山崎家の居候
「期限を作られたのも心配ですが、私はそれよりも今日の夜からが不安で仕方ないです」
化粧を落とし終えて嘆けば、師匠は「ほんまやなぁ」と苦笑いを浮かべる。
それもそのはず、今日から梓の寝泊まりする場所は京屋ではなくなる。ではどこかと言えば、なんと山崎丞の実家、鍼灸院の奥の住まいになるのだ。
なぜ山崎が出てくるのかと言えば、山崎たっての希望だった。『化粧品を作る代わりに』と頭につけられてしまえば、梓に拒否する権利はないのだから希望というよりは強要だろうか。
「しっかし、まさか丞が新選組に入りたいなんて言い出すとはなぁ」
「前に京屋に山南さんの手当てで来てもらった時に、土方さんとの間で決まっていたそうです。土方さんは山崎先生の応急処置の腕が欲しくて、山崎さんは入隊希望で。自分も鍼灸の技術はあると売り込んだそうです。だけど土方さんが求める応急処置の技術はまだ未熟だから、1ヶ月間でお父さんに仕込んでもらうんだとか」
そこだけ聞くと、梓が山崎家に寝泊まりする必要は無いのだが、山崎は鍼灸だけでなく棒術や剣術の腕も磨きたいらしく、日中は山崎先生について鍼灸を学び、朝夕の空いた時間に梓に稽古をつけてほしいのだという。そのため、山崎家で寝泊まりすれば効率が良いと考えたらしい。ちなみに、棒術の腕前はそこそこ良いらしい。
当の梓も、師匠に化粧を教わることができるのは昼公演から夜公演の間の時間。それ以外は暇になるため、山崎に稽古をつける事は願っても無い暇つぶしだった。
「利害が一致したとは言え、流石に泊まり込みは早まったかなぁ……」
「そうやなぁ。丞は観察眼が鋭いから時間の問題かもしれんなぁ」
自分の剣道バカが発病してしまったことを今更ながらに嘆いていれば、師匠は追い打ちをかけるようにうんうんと頷く。
「ま、考えても仕方ないやろ。もし女やってバレても丞に口止めすればええだけや。それより貴重な俺の時間使っとるんやで。1ヶ月でモノにせな承知せんからな」
「師匠の鬼〜!」
夕方。師匠の長屋に迎えに来た山崎に連れられ、梓は山崎の家に向かうことになった。長屋を出る際、師匠がニヤニヤと笑っていたが梓も山崎も見て見ぬ振りをした。
「……ひとつええか?」
師匠の長屋を出てからというもの、道中ずっと無言だった山崎だが、後少しで鍼灸院に着くというところで梓を振り返った。いきなり振り向いた山崎に驚きつつ、梓は「なんでしょう」と首を傾げる。
「なんで言わんかった?」
「え、なにをで…ー」
「あんたが女やっちゅうことや。新選組に女がおるなんて聞いてへん…!」
梓の言葉を遮り、ワナワナと震えながら絞り出すように呻く山崎。涼しい顔をした山崎しか見たことのなかった梓は、突然の乱心に驚きつつ、女だと早くもバレていた事にも驚く。
「ちょ!女って何のことですか!新選組に女なんて…―」
「あー。えぇって。だるいわ。今更隠しても遅いし、こっちは親父から聞いとんねん」
はーあ。と長いため息と共にうんざりした顔で耳の穴をほじる山崎の態度に、梓は性別がバレた焦りよりもイライラがつのり始める。
「あぁ、お父さんから聞いたんですか。それならしょうがないですね。山崎さんが自分で気が付いたなら驚くところでしたが、そんなわけ無いですよね。ちょっと安心しました」
梓は顔に笑顔を貼り付け、性別を隠すことをやめ言葉に嫌味を込める。
山崎の反応はと言えば、梓の嫌味が効いたようで眉をヒクヒクと動かす。
「親父に聞かんでもそのうち気が付いたわ。俺はアンタに興味がなくて視界に入れてなかっただけやしなあ!」
「どうですかねぇ?新選組のみんなすら私が女だって気付いてないですから、山崎さんも気が付かなかったんじゃないですかね?」
「おま、四六時中一緒におる奴に女やって気付かれんて……。もうちょっと凹んだ方がええんと違うか?」
「うっさいわ!哀れむな!」
山崎を挑発していたはずの梓だが、口元に手を当てて気遣う素振りを見せた山崎に無性に腹が立ち、思わず言葉を荒げてしまった。
普段こんなに言葉を荒げることのない梓は、男所帯にいるせいで口の悪さがうつったのだとは分かっていても、自身が発した言葉に驚きを隠せない。
対する山崎は梓の言葉使いを気にした様子は特になく、逆に面白そうにハッと笑う。
「あんた、敬語しか話せへんのかと思っとったけど普通に話せるんやな。猫かぶっとんのか?」
「はあ!?」
自分の口から出た言葉を悔いていた梓だが、山崎の馬鹿にした言い方に再び神経を逆撫でされる。
「猫なんて被ってないわよ!」
口の悪さが出てこないようにと気をつけて言い返したはずが、今度は女言葉が出てきてしまった事で梓は口を噤む。
そもそも梓が皆の前で敬語を使っているのは、素で話すと話慣れた女言葉が出てきてしまうからだ。今では半分敬語がクセのようになっているのだが、どうにも今日は調子が悪い。
「なるほどなぁ。本当に女なんやな」
「……うるっさい」
「まぁええわ。俺は女やって知ってまったわけやし、気楽に喋りや」
そう言って山崎は再び歩き出す。梓は治まらないイライラを抱えたまま、後ろから殴りかかってやろうかと画策しながら山崎の後についていくのだった。
「ただいまー。親父、来たでー」
「……お邪魔します」
鍼灸院の玄関をガラリと開け、中に入る山崎の後に続いて梓も鍼灸院に足を踏み入れた。入った瞬間香る薬の匂いに、やっぱり慣れないものを感じて足取りが止まる。
「おーおかえり。お嬢さんもいらっしゃい。今日から宜しゅう」
「あの、その事ですが…―」
山崎とはどうにも馬が合わないので、1ヶ月住まわせてもらう話を断ろうと口を開く梓だが、「親父ぃ」と山崎の肩を落とした声が上から被さる。
「言うたやろ?この人は女だって隠して生活しとんの。お嬢さん呼びはまずいやろ」
「大丈夫や。ちゃぁんと新選組はんの前では梓はんって呼びますわ。わしは新選組はんに会う事もそうないやろうけどなぁ」
一応気遣う素振りを見せる山崎と、梓の事情を理解してくれているらしい山崎父。断る気満々の梓に対し、山崎親子は梓を歓迎している雰囲気を出していてどうにも話が切り出しにくくなってくる。
これ以上言い出し辛くなる前にと、梓は「あの!」と親子の会話を遮る。
「私、やっぱり京屋に戻ろうと思います」
「はあ?なんでや!」
梓が切り出せば一番に反応したのは山崎で、梓が拒否する理由が全く思い当たらないとでも言いたげな態度に梓は再び苛立つ。
「あぁ、わしがお嬢さん呼びしたんがあかんかったか?すまんなぁ」
「いえ!山崎先生はなにも!」
思わぬところから謝罪され、そこは全く気にしていなかった梓は両手をブンブンと振って否定する。
「ほな丞か?この子はほんま、人を見る目が無くてなぁ。梓はんに1ヶ月一緒に住むように言ったって聞いた時はたまげたわ。しかも部屋の用意もいらんで自分の部屋に布団並べたらええやなんて、ほんまこのアホは。安心してや。ちゃあんと部屋は用意してあるからな」
その時のことを思い出したようで、山崎父はぐちぐちと山崎に哀れみの目を向け、山崎は居心地悪そうに「紛らわしい格好しとるこいつが悪いんやろ」と口を尖らせる。
ここに来る道中、梓の神経を逆撫でた山崎は父親には頭が上がらないようで、それを見れば梓の溜飲もいくらか下がると言うものだ。
「山崎先生、いろいろ考えていただきありがとうございます。これから新選組で同士となるというのに、私も大人気なかったです。改めて、今日からよろしくお願いします」
梓は心を新たに山崎父に頭を下げ、山崎はそれを見て初めて、梓が同居を渋った理由が自分にあったと理解するが、自分のどこがいけなかったかまでは見当がついていないらしかった。




