敵討ちと幕引き
そして数日後。月に一度の髪結が来る日。
梓は夢の通り、ほんのり明るくなった空の下、屋根の上に登り気配を消して隠れていた。
土方に髪結が来るときが狙い目だと報告したのだが、そこで梓の出番は終わりとばかりに原田と永倉を呼んでくるようにとだけ指示され、それ以降の話は何も降りてこないままこの日を迎えていた。
情報を集めるのみで、手を下すのは他の者。それが梓に求められる仕事なのかもしれないが、最後まで自分が任されると思っていた梓は納得がいかず、せめて事が片付くまでを見届けようと思っての屋根の上だった。
秋も深まり陽の登りも遅くなったなと実感していると、髪結が縁側で髷を結い始めた。太陽はまだ登り始めた所で、まだ御倉と荒木田は姿を表していない。もちろん玄関にも楠の姿はないが、先ほど巡察を終え帰ってきたのは目撃している。
待つ事半刻ほど。荒木田が先に縁側に現れ、それからすぐに御倉もやってきた。2人は軽く挨拶のみ交わし、それ以降の会話はない。お互い間者だとバレないように接触は最低限にしているのが窺える。
そしてついに、楠も玄関から外に出た。夢と同じ普段着でスタスタと門を出ていく。そしてその少し後ろから、槍を持った原田が後をつけていくのが見えた。
(あっちは原田さんか。それならこっちは……)
永倉を探していれば御倉と荒木田の髷結の番が来たようで、2人は隣に並び前に立つ髪結に頭を垂れる。その時を待っていたように、縁側に面した襖がスゥッと開き永倉と隊士が1人、音もなく姿を表した。
御倉と荒木田はそれに気付かず、依然首を伸ばして頭を垂れている。その様は斬首を待つ罪人のようだった。
永倉ともう1人の隊士が静かに刀を振り上げれば、髪結は顔を青くして慌てて御倉と荒木田から離れる。髪結の気配が遠くなった事に気がついたのか、2人が顔を上げた時には既に遅く、永倉と隊士は示し合わせたように同時に刀を振り下ろした。
2人の首がダラリと体から離れたところで、髪結達が悲鳴を上げて逃げていく。それを聞きつけ屯所に残っていた隊士が集まったのを見て、永倉が「御倉荒木田は長州の間者である!芹沢局長の仇、ここに討ち取ったり!」と高らかに刀を掲げた。
同じ流派を極めたものとして、芹沢暗殺の犯人を探し続けていた永倉だが、それを自らの手で討ち取ったのだ。これで永倉の気も晴れただろう。
「あとは原田さんの方か…」
原田が討ち漏らすなどと思っているわけではないが、何とか見えはしないかと、屋根の上を通りが見える位置まで移動する。玄関近くまで来たところで、なにやらコソコソと話をする声が聞こえ足を止める。
「みくら………きだが…―」
「それは知……くすの……」
「朝……からきっと……」
「俺たち……早く……」
所々しか聞き取れないが、今この前川邸にいる隊士は恐らく全員が庭に集まっていることだろう。そんな時にこそこそと集まり話あっているのは誰だろうか。
(御倉…?と言う事は、きだが…は荒木田が?だとして、それはし…の次、くすの…は、もしかして楠?御倉と荒木田が殺されたって話をしているんなら分かるけど、そこに楠が入ってくるって、三人に繋がりがあることは土方さんと永倉さん達しか知らないはず……)
そこまで考え、一つ推測が浮かぶ。
(もしかして、長州の間者は3人だけじゃない……?)
もしそうなら一大事だ。今回はたまたま捕縛した長州藩士から間者の存在が分かっただけにすぎず、ここで取り逃がせば新選組内に長州の間者が紛れている状態のままになってしまう。間者が紛れている事は分かっていて誰が間者か分からないなど、疑心暗鬼の素になるに違いない。
(顔だけでも確認する必要があるわね)
梓は屋根の上から玄関前にスタッと降り立ち、何食わぬ顔で玄関戸を開ける。
突然の梓の登場に、その場にいた三人は驚いて梓を振り返る。
「あ、梓先生、おはようございます」
三人の内一人が、すぐに笑顔を取り繕い挨拶をする。他二人も一拍遅れたものの、すぐに挨拶をして頭を下げた。
「おはよう。何だか騒ぎになっているようですけど、行かなくていいんですか?」
「そうなんですか?俺たちはこれから朝稽古に向かおうかと思いまして」
「まだ稽古には早い時間ですよ?」
「いえいえ、梓先生を見習って、早くから素振りでもしようかと話していたのです」
「それはいいですね。頑張ってください」
「ありがとうございます!失礼します!」
三人は頭を下げると、そそくさと前川邸から出て行った。
残された梓はひとり腕を組んで考える。
(やっぱり見覚えがない三人だったなぁ。顔は覚えたけど、名前が分からないんじゃ報告のしようがないし…。捕まえようにも、私一人で三人となると全員を斬り伏せる前に逃げられる可能性の方が高いし。……このまま泳がせて名前を調べるか、誰かに教えてもらうしかないか…)
監察方になるからには、隊士の顔と名前は把握する必要がある。それを今、身をもって体感し、梓は大き目の溜め息を吐いた。
一度八木邸に戻り、土方に間者がもう三人いた事を報告すると、当然のことながら「誰だ」と聞かれ、名前が分からないと告げればすぐにゲンコツが落ちた。
頭をさすりながら、調べて報告する旨を伝えると、せっかちな土方が自ら確かめに行くというので、二人で朝稽古が行われる壬生寺に向かった。
向かったのだが……
「……あれ?」
壬生寺には誰一人隊士はおらず、木の葉のみがカサカサと舞っている。
「おい」
隣から土方の圧のある声が聞こえる。
「いやぁ、確かに朝稽古に行くと言っていたんですけど……」
「逃げられてんじゃねぇか!!!」
本日の二度目、しかも同じ場所にゲンコツをくらい、梓はあまりの痛さにその場にしゃがみ込むのだった。
この日、前川邸にて御倉伊勢武・荒木田左馬之助が、邸外にて楠小十郎が、長州藩の間者であり芹沢鴨並びに平山五郎暗殺に関わったとして処刑された。
そしてその後の調べで、残りの長州藩の間者が越後三郎・松井竜三郎・松永主計の三人であることは分かったものの、やはり姿はどこにもなく、見つけ次第脱走の罪で処刑されることが決まった。
ちなみに、梓が捕らえた長州藩士も拷問の末さらし首となった。
こうして、芹沢鴨暗殺は本当の幕引きとなったのだった。




