帰京とお約束
陽が暮れた夕餉時、梓は1ヶ月ぶりに壬生に帰ってきた。
たった1ヶ月なのだが長いこと離れていたような気がしてしまうのは、空気がすっかり冬のそれになっているせいだろうか。
「副長総長、お疲れさまです!」
「梓先生。お帰りなさい」
壬生に近付いたところで、夜の巡察中だろう松原を先頭に列になって歩く隊士達と出くわした。
わざわざ立ち止まり挨拶と共に頭を下げる隊士達に「気をつけて」と声をかけて見送る。揃いの羽織が7人、2列に並んで歩く姿はなかなかサマになっている。
「ずいぶん大人数で巡察に行くんですね」
「ええ。隊を組んだことで巡察も稽古も全て隊ごとに行う事にしましたから」
さらりと説明する山南の言葉に、梓はガーンッと衝撃を受ける。
「ちょ、ちょっと待ってください。それって、もうみんなで稽古できないって事ですか?それに監察方は隊士3人なんですけど、私達も巡察はもちろんできるんですよね?」
(みんなで並んで素振りする朝稽古の時間、大好きなのに…。巡察だって、もし監察方は免除とかだったら、私の楽しみはどこに見出せばいいの?貴重な実戦の場がなくなっちゃう)
ふるふると震える梓の頭の中は何よりも刀。大好きな時間がなくなってしまうのならば辛すぎる。と山南に詰め寄る。
「大丈夫ですよ。今までと同様、朝の稽古は皆同じ時間に行いますから。ただ、巡察に行っていない間の稽古は隊ごとに行うと言うだけで…―」
「それ!私は他の隊に混ざって参加してもいいのでしょうか?」
時間さえあれば素振りをしている梓だが、一緒に稽古ができる隊があるのなら是非とも参加したい。と山南の言葉を遮って目を輝かせる。
そんな梓を見て、山南はどこから説明するべきかと、困った顔で土方に助けを求める。
「お前の監察方は作ったばかりだろ。まだ日々の業務もなにも決まってねぇよ。ただ、さっきも言ったが山崎は素性を隠すためにも六番隊にいる事が多いだろうし、島田もお前も個別の任務で動く事が増えるだろう。他の隊が団体で動くのに対してお前達の隊は個で動く事が多くなるのは事実だ」
土方は説明しつつ、腕を組んでどうするべきかと思案する。
「個人の仕事ばかりで腕が鈍っちまっちゃ意味がねぇ。かと言って3人で揃って稽古をする時間が取れる保証もねぇか……」
「そうですねぇ。せっかく梓さんもやる気ですし、いっそ山崎くんだけでなく全員バラバラにどこかの隊に入れますか?」
「決まった隊に入れちまうと、隊にいねぇ時は潜入してるってモロバレじゃねえか?隊長格に知られる分には構わねぇが、平隊士に詮索されることは避けてぇ」
「ではいっそ特例として、梓さんは自由に、どこの隊にでも付いて行っていいと言うのはどうですか?巡察に行くも良し。稽古に混ざるも良し。島田さんも同様にすれば、監察役もやりやすいでしょう。梓さんや島田さんなら個人の裁量に任せても稽古をサボると言う心配もありませんし、自分たちが監察対象なのではと思わせれば、他の隊士の引き締めにもいいかと」
山南の提案に、土方もそうするしかないと首を縦に振る。
自分の隊は新しいがためにまだ何も決まっていないのだから、交渉次第で多少の融通は通るのではないかと、梓が陰ながらニヤリとした事は2人には内緒だ。
そうこう話していればあっという間に壬生の屯所に辿り着いた。
久しぶりの八木邸の門をくぐれば、中では皆で夕餉をとっているのか永倉と藤堂がおかずを取り合う声が聞こえてくる。
「……ったく。新八のやつ声がデケェ」
「帰ってきた感があって良いですけどね」
梓ははやく皆の輪に入りたくなり、走って玄関口に向かい扉を勢いよく開いた。
続き間の隣の部屋で夕餉をとっていた面々は、戸の開いた音を聞きつけピタリと動きを止める。そこから沖田が一番に立ち上がり、それに続くように皆、続き間にドタドタと集まった。
「ただいま戻りました!」
梓が元気よく挨拶をすれば、皆も口々に「おかえり」と返す。
長く離れてはじめて気がつく。
新選組が、梓にとってどれだけ大切な存在になっているのか。それはまるで家族のようで、梓の帰ってくる場所はここにあるのだと教えてくれる。
「なんだお前、ちょっと見ねぇ間にますます綺麗になったんじゃねぇか?」
「新八さん、男に綺麗はちげぇだろ」
「いや、前よりも顔が整っている気がする」
「斎藤も言うんなら間違いないだろう。若者は少し見ない間に変わるものだ」
「何を言う源さん。男は30過ぎてから。まだまだ源さんも男盛りだ」
「近藤さん、それはなんか違うんじゃねぇか?でもマジで梓、何やってたらこんなにツヤツヤになるんだ?」
皆が出迎えるなり気になっているのは梓の肌のことらしく、原田は代表するように梓の頬を左右の手で挟んで確かめる。
「ひっほ、やははひはんほひぇひょうひゅい……」
肌が綺麗になったと言われて思いつくことは、師匠が化粧の前と朝夜に必ず塗れと言っていた化粧水。「きっと、山崎さんの化粧水のせいです」と言いたかったのだが、両頬を挟まれてしまっては上手く話せず途中で諦めた。
(それにしても、そんな目に見えて変化があるなんて山崎さんの化粧水すご過ぎない?売り歩いたら一儲け出来るんじゃ……)
本来金儲けに興味はないが、そんな邪心のこもった目を後ろにいる山崎に向ければ、山崎は何か感じ取った様子で嫌な顔をする。
梓が振り向いたことで、皆も山崎の存在に気が付き山崎に視線が集中する。
「皆さん。彼は山崎丞さんです。前にも説明した通り、仕事柄山崎林太郎と名乗るので、呼ぶ時は名字で呼ぶように」
山南が寺子屋の先生のように伝えれば、皆は口々に山崎に挨拶する。
山崎は珍しく緊張しているのか、「よ、よろしくお願いします」とどもり気味に挨拶し頭を下げた。そんなシオらしい姿を見てしまえば、梓が笑わないわけはなく、山崎に睨みつけられる。
「お前が山崎か。俺は六番隊組長の原田左之助だ」
原田が一番に名乗れば、山崎も自分の隠れ蓑の組長相手に「お世話になります」と挨拶を返す。
「お前棒術を使うんだって?俺は槍だが得物が長いところは一緒だし、何かあったら聞いてくれな」
面倒見のいい原田らしくそう伝えれば、梓も山崎が六番隊に入った理由はそれかと理解し、考えられた配属に感心する。
(確かに槍と棒術じゃ違いはあるけど、原田さんの遠距離での戦い方は覚えて損はないし、私では教えられなかった細かいところまで指導してくれそう)
「山崎君。局長の近藤だ。仲間になってくれたこと嬉しく思う。さぁ疲れただろう。中に入って食事にしよう」
近藤に言われ、梓達はまだ草履も脱いでいなかった事に気が付き、足を洗って中に入る。
食事中だった皆もゾロゾロと隣の部屋に戻り、梓達も台所から食事をもらい夕餉に混ざることになった。
皆の自己紹介や1ヶ月間の出来事などを話しながら食事をしていれば、梓は視線を感じ箸を止める。
その視線が誰のものかをすぐに理解し、梓は急いで夕餉をかきこ見始めた。
「お、なんだ梓。急に腹が減ったのか?」
どう見ても膳の夕餉も半分以上を食べ終えているのに、今更腹が減るわけがないだろう。と内心永倉に突っ込みを入れつつ、話をする時間も惜しいと、梓は食事に集中する。
視線の送り主、沖田はすでに食事を終え、期待のこもったキラキラした目で梓を見ている。
(まったく。沖田さんてば子供なんだから。成長した私の剣技をみてびっくりするといいわ)
人の事を子供と言いつつ、一秒でも早く食べ終わろうとしている当たり、梓も十二分に子供だろう。
「ごちそうさまでした!」
梓が手を合わせて言えば、沖田は「待ってました」と立ち上がる。二人して部屋を飛び出そうとすれば、土方から大きな声で「ちょっと待て!」と声がかかる。
「お前ら、急ぐのはいいが膳くらい片付けていけ」
子供を叱る父親か母親かという台詞に、沖田も梓もブハッと吹き出し、「はぁい」と子供のように返事をして膳をもって部屋を飛び出した。
梓達が飛び出した後、残された皆は「相変わらず」だとか「剣道バカ」だとか言って笑っている。
そんな会話についていけない山崎は、何のことか分からないなりに黙って皆の歓談に耳を傾けていた。
「山崎君。食べ終わったら一緒に見物に行きましょうか」
隣に座る山南が優し気に山崎に声をかける。尚も頭にはてなを浮かべる山崎に、山南は先ほどと同じく「好きこそものの上手なれ。ですよ」と笑った。
食事を終え、膳を片付ける皆に習って、山崎も慣れないながらに膳を運べば、その後皆は部屋に戻ることなく玄関に向かってしまう。それは山南も例外ではなく、山崎はさっき山南の言っていたことと関係するのかと後を追う。
皆が向かった先は八木邸の隣にある壬生寺で、奥に足を進めるとジャッ、ズジャーッと暴れるように小石を踏み鳴らす音と、カンッカカカッと聞いたこともない速さで木刀を打ち合う音が聞こえてくる。
「お、やってるな」
と最初に笑うのは近藤で、「ったく。いっつもいっつもずるいんだよなぁ」と藤堂は文句を垂れる。
「なんだ。誘われないのが不服か?」
「な!斎藤君だって面白くないくせに!」
「ふ。まぁな」
頬を膨らませる藤堂と、面白くないと認めた割に楽し気な齋藤。他の皆も談笑しながら、目の前で行われる打ち合いに見入っている。
それは山崎とて例外ではなく、沖田と梓の目にも止まらぬ打ち合いを、口を閉じることも忘れて必死に目で追う。
(なんやあれ。なんやあの動き。あれがアイツの本気ってことか?)
この一か月、朝夕と毎日稽古をして、手合せもして、いつも紙一重で負けていたはずだった。その度『明日こそは勝ってやる』と意気込んでいたはずなのに、そんな自分がいかに愚かだったかを見せつけるように、山崎のまったく知らない速さと剣筋を見せる梓。
そもそも、梓が二刀流だという事すら知らなかったのだから無理もない。
「……まったく本気やなかったってことかい」
山崎が悔しさを滲ませ呟けば、隣で山南は困ったように微笑む。
「梓さんは剣術が本当に好きなのでしょうね。相手に強さを合わせてしまうほどに、ギリギリの勝負を好むようです。悪い癖だとは思いますが、真剣勝負では決してやりませんから、指摘しにくくて……。実際そのギリギリが故に、『次こそは』と腕を磨く隊士も多いですから」
それを聞けば、自分も『次こそは』の一人だったことに気が付く山崎。まんまと梓の術中にハマってしまった気がして、それがまた悔しく思えてならない。
そんな悔しい気持ちとは別に、目の前の『手合せ』と言うには高度な打ち合いから目を離せない事も事実。いきいきと楽しそうに、時折会話しながら打ち合う様子からは、まだまだ余裕がうかがえる。
「バケモンですね」
山崎がそう言えば、山南だけでなく周りにいた皆も同感だと笑う。
(俺かて強くなりとうて新選組に入ったんや。悔しかろうがムカつこうが、アイツの組に入れた事を幸運に思わなあかんのかもしれんな)
まだまだ溜飲は下がらないが、そう自分に言い聞かせ目の前の打ち合いをしばらく見つめた。




