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夢見る剣士の幕末記  作者: 絢陽
監察方就任篇
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ふたりの巣立ち




 土方との約束のひと月を翌日に控えた今日、梓は師匠の前で最終試験を受けていた。


 遊女の化粧は早い段階で合格をもらい、続いて気の強そうな年上女性の顔も習得し、最後に師匠から『箸にも棒にもかからない町娘』と課題のみを出されて自分で顔を作るようにと課題を出された。

 『自分の容姿を気にしない化粧っ気のない女性』と、化粧をして化粧っ気の無さを現せという無理難題だったが、大きめのホクロと手入れされていない風の眉、隈と出来物と膨らんだ鼻の作り方を師匠に習い、なんとか形になった。


「ど、どうでしょう…?」


 もしこの顔を新選組隊士が見たのなら、全員が全員梓だとは思わないだろう別人の顔で師匠に問えば、師匠は腕を組んで梓の顔を隅から隅まで凝視する。

 化粧で顔を作るたびに繰り返されたこの無言の時間だが、やはり何度やっても慣れない梓。

 ドキドキと固まっていれば、師匠はフーッと腰を下ろす。


「ええ顔やん。美人顔ばっかり作っとると無意識に同じ系統の顔になってまうからな。たまにはこう言う醜女もやるとええで」


 ニカッと笑う師匠に安堵しつつ、長いようで短かった1ヶ月が終わってしまう実感が生まれてくる梓。

 毎日通って見慣れた部屋を見まわし、この部屋独特の化粧道具の匂いを吸い込む。


「……あの、またここに来てもいいですか?」


 オズオズと梓が聞けば、師匠は呆れた顔をしてため息をつく。拒否されたと思い「すみません」とすぐさま謝る梓だが、師匠はそれを聞いて困ったように笑う。


「あーちゃうちゃう。そんなんわざわざ聞くんかいって思っただけや。水臭い事言わんといつでも遊びに来たらええ」

「……もう!二度と来るなって言われるかと思って焦ったじゃないですか!」


 安堵した表情を隠すように頬を膨らませれば、師匠は梓の肩に手を乗せる。


「ええか?梓は俺の弟子や。弟子は師匠に成長を見せるんが務めや。俺もまだまだ梓に似合う顔を考えるし、梓も俺がその辺ですれ違っても気付かんような顔を作り続けるんや。そんでまた一緒に、あーでもないこーでもないって化粧しようや」


 師匠からの激励に感極まって抱きつこうとした梓だったが、師匠はサッと立ち上がってそれを避ける。床に這いつくばった梓が何故避けるのかとジトッと師匠を見上げれば、師匠は悪い顔でニヤリと笑った。


「俺、ブスは嫌いやねん。女と抱き合う趣味もないしなぁ」


 最終試験の化粧をしたままだったため前半は聞き流した梓だったが、後半は突っ込まずにはいられずガバッと起き上がる。


「え、あれ、師匠それって…―」

「あー。そろそろ夜公演の準備せなあかんわ」


 梓の言葉に被せ、せかせかと鏡台の前に座る師匠。梓はなおも師匠に付き纏うが「ほれ、さっさと帰りや」と長屋の外に出されてしまった。


「ちょっと師匠まだ時間…―」

「明日は俺も見送りに行ったるから、泣くんやないで」


 そう言って扉を閉められてしまえば、外でこれ以上喚くこともできず、梓は疑惑を抱えたまま腕を組んで帰るのだった。



「ただいま帰りましたー」


 カラカラと鍼灸院の戸を開けると、薬棚を整理している山崎父が出迎えた。


「おかえり。今日は早いんやねぇ」

「そうなんです。でも無事に試験は合格しました」

「それでその顔なんやなぁ。おめでとう」


 そう言われて初めて、自分が化粧をしたまま帰ってきたことに気がつき急いで部屋に駆け込み顔を拭う。

 バタバタと化粧を落とし山崎父の元に戻れば、いつもはうるさい山崎がいない事に今更気がつく。

 どこに行ったのかと尋ねれば、なにやら明日からの入隊に備えてやる事があるとかで出かけているらしい。

 この1ヶ月、毎日朝から晩まで稽古や鍼灸の勉強をしていたのだ。身支度する時間が取れなかったのかもしれない。


(時間なんて作ろうと思えばいくらでも作れただろうけど、サボらなかったからなぁ)


「さて、夕餉の支度でもしよか」

「はい」


 毎日、師匠の稽古から帰れば皆で夕餉の支度をする。1ヶ月も続いた習慣が今日で最後だと思うと、なんだか物悲しさを感じる。

 山崎父も思うところがあるのか、しばらく2人無言のまま、湯を沸かしたり野菜を切ったりと手を動かす。

 そんな中、最初に口を開いたのは山崎父だった。


「お嬢さんは、新選組では上の方の立場なんやろ?お嬢さんから見て、丞はやっていけそうか?」


 突然の質問に意図が分からず、梓は思ったままを口にする。

 棒術の腕前は申し分ないが、屋内での戦闘には向かない。殺傷能力も低いので剣術も身につけるべきだが、剣術に至ってはまだまだ腕が足りない事。

 しかし鍼灸の腕は新選組にはない技術なので、治療の分野では大いに役立つだろう事。


(たぶん、土方さんは山崎さんの棒術の腕より、鍼灸の腕が欲しいんだろうな。もし山崎先生がもう少し若ければ、山崎先生を誘っていたのかも)

 

「……昔なぁ、丞は棒術を極めたい言うて、家を出ようとしとった時があったんや。そやけどそんな時にわしの嫁、丞の母が事故で亡くなってな。……わしが落ち込みすぎとったんやろうな。丞は家に残る言い出したんや。それっきり、あの子は家を出るとは言わんくなった」


 そこで話を切って、鍋に野菜を入れる山崎父。

 梓は「…そうだったんですか」と相槌を打つことしかできない。再びの沈黙の後、鍋を眺めながら山崎父はまた口を開く。


「わしは、あの子の夢を奪ってしまったんやないかって、それがずっと、気がかりやし負目やった。……でももしも次、あの子がまたやりたい事を見つけられたんなら、そん時は背中を押そうと、それだけは決めとったんや」


 山崎父は、鍋に向けていた視線を梓に向ける。その顔はどこか晴れ晴れとしていて、息子が旅立つ寂しさよりも、息子が再びやりたい事を打ち明けてくれ、それを見送る事ができる喜びを物語っていた。


「梓はん。新選組の仕事が危険やっちゅうのは知っとる。生きて返せとは言わん。ただ、丞が後悔せえへんように、できる範囲でええ。手助けしてやってください」


 そう言って深々と頭を下げた。

 親なのだから、本当は生きて帰ってきてくれる事が何よりもの望みのはず。しかし山崎父は、梓にも枷を付けないようにと言葉を選んだ。

 そんな山崎父の優しさを感じ取り、梓は「はい!」と覚悟を持って答えたのだった。





 翌日。

 朝一番に山崎家を訪れた師匠も共に朝餉を食べ、皆で揃って土方との待ち合わせ場所である京屋に向かう。因みに、山崎父は玄関先での見送りで終わるはずだったのだが、師匠に半ば無理やり見送りに駆り出された。

 京屋に着けば、すでに土方は到着しており、同行してきたらしい山南と共に梓たちを出迎えた。


 梓が最後に見た山南は青白い顔をして笑顔を貼り付けていたのだが、傷もだいぶ癒えたようで顔色もいい事に心底安心する。

 そんな山南は、山崎親子を見つけるや否や深々と頭を下げ、1ヶ月前の治療に対して礼を述べる。

 山南が今回、土方に同行して大坂に来た理由が、梓の迎え以前に山崎親子に礼を言う事だったと言うのだから、律儀な山南らしい。


「では梓はん。丞のこと宜しく」

「はい!任せてください!」

「ちょお待てや。なんでお前に宜しくされなあかんのや。親父も頼む相手が間違っとるわ」


 別れ際の山崎父の挨拶に、いちいちツッコミを入れる山崎。

 山崎父は、もちろん土方山南にも同じ台詞で頭を下げる。それについては当然のことながら突っ込みはない。


「大坂に来た時はいつでも遊びに来いや」

「はい!師匠も京に来る時があったら寄ってくださいね」

「気が向いたらな。丞、化粧品が無くなりそうになったら文出すわ。すぐに持ってきてや」

「おま!今言うことちゃうやろ!」


 別れの挨拶に便乗し、山崎父の前で師匠が口を滑らせれば、山崎は慌てて師匠の口を塞ぐ。その後そっと山崎父の顔色を伺う山崎だが、素知らぬ顔をする山崎父。梓はそれを見て『とっくにバレていたんだろうな』と内心苦笑いだ。


 しばしの別れの挨拶を終え、師匠と山崎父に見送られる中、梓たちは京に向けて出発したのだった。




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