですよ。勇者がこの村に生まれたのですね?」
「……はい」
リスティアの視線に耐えきれなくなったのか、村長は諦めたように頷いた。
(思ったよりもすぐに認めたな)
変にリスティアを敵に回す方が恐ろしいというのもあっただろう。
リスティアが敵を圧倒的力で追い払ったのは、ここでも効いたようだ。
「どうでしょう?この村に住まわせていただけるのなら、私が村を守りますが」
その提案は客観的に見ても魅力的と言っていいものだった。
既に勇者を狙ったであろう集団を撃退した実績もある。
問題は魔女という事と、その力が村へと向かないかという不安だが、村民となるのならある程度は緩和できる。
村長はしばし考えた後、リスティアの提案を快諾した。
「感謝いたします、村の守護はお任せくださいね」
第一の関門は突破したと言っても過言ではない。
勇者を傍で見守れる立ち位置を手に入れたのだ。
恐らく神は勇者が私と関係無しに殺された場合、最悪またやり直しを強要するだろう。
ならば、さっさと保護か守るのが手っ取り早い。
こうして、リスティアは村専属の魔女になったのだった。




