芹沢鴨の暗殺 ー宴と雨ー
そして翌日。
いつも通り隊務をこなし、日が暮れる頃に指定された揚屋の広間に辿り着いた。
梓の装いは芹沢に買ってもらった白の着物に紫の袴。この後局長を襲撃するのに適した格好とはとても言えない。
しかし驚いたのは隣に座る沖田もまた、梓と同じように白い着物を着ていた事だろう。
お互い考えている事は同じ、芹沢に手解きを受けた『返り血の付かない斬り方』を実践し、最後に成長を見せる事で餞にしようと言う事だった。
「なぁなぁ、今日の宴会すげぇ豪勢じゃね?下っ端の隊士まで全員参加じゃん。なんか祝い事か?」
少し離れた席に座っていた藤堂がキョロキョロと楽しそうにやってきた。まだ芹沢一派が来ておらず、宴会が始まる前の歓談といった時間だ。
今日の宴会は表向き、会津公から『新選組』という名を頂いた事を祝う宴会だ。
梓達は昨日知らされているが、夜番でその場にいなかった藤堂は知る事はない。教えたいのは山々だが、昨日集められた事は他言できないため教えることもできず、知らないふりをする他ない。
宴会場に来る道中、昼間の隊務が一緒だった沖田と連れ立って歩いている際、昨夜藤堂と永倉が居なかった本当の理由を聞かされた。
沖田が昨晩のうちに、気になって土方から聞き出したのだと言うその理由は、永倉は芹沢と同門で気の合うところも多いため暗殺には反対するだろうという事。藤堂は反対はしないまでも、良くも悪くも真っ直ぐなその性格は局長暗殺には向かないと判断されたためだという。
それを踏まえれば、昨日の事を軽々と藤堂に話すことはとてもできない。
「にしてもさぁ、本当に新見さんが腹を切るとは思わなかったよなぁ」
上座の近藤の隣、芹沢のために空けられた席を見ながら藤堂が突然表情を曇らせ話を切り出した。
あまりに間の良い話の内容に、梓はギクリと肩を振るわせる。対して隣の沖田は動揺など微塵も見せず、いつも通りニコニコと相槌を打っている。
「総司はその場にいたんだろ?どうだった?」
「ちょっと平助さん」
不謹慎な話題に待ったをかける梓だが、沖田は気にした素振りなく「うーん」と考えながら腕を組む。
「どうだったかと言われれば、存外あっさりしてましたよ。多少の反論はありましたけど最後は自ら着物から袖を抜いて切腹の準備を始めましたから」
それを聞くと藤堂も梓もお互いに顔を見合わせ、2人揃って未だ空席の芹沢一派の席を見る。
「……自業自得とは言え、そんなことがあった3日後に宴会とか、これ芹沢さん達は来ないってことも有り得ねえ?」
「……確かに」
藤堂のもっともな言葉に、この後の作戦を考えて一抹の不安を覚える梓。
もし芹沢達が現れなければ、酒を呑ますこともできないということになるが、その場合暗殺は延期になるのだろうか。強行するとしたら、自分たちに勝機はあるのだろうか。
言葉には出せないが、内心不安を募らせる梓。しかしそんな心配は要らぬことだったようで、沖田が「噂をすればですね」と上座の襖に視線を移す。
梓達も視線を向ければ、ドカドカと入ってきたのは平間で、それに平山・野口と続き、最後に芹沢が入ってきてドカッと近藤の隣に腰を下ろした。
手には相変わらず瓢箪がぶら下がっており、宴会に来る前に既に飲んでいたのが伺われる。
「皆揃ったようだ。一度席に着いてくれ」
手を打ちながらよく通る大きな声で近藤が言えば、皆雑談をやめ藤堂も含めいそいそとそれぞれの善の前に戻って行く。
皆が座ったことを確認し、近藤は今日宴会を開いた理由を皆に説明し始める。
「…―と、我々の働きに対し松平容保公が褒美として、直々に壬生浪士組に新しい名を付けてくださった」
その言葉に、会場の温度がブワッと上がる。歓喜の声と共に皆一様に目を輝かせ、近藤の次の言葉を待っているのが感じられる。
「我々は明日より、壬生浪士組改め『新撰組』と名乗ることとする!」
その言葉で宴会場内は今度こそ歓声に包まれる。
昨日八木邸で聞かされた時も、本当ならこうしてみんなで喜んだのだろうなと、梓は思い思いに喜ぶ周りの様子を眩しく眺める。
「ちょっと梓さん。いくら2度目だからと言って、1度目のつもりで喜んでくださいよ」
隣から沖田がニコニコとした表情を作りつつ、梓にだけ聞こえる声で苦言を呈する。顔と声が全く合っていないので違和感の塊のようになっている沖田を前に「そんなこと言っても」と困った顔をする梓。
「ほら昨日喜べなかった分も今喜ばないと。フリでもいいからそうしないと、あそこの人達の仲間だと思われてしまいますよ」
そう言って沖田は上座に座る芹沢やその近くに並んで座る芹沢一派の面々を横目で指す。追うように梓も上座に視線を向ければ、感情の読めない目で喜ぶ隊士達をジッと見つめ、自ら酒を徳利からお猪口に移す芹沢が最初に視界に入る。そしてお付きの平山・平間はと言えば、何やら二人でコソコソと耳打ちしているが、その顔はとても喜んでいるようには見えず、むしろ何か不満を囁いているようだ。
(……思うところはあるのかも知れないけど、あの仲間には入れられたくないなぁ)
『思うところ』と言うのは、今回、松平容保直々に新撰組という名を貰ったわけだが、その場に芹沢一派も芹沢本人も呼ばれていないという事実だ。
芹沢をどうにかしろと密命があったのだから当然の話なのだが、それを知らない芹沢一派は「なぜ近藤だけが呼ばれ、同じ局長である芹沢さんが呼ばれないのか!」と酷く憤ったらしい。
そんな事情は知りつつ、梓は両頬を両手で軽くパンッと叩いて笑顔を貼り付ける。
「いい笑顔になりましたね」
「それはどうも」
沖田の笑顔とまではいかないものの、梓は自分なりの作り笑顔を貼り付けることに成功したらしい。
その後の宴会は大いに盛り上がり、飲めや踊れやのどんちゃん騒ぎとなるのにそう時間はかからなかった。
芹沢の元にも近藤の元にも、綺麗な遊女が左右につき、代わる代わる酌をしているようで、作戦も順調のようだ。
梓はと言えば、酒は嗜む程度に抑え料理に舌鼓を打つ。
この後のことは一旦忘れ、せっかくの料亭料理を堪能しないのは勿体無いと切り替えたのだ。
広間の中央では、永倉が平隊士達を巻き込みよくわからない踊りを繰り広げているが、それも宴会を大いに盛り上げていた。
そんなこんなで時間はあっという間に過ぎ、芹沢がふらふらと立ち上がった。
「酔った。先に帰らせてもらうぞ」
「夜は長いですよ。もう少しどうです?」
近藤が徳利を手に芹沢を引き止めるが、芹沢は「結構」とだけ返しふらふらと襖に向かう。それに付き従うように平間も立ち上がるが、野口は中央で永倉達と踊っているため気が付いていない。
平間が野口を一度呼んだところで「いい。楽しませておけ」と芹沢から声がかかった。
「芹沢さん、そんなにふらふらじゃ危ねぇ。籠を手配しよう」
土方が気を利かせ、籠の手配をするため先に宴会場を出た。
芹沢は平間に支えられるように後に続くが、平山は相当飲んでいたらしく、襖に寄りかかるように立ち上がることしかできない。
見かねた山南が平山に肩を貸し、よろよろと芹沢を追いかけるように宴会場を出て行った。
そんな一部始終を横目に見ていた梓だったが、他の皆はおそらく芹沢一派が居なくなったことにすら気が付いていないだろう。
そんな場の雰囲気に便乗するように、1人、また1人と宴会場から姿を消していく。
しばらく後、梓も静かに宴会場から外に出た。
1人隠れるように、揚屋から抜け出し島原から大門をくぐる。
大門から出て少しすれば、明かりも音も無い真っ暗な京の街が広がった。
月明かりはなく、暗くて見えないが空にはどんよりとした暗雲が敷き詰められているのだろう。肌に張り付く空気も、梅雨にでも戻ったかのように湿り気を帯びていて、駆け足で壬生寺を目指せば秋口だというのにあっという間に額を汗がつたう。
屯所に辿り着く少し前、汗ばむ梓の額にポツリと雨粒が落ちた。
(降ってきた)
それだけの感想を頭に浮かべ、シンッと静まり返る壬生寺の門をくぐった。
「……揃ったな」
門を入ってすぐ、角の暗がりに皆が揃っていた。宴会場を出たのも梓が最後だったので、これで全員が揃ったようだ。
土方が最終確認としてここからの流れを説明し、皆はその説明に耳を傾けつつ懐に持っていた襷を掛ける。
「ちょうどいい具合に雨脚が強まってきたな」
原田がそう言って、手で目の上に雨避けを作りながら空を見上げる。空からは先ほどよりも勢いを増した雨が音を立てて降ってきていた。
「梓さんが雨を連れてきましたね」
沖田も嬉しそうに、雨に打たれる木々や石を見る。
夜の暗殺は、何より音に気をつけなくてはならない。シンッとした室内では衣擦れの音ひとつで気配に気が付かれてしまうからだ。
しかし雨が降っていれば話は別。雨音が全ての音をかき消してくれる。今から夜襲をかけようという梓達にとっては天が味方したような状況だった。
「……にしてもなんだ?お前達のその着物は。暗殺に白い着物で来るやつがあるか」
ずっと言いたかったであろう事を、土方がため息と共に梓と沖田に投げかける。
それに対して沖田が「芹沢さんに習った技を試そうかと思いまして」などと、遊び心のみの返答を返したものだから、当然のように土方から二人に対してゲンコツが落とされた。
そうなってしまえば、梓がどんなに真剣に白い着物を選んだ理由を話してももう遅く、梓と沖田は一度八木邸に戻って着替えをさせられる事になった。
「もう。沖田さんのせいですよ」
「そんなこと言われても、本当の事だから仕方ないじゃないですか」
そんなやり取りをして八木邸の門を潜ると、なんだか違和感を感じて二人で顔を見合わせる。
隊士が残っていないか念のため確認するため、前川邸の門を目指して二人の少し後ろを歩いていた原田も、通りから梓と沖田の動きが止まったことに気が付き動きを止める。
「おい。どうした」
小さな声で原田が問いかけるが、一層強くなった雨音にかき消されて届かない。代わりに、梓も沖田も触れていない八木邸の玄関戸がカラカラと開いた。
予想外の出来事に、梓と沖田は揃って腰の刀に手をかける。
「おぉ怖い。そない警戒せんと、おはいりやす。ふふふ、うちの家じゃないんやけどね」
玄関の戸口を開け笑ったのは、お梅だった。
たすき掛けして刀に手を置く二人を前に、いつも通り微笑むお梅はいったいどんな気持ちでそこに立っているのだろうか。
お梅の姿を確認し、原田は音を立てないよう静かに後ずさる。しかし、お梅の方が一歩早く原田に声をかけた。
「原田はん。平山はんと平間はんはいつも通り離れや。土方はんたちなら知っとると思うけど、お店から二人連れて来とるから、お手柔らかに頼んます」
そう言って頭を下げるお梅。それを最後まで聞き、原田は戸惑いつつも静かにその場を後にした。




