土方から出された課題
「土方さん!連れてきました!鍼灸師さんなんですが、応急処置ならできるそうで、お医者さんもすぐに来るはずです!」
「でかした!山南さん、あとちょっと頑張れよ!」
土方と入れ替わるように山崎父が山南に寄り、傷口に当てられた手拭いの山を剥がしていく。
「鍼灸師の山崎です。失礼しまっせ」
山崎父は山南の着物を傷口に触れないように脱がせ、傷口の周りに鍼を打ち始める。
「おい。ありゃ何やってんだ?」
「私に分かると思いますか?」
手ぬぐいで手についた血を拭きながら、邪魔にならないようにと土方が梓の横にやってきた。
2人でコソコソとそんな会話をしていれば、腕からドクドクと出ていた血がぴたりと止まる。
それを確認し針を打つことをやめた山﨑父は、今度は頭とお腹にお灸を置き始める。
「あれだけ止まらなかった血が、縫合もせずに止まったのか?」
「……みたいですね。あの先生、絶対凄腕ですよ」
歌舞伎座のお抱え鍼灸師だと師匠からは聞いているし、何より骨格で性別がわかるのだから。とは、今は状況的に黙っておいた梓だった。
山崎父が鍼灸の処置を一通り終えた頃、山崎が医者を連れて入ってきた。
医者は息も切れ切れになりながら山崎父の元にむかい、軽く挨拶を交わし山南の処置に取り掛かる。山崎は医者と父親の邪魔にならないようにと、梓達の元にやってきた。
「山崎さん、お医者さんを連れてきてくれてありがとうございました」
「俺は連れてきただけで何もしとらん」
山崎と梓で会話をしていると、土方が気になったのか「山崎って言うと…?」と山崎父と山崎を交互に見た。
「あ、こちら山崎丞さん。あちらにいる山崎先生の息子さんです。山崎さん、こちら新撰組副長の土方歳三さんです」
梓が間をとり持ち紹介すれば、軽く挨拶を交わすふたり。
「聞きたいんだが、山崎先生は山南さんに何の処置をしたんだ?鍼やら灸やらやっていたようだが」
「あれですか?あれは止血と痛み止めですわ。鍼灸師は怪我を見ることはせんので、医者が来るまでの繋ぎ的処置です」
山崎は簡単に言うが、鍼灸師が痛み止めや止血をするなど聞いたことのない梓達は驚きを隠せない。
「……止血に痛み止め…そんなことができるのか?」
「まぁ。親父の独学ですけど」
そう聞いて、土方は改めて山崎父を見る。そして次に山崎にも目を向けた。
「あんたもできるのか?」
「……親父ほどの腕はありませんが」
それを聞き、土方は顎に手を当て山南の処置を手伝う山崎父の後ろ姿を見つめると、そのままなにか考え込んでしまった。
「にしても、まさかあんたが壬生狼だったなんてな」
「言ってませんでしたか?あ、今は名前が変わって新選組なんですけどね」
そう付け加えた梓だったが、それを聞いているのかいないのか、山崎は一度腕を組むと梓の向こう、土方に視線を向ける。
「副長はん。ちょっとお話ええですか?」
山崎が土方に問い掛ければ、土方もまた「ちょうどいい。俺も話がある」と山崎を連れて京屋の奥に入って行ってしまった。
少しして医者と山崎父がカチャカチャと道具の片付けを始めた頃、土方と山崎も奥から戻ってきた。
医者は土方を呼び山南の容態の説明をはじめる。それと入れ替わるように、山崎父が梓達の元にやってきた。
「山崎先生、ありがとうございました」
梓が深く頭を下げれば、山崎父は「出来ることをしたまでや」と笑う。奥から戻って以来難しい顔をしていた山崎は、そのままの顔で山崎父に「戻ったら話があるんやけど」と告げた。
梓は親子の話に踏み込まないように、山崎親子から距離を取る。
「お前の言いたいことはなんとなく分かるわ。ここに呼ばれたんも何かの縁かもしれんなぁ」
山崎父は意味深にそう言って梓を見る。ここに呼んだ張本人の梓は、何のことか分からないが呼んでしまってはいけなかっただろうかと、呼んでしまった事への罪悪感を覚えた。
「ほんなら、私らはこの辺でお暇します」
山崎父は仕事道具を持つと、土方に向けて声をかける。それを聞き、土方は医師との話を一時切り上げ山崎親子のもとに来ると頭を下げた。
「今日は本当に世話になった。この礼は後日必ず」
「大したことはしてへんので、お気になさらず」
そうして山崎親子は帰っていった。
それから程なくして医者も帰り、梓ははじめて山南の元へ様子を見に向かう。
「……梓さん、手間をかけましたね」
眠っていると思っていた山南の目がうっすらと開き、血を流しすぎたせいか青白くなった顔で弱弱しく梓に笑いかける。
「手間なんて…。無事でよかったです」
「ほんっとに。血が止まらねぇ時は本気で焦ったぜ」
梓の隣から山南を見下ろし、自身の頭をガシガシと掻いて息を吐く土方。その様子からは安堵が伺え、それを見て山南も苦笑いを返す。
「私としたことが、下手を打ったものです」
「まったくだ。しばらくは熱も出るし痛みも残るしで安静が必要だそうだ。頭だけでもしっかり働いてもらうぜ」
「……土方さん、鬼ですね」
山南に追い打ちをかけるような土方の発言に、梓が思ったままを口にすれば土方から拳骨が落とされ、山南からは笑われてしまうのだった。
師匠の長屋、鏡台の前で鏡と睨み合う事一刻。
梓はやっとの思いで化粧を終え、筆を台に置き後ろに立つ師匠を鏡越しに見る。
「ど、どうでしょう」
恐る恐る声をかければ、師匠は腕を組んだまま鏡の梓を覗き込んだ後、振り向いて実物の梓を凝視する。
隅から隅まで見られている感覚に、嫌な汗が出そうになる。
「……首元、白塗りが雑になっとる。眉の左右高さがあってへん。あとは……時間はかかりすぎやけどまぁ大体ええんとちゃうか?」
ダメ出しの後ニカッと笑う師匠を見て、梓は「はぁぁぁ」と止めていた息を思いっきり吐き出す。
遊女の化粧を一人で出来るようになった梓は、毎日稽古の始まりに遊女の化粧を自分でやってはダメ出しを受けるのが日課になっていた。今日はダメ出しが3箇所だけという、なかなかの高記録からの幕開けとなった。
「そういえば今日やなかったか?なんとかさんが京に戻るんは」
完成したばかりの化粧をすぐさま落としていると、師匠が化粧道具の手入れをしながら話を振ってきた。『なんとかさん』というのは、恐らく山南の事だろう。
山南が怪我を負った翌日、医師から言われた通り熱が出始めた。間の悪いことに、徳川家茂が京に戻ることが決まったのもこの日で、2日後に出立だと知らせが入ってしまった。
医師の見立てでは、この熱は数日続くとのことで、山南は皆と帰京することを断念し、せめて熱が下がるまでは京屋に留まることとなった。
そして山南の熱は昨日ついに下がり、今朝方ひとり京へと向けて出発、梓はそれを見送ったところだった。
熱で動けなかった山南はともかく、何故新選組が京に帰った今、梓がまだ大坂にいるのかと言えば、それは新選組本体が京に帰る前日。
「稽古は順調か?」と土方に問われ、梓はまだ遊女の化粧も一人でできない状態だと説明した。それを聞いて、土方は何故か「ちょうどいい」と梓に告げる。
「俺たちは明日京に戻るわけだが、お前は山南さんと大坂に残れ。山南さんの世話をしろって言うわけじゃねぇぞ。山南さんは体調が安定し次第京に戻ってきてもらうが、お前は1ヶ月大坂に残って稽古に励んでもらう」
「1ヶ月!?」
「そうだ。1ヶ月後に迎えに来る。それまでに別人になれるようにしっかり稽古しておけ」
そう言い渡され、今日山南を見送ったことで、ついに梓は大坂に一人になってしまった。




