幕間6・シャルロット・ブランジェ奪還し隊
__「好き」はいらない!
彼女は、たたきつけるように叫んだ。
__「嫌い」もいらない!
彼女は、を帯びた瞳できっ、と彼を睨みつけた。
__「特別」はつくらない!
独特の湿り気をはらんだ潮風に彼女の髪がさらわれる。よく手入れされた、長く、細い、絹のような金糸。
__本当に大事なものははいつか、私を置いていってしまうんです! だから、いらない。貴方も私に関わるのはやめてください。
彼の黒髪も、共に風に舞う。
ああ。
彼は、歓喜が体中を駆け巡るのを感じた。嬉しくてゾクゾクするという経験は、これが初めてだった。
小姓だったときに主に引き合わされたときも、確かにぞくぞくした。けれど、あれは武者震いの類であり、これからの未来に対する不安からきたものだったと思う。
けれど…。
でも……!
「シャルロット・ブランジェ」
涙をためていた少女が、はっとしたようにこちらを見つめた。それだけのことなのに胸に広がる幸福といったら。
「シャル」
そうだ、と本能が告げる。
自分が生まれたのは。
「俺は」
この声で。
「あんたに」
意志で。
「会いに来た」
彼女の名前を呼ぶためだ。
キィィン。
鋭く高い音。その後。
〈ご無沙汰だね、ルドウェル〉
二つ折りの手紙を開いた途端に聞こえた声に、なるほどとルドは思う。今回はこういう趣向か。
〈貴方、私のことを忘れたりはしないよね〉
主を忘れるか、と思うが黙る。喋ったところで会話ができるわけではないだろう。ルドにこの手紙の詳しい仕組みは理解できないが多分、音声を付属させた紙だ。文章と会話するようなことになるに決まっている。
〈さて。本題に入ろうか。彼女に会ってきたよ〉
「はぁ?」
思わず声が漏れる。
けれど、自分から干渉は避けると明言していた主が積極的に動いたのだから驚くのも当然だ。
〈貴方、今驚いているよね〉
まあ。ですが何か。
〈わかるわぁ。私って動くの嫌だもの〉
自ら動くのが嫌だと言われるとなんだか微妙な気持ちになる。
〈会って少し話をしたの。結果、いい答えが得られてよかったな〉
ま、自己満足だけど。主の声はそう言った。
一体、どんな話をしたのか。ルドにはよくわからない。
〈あとね、話をするがてら彼女をチェックしたんだ。状態はよろしくないね〉
楽観的で気ままな主が物事を悪いと評している。これは結構なことではないのか?
〈私の魔術に綻びがあったね。干渉の仕方に無理があったからかけなおしがきかなかった〉
「見立ては?」
思わず聞いてしまう。
〈私の視た感じでは、明日ってところ〉
ルドはちらりと時計に目をやる。彼女が連れ去られてから数時間。今は夜。
〈私と会ったことを忘れさせるために、別の夢を与えたよ。切り替えに数時間かかるから目覚めるまでにまだある。それまでに〉
厄介なことになったな、とルドは溜息をつく。
知っていた。主に出会い、初めて彼女を見つけたときから、自分は平凡な人生を歩めないと約束されていたのだから。
〈それまでに、彼女を取り戻しなさい、ルドウェル・カートライト〉
無理。
居場所もわからない、特殊な能力もないのにどうやって。
〈なんて。それくらいの気概でいけ、ってこと。わかった?〉
ルドは頷いた。彼女を全力で取り戻すのは、自分の役目だ。
〈転移の魔術陣は私がつくってあるから使ってね〉
白紙の手紙の二枚目には、意味不明の円が描かれていた。
〈アンナの思想を私は見過ごせない。郷愁に支配される前に、私の「灯り」を…愛し子を、取り返してね〉
そこで、ルドは手紙を閉じた。
「ルド、どうするんだ?」
「何が」
主直筆の魔術陣とやらを読みながら返事をする。
「だから! シャルをどうするのか、ってっ!!」
バン、とテーブルを叩かれ、やっと顔を上げる。親友は憤っているようだ。
「ブレント。お前の聖歌隊はアテにならないのか?」
「……ファイーー後輩は使えるかもしれない。他は無理だと考えて」
「ふぅん」
気のない返事をして手紙を放り投げる。ブレントはそれをキャッチし、眺める。
「え、何これ。まさか、魔術陣? 初めて本物見た」
ルドにとってはそこまで珍しくない。主が描いてはよこすからだ。けれど、この国で魔術も魔法も歌竜もポピュラーではない。知らないのが当たり前なのだ。
「そう言えば、どうしてシャルは魔術を否定しなかった…?」
「ルド、おい、聞いてる?」
「あ、うん、まぁ」
これまたテキトーに返し、ルドは立ち上がる。
「お前と聖歌隊は役に立たないなら動かなくていい。俺が行く」
「はぁ!?」
ブレントが何を驚いているのかいまいちわからないのでルドは首を傾げる。
「拉致された人間を助けに行くことのどこが変なんだよ」
「いや、場所がわかんないだろ」
「その魔術陣で行けるってさ」
「え…は…?」
呆然とする友人はとりあえず無視して、オリヴィエに声をかける。
「ってことでオリヴィエ。俺が行く」
「僕は行けないからお前がシャルを取り戻すんだよ。手ぶらで帰ってきたら…まあ、処分は後々考えるか」
ははは、と明るく笑う。
「ルド。その剣貸してくれない?」
笑ったままのオリヴィエに急かされ、ルドは剣を差し出す。そこそこ重いそれの柄には、ムーンストーンがはめこまれている。
「僕の力を貸し与えよう」
重たい剣を鞘から引き抜き、オリヴィエが手をかざす。
「よし、完了。いってらっしゃい」
「ん。絶対シャルだけでも連れて帰ってくる」
「当然だよ。お前の命にかえるくらいの感じで行ってもらわないと」
「いや、ちょっ!」
ブレントだけがまだ納得していないようだが、行ってしまえば止めようがないだろう。
「今の居場所はわからないけど、目的地は予想がついてる。お前もシャルが心配ならそこで待機すればいい」
と、ルドは地名を伝えるがブレントは顔をしかめるばかりだ。一体、何が納得できないのやら。
「一人で行って大丈夫? あの二人組に一時的でも足止めされたじゃないか」
「大丈夫、大丈夫」
いつものルドの、へらリとした笑顔。
「友達を助けるくらいだ、超簡単。それに、あの小っこい方、仕返ししないと気が済まない」
シャルを連れ去るとき、二人組の小さい方に手刀を食らわされたルドは報復したいと思っていたのだ。奪還がてら仕返ししても罰はあたらないはずだ。
「……僕も行くよ。動くかわからない後輩を使うより自分で何かした方が早い」
「あーあ。シャルとの幸せな再会に邪魔者が乱入すると考えただけでブルーになる」
「邪魔者はお前になるよ、ルド」
軽口をたたきながらルドは懐にある針で指を切る。赤い血がしたたり落ちた。
「じゃあ、行くか」
魔術陣に血を垂らすと、何度か聞いたキィィン、という音が始まる。
紙の上に手を置くようブレントに支持すると、自分もそうする。
「シャルは絶対、渡さない」
ルドの宣言が金魚草に響いた瞬間。店内は真っ白な視界に支配されーー。
二人は、消えた。
三人称は難しい。シャルがいないと、なお。
ルドの主については構想がありまして、たぎります。




