三十章・いざ、探索へ!
いつもより少し短いです。
『行かないで!』
そう言ったのに。
私の思いは現実に立ち向かうには非力すぎて、届かなくて。
独りぼっちになった私に訪れたのは、艶やかな闇色の髪をなびかせた騎士との出会いと、彼に紹介された「おとうさん」でした。
「行かないで!」
はっ、として顔を上げる。今までは握っていた手に注いでいた視線をシャルの顔に移す。
「……行くわけ、ないじゃないですか…!」
駄目だ。こんなことを言ったってただの言い訳にしかならない。いや、言い訳にすらならないかもしれない。
シャルの頬を涙がつたう。
「…またか」
ちっ、と舌打ちして決まりの悪そうな顔をする。
シャルが泣いているのを見ると、どうもいい気分がしない。台詞から察するにその原因が過去の自分であることも気に入らない。
あの頃、もっと柔軟に考えられていたら。大人の決めたことなどふりほどいて泣いているシャルの元へ駆けつけ、涙を消し去っていたら。そうすれば、少なくともシャルと黒髪のいけ好かない騎士が異常に密着することなんてなかっただろう。
とりあえず自分にできるのは、今泣いているシャルの涙を拭うことだけ。
人差し指でそぅっと雫をすくう。
「…しょっぱ……」
涙が塩辛いことを再認識してやっと、自分のしたことに赤面した。
ゆっくりと目を開くと、飛び込んできたのは真っ白な天井。私の家のクリーム色のそれとは違います。
……懐かしいなぁ、我が家。お義父さんさんが文字通り書き散らかす料理メモの整理がしたくてなりません。私がいない間は片付ける人がいませんから、どうなっているか心配です。お義父さん(あのひと)もいい歳なんだから恋人の一人や二人、いるなら結婚しても構わないのに。いや、二人は駄目ですね。
「ヒメ。体調はどう?」
家に思いを馳せていた私は突如かかった声にびくりとします。おっどろいたぁ!
「シイカ…」
「そう、私」
…いや、べつに答えがほしかったわけではないんですが。
「ヒメが倒れたから運んできた。海からここは近い」
解説を聞きながら視線を巡らせます。それなりに綺麗な部屋ですね。そういう道の人ではないので詳しくどうこう言うことはできませんが、調度品も凝っているのではないでしょうか。う〜ん、なんか見覚えのある家具の配置です。
「っていうか、近いならわざわざ滞在せずにここに来ればよかったのでは?」
はっとして私はツッコミをいれます。変人レッテルを貼られた恨みは結構根強く、私はじとっとした目つきになります。ですが、彼女はそれに動じるような子ではありません。単純に気がついてないだけかもしれませんが。
「経路担当はユーニ。ユーニがここにこれないと言ったの。邪魔なお客が来てるから、って」
邪魔な客…。
「でももう大丈夫。その人は帰ったから、ヒメは安心してここにいるといい」
えー。私、ここに長期滞在するつもりはないんですけど。
「とりあえず、服は用意した。「年頃の女子は同じ服をずっと着るのは嫌だろう」ってユーニが」
王都のお嬢様方じゃないですし、二日くらいはなんとかなります。が、その気遣いは感謝です。なんとかなっても服は新しい方が嬉しいです。
「ヒメ、一人でできる? 辛いようなら侍女になりそうなのを呼んでくる」
侍女。なんて庶民の私から遠い言葉。
「丈夫です。そうしょっちゅう倒れませんから。着替えなんて楽勝です」
「そう…」
「はい」
嘘も方便とはよく言ったものです。頻繁には倒れてませんが、最近ばったり倒れることが増えてきた私にとって、先程の言葉は「嘘」の分類に入ります。でも、シイカに心配かけさせるのはもっと嫌です。だって、私の大切な友達ですから。
「じゃあヒメ。私は用があるから行くね」
名残惜しそうにこちらを見た後、シイカは手を振って出て行きました。
シイカを見送ってから私は用意されていたワンピースに袖を通しました。ちょこんとついたリボンが可愛らしいデザインで、ごてごてしていないので気に入りました。あ、これって、洗濯してから返すべきなんですかね。
「よし」
備え付けの姿見の前で髪を整え、身だしなみチェックは終了。
………。
五分経過。あ、水差しとコップ、お菓子があります。
……………。
十分経過。室内の机にはメモ帳と筆記用具のセットがありました。何か書こうかな…。
……………………。
十五分経過。
あぁぁぁぁっ! 何すればいいんですか! 暇! 配慮されまくっているのに居心地が悪いです。
そろそろこの部屋の探索にも飽きてきました。人の家を勝手にうろつくのはよくないと思いますが、外に出たいです。駄目ですかね?
「うーん」
考え込んでから、ペンにインクを付けて紙の上を走らせました。
『少し部屋を空けます。 シャルロット・ブランジェ』
一応、書き置きを残しておけば「勝手にうろつく」ことにはなりませんよね!




