休稽日
「どや?山崎のところは」
「お前はそれを俺の前で聞くんか?」
山崎の家に厄介になり10日ほど経った頃、師匠が1日休みだからと朝から山崎家に遊びにきていた。
梓と師匠は毎日の稽古で会っているものの、山崎と師匠と梓3人で会うのは初めて山崎に会った日以来で、なんだか不思議な感覚だ。
「そうですねぇ。山崎さんはうるさいですが、山崎先生はとっても良い方ですね」
「お前しばくぞ」
「せやろ?おっちゃんめっちゃええ人やねん。なぁんで丞は捻くれたんやろ」
「ほんと、先生が居なかったら初日で京屋に戻ってるところです」
嘘偽りのない事実なのだが、それをこうして本人に言えるようになったという事は、それなりに関係性が出来ていてこそだろう。
「お前、ほんま後で覚えとけよ」
「ふん。後で痛い目見るのは自分のくせに」
毎日稽古で梓にコテンパンに負けている山崎に対し梓が鼻で笑えば、山崎は「このアマ」と拳を振るわせる。そんな二人のやりとりを見て、師匠は楽しげに笑う。
「丞、ちょっと見ん間に体がデカなったんと違うか?相当しごかれとんのか?」
「分かるか?コイツの稽古がキツ過ぎて毎日体が痛かったんやけど、ようやっと耐性がついてきたとこやねん」
そう言って力こぶを作る山崎は、確かに最初の頃のような細長い印象はなくなってきていた。毎日朝も夜も稽古をしていれば当然かもしれない。
「なんや、梓はこないに細っこいのにそんな厳しい稽古するんか?」
「いやいや、そんな厳しくなんて…―」
「めっちゃ厳しいで」
そこで厳しい厳しくないと言い合いになったので、師匠の提案で稽古を見せる事になった。師匠は木刀を持った梓を見たことがないので興味津々だ。
いつもの開けた路地に移動し、梓は木刀を一本、山崎は身長と同じ長さの棒を持って向かい合う。
初日と同じように梓が両手を広げて「どこからでもどうぞ」と声をかければ、山崎は眉をピクリと動かし「なめんな!」と一気に距離を縮める。
真っ直ぐに面目掛けて棒を振り下ろす山崎に対し、梓は木刀でそれを受ける構えをとる。それを狙っていた山崎は梓の木刀に棒が当たるのと同時に、持ち手を滑らせ棒尻と棒先を入れ替える。そして今度は下から円を描き足払いをかける。
上で構えていた梓はそれを飛んでかわすが、それも計算内の山崎はすぐさま真っ直ぐに構えて梓のみぞおち目掛けて突きを入れた。
一瞬の攻防に、見ていた師匠からは「おぉ…!」と感嘆の声が漏れる。
「良い狙いですね。空中では身動き取れませんから、有効だと思いますよ」
梓は余裕の表情で山崎の出方を褒めながら、突きが自分に届く前に正確に木刀で弾き飛ばす。仕留められなかった事にチッと舌打ちすると、山崎は態勢を立て直すために間合いの外に出る。
「では今度は私から」
梓は地面に着くと同時に、山崎目掛けて一気に距離を詰める。態勢を立て直し切っていなかった山崎は、急接近する梓から距離をとろうと更に後ずさる。
「おぉお…!」
斬りかかる梓とそれを防ぐ山崎。カカカカカッと木刀と棒が打ち合う音が路地に響く。
「おおおぉ!」
師匠は目で追いきれない目の前の剣技に、目を輝かせ歓声を強くする。
「師匠、うるさいですね」
「…ッ!あいつは、興奮すると、馬鹿になるんや!」
「……残念師匠」
話しながらも木刀の動きは止めない梓に対し、正直話などしている場合ではない山崎。次第に梓の剣技が山崎の防御を凌駕していく。
山崎の意識が完全に梓の木刀に移っているのを見計らい、梓は山崎の脇腹に膝蹴りを繰り出す。
予想外の蹴りを受け山崎が怯んだ隙に、梓は山崎の首の付け根に木刀を当てた。
「勝負あり」
にやりと笑って梓が言えば、山崎は「ダァ!クソッ!」と天を仰ぐ。
手合わせが終わった事に気がついた師匠は、悔しがる山崎の隣を通り過ぎ梓に称賛を贈る。
「すっごいなぁ!軽業師みたやったわ!俺も舞台であんな殺陣やってみたいわぁ!でも刀の勝負で最後の蹴りはありなん?」
「棒術的には有りらしいですよ。ちなみに体術は山崎先生に習ったばかりのほやほやです」
「おっちゃん体術できるん?!えげつな!」
そんな噂をしていれば、路地の曲がり角に山崎父がひょこっと顔を出した。
「梓はん」
普段は梓のことを『お嬢さん』と呼ぶ山崎父が、師匠の前だからだろう聞きなれない呼び方をして手招きする。
いつものひょうひょうとした様子ではなく、何か焦ったような雰囲気に、なにかあったのかと直感し梓は駆け足で山崎父の元に向かう。
山崎父の足元、路地からは死角になった場所に、一人の男性が肩で息をしてしゃがみ込んでいた。
「え、どうしたんですか!?」
梓が尋ねれば、鴻池家の使用人だと言うその男性は「うちのお客の米問屋に賊が…大旦那が梓さんに助けを求めるようにと」と息を切らして答える。
大坂に来てからというもの、巡察はしていないし斬り合いもしていない。久しぶりの斬り合いの予感と、恐らく複数いるだろう賊に対し自分一人で乗り込む大役、鴻池当主に頼ってもらえた喜びなどが入り混じり、梓は自分の頬を思いっきり叩いて昂った心を落ち着かせる。
「刀を取ってきます」
それだけ言うと、急いで山崎家に戻った。
刀を持って外に出ると、山崎父と共に、師匠と山崎が玄関先に立っていた。
「米問屋はんまで案内するで」
「俺も行くで。さすがのあんたでも一人やったらしんどいやろ」
胸を叩いて道案内をかって出る師匠と、棒を脇に携えついてくる気満々の山崎。
道案内はありがたいとして、まだ入隊前の山崎を連れていっていいのかと山崎父を窺えば、山崎父は「気張りや」と梓と山崎に声をかける。
無事に山崎父から許可をもらい、山崎ははやる気持ちのまま1番に駆け出し、梓と師匠もそれに続いて駆け出した。
師匠は道案内を買って出ただけあり、大通りを横切り最短距離らしい路地を駆け足で抜けて行く。普段から人混みを避けて移動しているため裏道にも詳しいのだろう。
梓は師匠の後につきながら、チラリと山崎の様子をうかがう。
初めての出陣に緊張しているのか昂っているのか、棒をぎゅっと掴む指先が白く力んでいる。
「山崎さん、気負いすぎるとろくな事がありませんよ。第一、あなたはまだ新選組隊士ではないんですから、向こうでは私の指示に従ってくださいね」
「……わかっとる」
不服そうな返事を聞いて『本当にわかってるのか?』と梓は内心ため息をついた。
米問屋につけば、中では相当派手に暴れているようで怒鳴り声や何かが割れる音が大通りに響いていた。離れた場所から様子を伺う町民達のもとで師匠には待っていてもらい、梓は死角から米問屋に駆け寄る。
あたりまえのようについてきた山崎はこの際後に回し、梓は入り口からそっと中を覗いて賊の人数を確認する。
(手前に2人と奥に3人。この距離感なら1人でなんとかなるわね)
「山崎さん。私1人で中に入ります。山崎さんは万が一逃げてくる賊がいたら捕縛してください」
「…わかった」
反論があるかと思っていたが、やけにあっさりと返事をした山崎を不思議に思いつつ、梓は米問屋の入り口に立つ。店の中はぐちゃぐちゃで、床には破られた米俵がいくつも転がっており、店の奥には店主らしき男が1人、3人の賊に暴行されてうずくまっている。
酷い有様に梓は「そこまで!」と声を張り上げる。
そこでやっと賊達は梓の存在に気が付き、手前の2人が「誰や!」「何しにきたんや!」と梓に向かって歩いてくる。
「新選組副長助勤、梓鈴之助。この場を収めに参りました」
梓が名乗りを上げれば、近寄ってきた男達は一瞬動きを止め笑い出す。
「新選組なん聞いたことないわ!」
「見逃したるから黙って帰れや!」
新選組という名を知らないと笑われるのはいつもの事で、梓は対して気に留める事なく刀を抜く。それを見て男達は笑いを止め「上等や!」と刀をギラつかせ襲いかかる。
始めに真正面から斬りかかってきた男の刀を頭上で受け、「ガラ空き!」とみぞおちに蹴りを入れる。
腹を抑えてうずくまる男と入れ替わるように、2人目が横から出てきて斬りかかる。それをスッと後ろに下がって躱し、振り下ろされた刀を足で踏みつけ「動きが遅い!」と刀の柄で顎を下から殴り上げる。
先ほどの稽古の続きとでも言うかのように、男達の隙を指摘しながら急所を突く戦い方に、入り口で立つ山崎は呆れつつも圧倒的な梓の強さを目の当たりにしてゴクリと喉を鳴らす。
梓はそのまま奥に進み、奥の3人も次々と倒していく。驚くべきは刀を抜いてはいるものの、全員を覚えたばかりの急所を一突きしてノシていることだ。
「全然本気出しとらんやん」
思わず山崎がつぶやいた頃には店中の賊が倒れており、梓はうずくまっている店主らしき男に声をかけていた。
顔を上げた店主が何が訴えるように梓の両腕を掴んだ後、梓はキョロキョロと辺りを見回したかと思うと、店の更に奥、住居に繋がるだろう戸から中に走って入って行ってしまった。
山崎は何かあったのかと気になりつつ、気絶しているだけの賊が万が一目を覚まして逃げてしまったら困るため、その場を動けない。
どうしたものかと逡巡していれば、野次馬の向こうから同心がやってくるのが見え、山崎は安堵しつつ中の状況を説明する。
同心達が気絶した賊に縄をかけだした事を確認し、やっと山崎は梓を追って奥に入った。
住居には子供が居たようで、奥に進むにつれ子供の泣き声が聞こえてくる。嫌な予感がし山崎が歩みを早めると、辿り着いた部屋の隅には、泣きじゃくる子供が2人とそれを庇うように抱きしめた老婆。
その反対側には、着物の合わせ目を握り髪を乱し震える店主の妻だろう女性と、血溜まりを作って事切れた賊が横たわっていた。
梓はその賊の傍で、フーッフーッと息を荒くして立っていた。憎悪や嫌悪を隠すことなく顔に出し、事切れた賊を睨みつける梓の表情から、ここで何が起こっていたのか山崎は察し、店主の妻から目を背けた。
その後、同心に事情を説明する頃には梓は落ち着きを取り戻し、野次馬に紛れていた師匠と共に山崎の家に戻った。師匠に米問屋での活躍を聞かれた梓は、大袈裟な身振り手振りで自身の活躍を笑って聞かせた。
その日の夜更け。梓は米問屋の住居での光景が忘れられず、1人路地で素振りをしていた。
巡察の度に何度も見た光景だが、どうしても慣れることはない。頭の中の光景を振り払うように、一本一本全力で木刀を振るう。嫌なことがあると素振りをしてしまうのは、もはや梓の癖かもしれない。
山崎もまた、梓が外に出た事を音で感じ取り米問屋での一件を思い起こす。手合わせや指南を受ける時、当然ながら山崎は梓を女として見ていない。むしろ男や女を抜きにして、その剣術や身のこなしに尊敬さえ覚えている。
しかし米問屋での、店主の妻を襲っただろう賊に向けた梓の目は、『女として』殺しても殺したりないほどに許せないと、言外で物語っていた。
「……危ういっちゅーねん」
強さで隠された梓の内面の脆さを思い、山崎はひとりため息を吐かずにはいられなかった。




