芹沢鴨の暗殺 ー計画ー
ここまで読んでいただきありがとうございます
この話含め、残り四話で一時区切りとなります
話は暗いですが楽しんでいただければ幸いです
その翌日、新見が切腹したと土方から試衛館一派の面々に報告があった。
前日の夜、遅い時間に近藤・土方・山南、それから沖田と斎藤と原田がゾロゾロと帰ってきた事に気が付いた時から、何となく察しはついていた。
昼間に言っていた尋問の末の切腹なのだろう。
芹沢は気を落としていないだろうか。ヤケを起こして酒を飲み暴れていないだろうかと心配にはなったが、梓が訪ねて行ったところで火に油を注ぐだけだと踏みとどまる。
(新見さんが切腹した。芹沢一派に対する風当たりは益々強くなるはず。あの夢が、いよいよ現実になるの?……私が芹沢さんを斬る…そんな未来が本当にくるの?)
梓は、今までに目にした芹沢の剣技を思い出す。
思い出すと言っても、その機会は片手で数えるほどしかなく、しかしそのどれもが圧倒的な強さで『敵わない』『敵うはずがない』と思わせてくる。
(……それでも、それが芹沢さんの望みなら、私にできる事は……)
それから二日間は、覚悟を決めるための準備期間のようだった。
今まで芹沢としてきた会話を思い出し、稽古を思い出し、買ってもらった着物に袖を通す。
そしてひたすらに刀を振った。……目の前に芹沢がいると想定して。
不思議なもので、延々と芹沢との戦いを想像し刀を振っていると、覚悟が決まる以前に『想像ではない本気の芹沢と斬り合ってみたい』と、そんな思いが生まれるようになってくる。
(ほんと、剣術馬鹿もここまで来れば才能ね)
自分の思考の単純さにに苦笑いが浮かぶが、同時に今はそれがありがたいとも思う。
叔父であり局長であり技を教わった師でもあり、どこか父親のような優しさを感じた相手。
そんな相手が最後に、自分との戦いを望んでくれたのだ。いつまでも嫌だ嫌だと、駄々を捏ねるわけにはいかなかった。
その日の夕食後、梓含めた試衛館一派のほぼ全員が八木邸の続き間に集められた。
涼しくなってきたとはいえ、襖を全て閉め切れば熱気が籠り、室内では皆汗をかきながら上座に座る近藤・土方・山南に向かい合うように並んで座っている。
「皆揃ったところで話がある」
そう口を開いたのは近藤で、それに対して沖田が永倉と藤堂がまだだと言葉を返す。
「あの2人は今日は夜番だ。そして、今から話す事はここに居るお前らだけの胸に留めてもらう」
沖田の発言に対しそう言ったのは土方で、それは暗に永倉と藤堂には言うなという事だ。恐らく2人がこの場にいない事も、たまたま夜番だったからではなく仕組まれたものなのだろう。
土方の前置きが終わったところで、山南は井上に目配せし、井上はそれに頷いて続き間からつながる玄関口から外に出る。
井上が外に出るために少し開けた戸から、気持ちのいい風が入る。しかしそれもほんの一瞬で、ガラガラと閉められた戸の向こうに井上が消えたところで、室内は再び温度を上げる。
(人避け…いよいよ話が出るのか……)
玄関外に出た井上がその場から動かないことを音で確認し、梓はひとりそっと心構えをし前方の局長達を見る。
「……本題に入ろう。早速だが、良い話と悪い話がある」
そう前置いて、近藤は堅く眉間に皺を寄せて話し始めた。
その表情から、近藤がこれから言うであろう良い話と悪い話を天秤にかけたとして、悪い話の方が重たいのであろうことは想像できた。
「まずは良い話だ。明日は皆知っての通り花街で宴会を開く。その時に発表する事だが、先日の御花畑門の警護に対し、松平容保公から褒美として壬生浪士組に新しい名を頂いた。我々は近々、壬生浪士組改め『新選組』と名乗る」
会津藩主直々に名をもらった。本来ならそこでワッと歓喜に包まれるはずだが、部屋の雰囲気がそれを許さない。
梓以外の面々も、内容がどうかは知らないまでも、今から告げられる『悪い話』に備えているようだった。
「こっからが悪い話だ」
そう続けたのは土方で、近藤はひとつ間を開けて腕を組み眉間に皺を寄せ聞く姿勢に入る。
近藤に良い話を、そして自分は悪い話を。土方はどこまで行っても副長であり、局長を立てたい性分らしい。
「新選組を名乗るにあたり、松平容保公より条件が出された」
「土方君、その言い方は適切ではありません」
山南のピリついた指摘に言葉を止めた土方は、改めて一息吸ってから口を開いた。
「芹沢一派を暗殺する」
「土方君!」
鋭い目つきで簡潔に告げられた言葉に、さすがにその場にいた全員が驚きを隠せない。
山南は嗜めるように土方の名前を呼ぶが、土方は悪びれる様子なく「松平容保公の言葉を俺たちなりに汲み取り、そう解釈した」と付け加えた。
『俺たち』と強調され、山南はため息を吐き土方の言葉に補足を加える。
「松平容保公は我々を買ってくれています。しかし京の治安を預かるお立場上、芹沢さんの愚行は看過しがたく、芹沢さんが局長を名乗る壬生浪士組も、表立って重用できないとお嘆きになられていました」
山南の説明から土方の言葉を結び付け、皆内心納得した。
隊内・花街だけに留まらず、容保公が不安視するくらい芹沢の『愚行』は広まっているのだと、改めて突きつけられる。
「今回の暗殺は、仮にもこの組の局長に手をかける大仕事だ。賛同できない奴は部屋を出てもらって良い。他言さえしなけりゃ咎める事はしねぇ」
そう言って土方は目を閉じ腕を組む。その隣で近藤と山南も目を閉じ、暫しの時を待つ。
出て行って良いと言われたところで、その場の誰もが立ち上がる事はしない。それは誰かの目を気にしてと言うことではなく、誰もが今回の暗殺に必要性を感じての覚悟だった。
そんな中、原田は梓にジッと視線を送る。この中で唯一、梓と芹沢の血縁関係を知る原田は、梓を気遣って『出来ることなら梓にはこの仕事を降りてほしい』と思っていた。
しかし梓はその視線に気が付かず、気が付いたところで降りる気もない。
いや、気持ち的には降りてしまいたい。逃げてしまえば、自分が芹沢を殺すという未来を変えられるのだから。
しかし、それは芹沢の願いを無視することになる。
その結果、他の誰かが芹沢を殺そうと、芹沢が逆にここにいる誰かを返り討ちにしようと、どちらになっても梓に残るものは、今この時に逃げた後悔なのだ。
だから梓はこの場に残った。
感情よりも結果を俯瞰できる程度には、梓にも覚悟が生まれていたのだ。
暫しの沈黙ののち土方は目を開け全員が揃っている事にほんの僅かに安堵したのだった。
主に土方が。それに補足する形で山南が、芹沢暗殺の計画を告げる。
明日の花街での宴会、表向きには松平容保公より新選組の名を頂いた事を発表し祝う宴席。その実、芹沢をとことん酔わせ剣を鈍らせるための宴席という、分かりやすいものだった。
(……正直、酔った芹沢さんを闇討ちするのには気が引ける。でも、ぶっちゃけどれだけ頭で芹沢さんと斬り合いをしても、勝機は掴めなかったのよね。その点酔った芹沢さん相手なら、私にも勝機はあるはず)
「酔い潰れた芹沢を先に帰らせ、いつもの離れで寝静まったところを暗殺する。……改めて言うが近藤さん、アンタにはそのまま花街に残っていてもらうからな」
「歳!やっぱり俺も…―」
「宴の席に両局長が居なくなっちまえば、それはもうお開きだろうが。前話した通り、汚れ役は俺たちで引き受ける」
近藤の抗議はこれで何度目かのやり取りだったようで、間髪入れず土方は却下する。
「近藤さんと源さん、それから斎藤。3人はそのまま花街に残って不測の事態に備えてもらう。隊士を誰ひとり帰さねぇように目を光らせることも忘れるなよ」
土方に目配せされ、斎藤はコクリと頷く。
「そんで残りの俺と山南さん、総司・左之・梓は各自宴席を抜け出して壬生寺で落ち合うことにする。人目には十分気を付けるように」
順に目配せされ、沖田と原田、それから梓は静かに頷く。
「左之は離れの入り口を見張ってもらう。外からの侵入はもちろん、中からの逃亡者も一人も逃がすな。俺と山南さんで先陣を斬って平間たちを先に叩く。総司と梓は真っすぐ芹沢の元に向かえ」
「僕たちでいいんですか?」
沖田が嬉しそうに声を弾ませる。暗殺の算段をしている室内に何とも場違いな声色だ。
「この中で芹沢と手合わせをしたことがあるのはお前達だけだ。酔っていても相手はあの芹沢。勝てる目が多いに越したことねぇだろ」
「その代わり、決して無理はしないように。危険だと感じたら、我々が行くまで時間を稼いでくれればいいですからね」
調子に乗るなと釘を刺す口調の土方と、心配を感じさせる山南。そこに今まで口を閉ざしていた近藤が、腕組みを解き梓と沖田を見る。
「こんな仕事を子供に頼むべきではないと分かってはいるが、お前達以上に腕の立つ者もいない。酷な仕事だが頼むぞ」
真っすぐに、強い視線を向けられ、梓は背筋の伸びる思いで「はい!」と返事をする。沖田にとっては慣れた言葉かもしれないが、局長に腕を認められた事は梓にとって、とても誇らしい事だった。
(近藤さんも、土方さん山南さんも、私が仕事をやり切る事を望んでる。それは芹沢さんも同じ。周りが望んで、本人が望んでるんだから、あとは私がやり切るだけ……!)
人知れず覚悟を胸に刻む梓だったが、隣から口を尖らせた沖田が茶々を入れる。
「近藤さんはまた、僕らを子ども扱いですか?もう19ですよ」
「お前はなぁ、そういう所が子供なんだ」
「土方さんまでそんなこと言うー!」
土方と沖田の口論に発展したところで、今度は原田が口を出す。
「それより、俺はこの二人より弱いって言われたのが納得できねぇなぁ。今回の仕事も見張りだけだし?」
「いや、それはだな、今回は室内での斬り合いで槍の左之には不利…-」
「自分は居残りなのですが、それも二人より劣るからでしょうか?」
ここぞとばかりに齋藤も静かに口に出す。
梓と沖田を激励するつもりで言った言葉が次々と火種になり、近藤は訂正することもできずタジタジになってしまった。
ただでさえ暑い室内で近藤が滝のように汗をかき始めたところで、山南から解散が告げられた。
「梓、ちょっといいか?」
各々バラバラと部屋から出た後、涼を求めて外に出た梓に原田が後ろから声をかけた。
原田は周りを気にする素振りを見せた後、少し梓に近づき「大丈夫か?」と声をかける。
その一言で、原田の言わんとすることを察し、梓は苦笑いで返す。覚悟は決まっているのに、大丈夫だと言葉が出てこないのは梓の甘えだろうか。
「今からでも近藤さん達に事情を話したらどうだ?斉藤でも俺でも代わりはいるんだからよぉ」
気づかわし気な原田の言葉に、梓は小さく、だが心からの感謝を口にする。
「……でも、大丈夫です。私がやるのが一番丸く収まるので。いつかこうなることは分かってましたし、覚悟はできてますから」
精一杯に笑顔を作るが、梓自身ぎこちない事は自覚している。それでも、他に選択肢はない。大丈夫。やれる。と自分に言い聞かせる。
それを見てしまえば原田もそれ以上言う事はできず、言葉の代わりに梓の頭に手を置く。
「原田さんは本当に、面倒見がいいですね」
ふふっと笑いながら顔を上げる梓に、原田も笑いながら「普段から新八の面倒ばっかみてるからなぁ」と返す。それから少しの沈黙の後、原田が口を開く。
「いいか?無理だと思ったらすぐに引けよ。分かってるとは思うが、一瞬の迷いが文字通り命取りだからな」
そう。いくら芹沢が死を受け入れているとはいえ、土壇場では何が起こるかわからない。ましてや相手はあの芹沢。手を抜いてくるはずもなく、一歩間違えれば斬られるのは梓だろう。
梓は容易に想像できてしまった自分の死をごくりと飲み込み「肝に銘じます」とだけ返した。




