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お客様は神様です?  作者: 黒一もえ
6・無くした過去はどこですか?
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二八章・そして思い出します

「あの、この近くに海ってありますか?」

「ん」

「?」

 私の問いに、首を傾げるユーニとシイカ。

「はんれほんなほほひうい?」

「ふひひひはいほ?」

 残念。口に物が詰まっているので何言っているかわかりません!

 ごくん、と飲み込んでからユーニがもう一度。

「なんでそんな急に?」

「いや、あんまり海に行ったことがないので」

「海、行きたいの?」

 シイカがパンをちぎりながら言います。

「ヒメはたくさん海に行ってるはずだけど」

「たくさん、かどうかはわかりませんけど、十年前は行っていたと思います」

 孤児院のことは話さないことにしました。だって、言う必要ありませんし、今の私はお義父さんの娘です。あまり親しくもない人に言う必要はないかな、と。

「十年前? ねえ、ヒメ。ヒメは覚えているの?」

「はい?」

「誤魔化さないで。今度こ、聞き出ーーもごっもがっ」

 言いかけたシイカの口を、ユーニが手でふさぎました。

「シイカ、お前は少し黙れ。今する話じゃない」

 ? 何言ってるかわかりませんけど、ユーニがシイカに何かを囁くと、彼女は大人しくなりました。

「姫さん。食事が終わったら明日の経路を考えます。海はその後行きましょう」

「ありがとうございます」

 私はにこりと笑いました。海は好きです。水も好きです。どんなに動揺しているときでも水があれば冷静になれる気がします。

「早く食べて早くヒメを連れて行く。ユーニ、とろとろしないでさっさと胃袋におさめれば?」

 もっきゅもっきゅと素早く食べながら言うシイカ。ユーニは呆れたような瞳で眺めながらわかってないな、と鼻で笑います。なんか、彼は笑顔も似合いますけどふてくされたり喧嘩腰の雰囲気も似合います。相容れない二つなのに。

「姫さんが作ってくれた物を粗末に扱えるわけないだろ。大事に味わって食え!」

「いや、冷めちゃうのでロースピードもどうかと思います」

 缶詰アレンジの料理をそこまで大切そうに食べてもらえることは嬉しいんですけどね。


 朝食が「あれ」な感じだったので昼食調理を請け負った私。昼用の材料は私がチョイスしました。料理に関しては家事をしていた私の方がよっぽど詳しいので、お得に買い物できたんじゃないですかね? でも惜しいなぁ。こんなキャンプ状態じゃなかったらあの格安のお肉を買えたのにっ。

「お肉だったらなんだろう…。パイも捨てがたいですけどたたいてハンバーグにするのもいいなぁ」

 後片付けをしながらぶつぶつ独り言…って、私、ものすごく怪しい人じゃないですかっ。十分怪しいけどね! 長衣の青年とポンチョの超絶美少女と一緒の平凡顔ウエイトレスって随分奇抜ですね! …………うん、私が一番よくわかっているようです。行っていて結構悲しいですけど。

 ゴミを捨てるために原っぱから少し行ったところにある市場に来た私は、潮の香りに微笑みました。なんだか懐かしいのは、孤児院の近くに海があったからでしょうね。

「あら、あんたさっき来たお嬢ちゃんじゃないの」

「?」

 声をかけられ、相手を見ます。うん?

「あたしよ。パン買っていったでしょ!」

 あ、ああああ! パン屋の女主人さん!

「パン、おいしかったです! 本業の方に言うのもなんですが、あのふんわり加減、料理をやっている者として尊敬します」

 珍しく語り出す私。パン屋の女主人さんは嬉しそうに笑いました。

「ありがと。お嬢ちゃんみたいによその街から来た人、それもおかしな服着てる人だとみんな怪しむのよねぇ。良い子でよかったわ」

 えへへ、褒められましたよ☆ なんて思えるかぁ! やっぱり変人認識ですね! 私が彼女の立場でもそうなりますけど、現実を突きつけられるのはそれなりにダメージすごいです。

「あら、よその子じゃなかった?」

 私の沈黙をどうとったのか、ならごめんなさいねぇ、と女主人。

「いえ、よそ者です」

「差別とかじゃないの。ただ、お嬢ちゃんのカッコはメイドと同じでしょう? この町でメイド雇える家なんてウィディーネ家くらいだから珍しくって」

「へぇ」

 王都は貴族から待ち人まで幅広い人々が住んでいるので、メイドさんも見かけます。だからこの服のママ買い物に行くことが多いんですけど、ここでは悪目立ちするようですね。あ、でもこの服はメイドさんと一緒じゃないですよ! こっちよりフリフリしてるのに機能的だからすごいと思います!

「ほら、あそこにいるレダちゃん」

 女主人の示す方向にいたのはクラシカルなメイド服に身を包んだ、私より少し年上くらいの女性。

「レダちゃんはウィディ−ネ家の使用人で、買い付けをやってるのよ。良い子でね」

 メイドがいるってくらいですから、ウィディ−ネ家とやらは大きいお屋敷なんですかね。どんな方が住んでいるんでしょう。

 その後しばらく話をしてから、私は女主人と別れました。

 はっ! ゴミ捨てできる場所聞き忘れた!

 私はどうしたものかとうろうろします。困っては居ますが、お店を眺められるので楽しいです。そう! ウインドーショッピングってやつです。ゴミ袋持ったままですけどね!

「ねえ、貴女もメイド?」

 またですか、と声のした方を見ると、正真正銘のメイドさん。

「!」

「ね、何か困ったことある? 同じ職種の人間として悩み相談くらい、請け負うよ」

 さばさばした口調の優しい人です。姐さん肌です。相談に乗る、っていうのはルドさんも逝ってくれた言葉ですけど、長年の付き合いの彼より初対面のメイドさんーーレダさんの方が、なんだか頼れそう。

「じゃあ、ゴミ捨て場を教えてもらえませんか?」

「ゴミ捨て場?」

 レダさんは目をぱちくり。

「貴女メイドなのに知らないの?」

 あ、そっか。私がよそ者って知らないですよね、きっと。

「旅の者でして。あ、ゴミって自己管理ですかね?」

「いいえ。公共の場所があるわ。来て」

 よそ者を気遣ってくれるレダさん。流石本物のメイドさん。接客が雑な私より断然人に対する態度が行き届いています。

「貴女が昨日の夜来たっていう旅人ね」

「はぁ」

 旅人です、とか嘘ついたものの(旅というのもユーニ達にとってはあながち間違いではないかもしれませんが)ここで「はい」とは答えられませんでした。生憎、昨夜の記憶がないもので。その頃は丁度夢の中ですよ。

「変な格好だからみんな言ってるわ。メイドでもないのにそういう服装じゃ、噂されて当然かな」

 彼女はさばさばしているというより、思ったことを言う人なんでしょうね。事実ですがばっさりきます。

「私達、そんなに話題になってるんですね…」

 私の渇いた声に、そうね、とレダさん。

「一人はポンチョに身を包み、一人長衣をはためかせ、一人は背負われやってきた。ま、話してるのは主に私達だけど」

 メイドさん方ですか。女性ばかりだと、そういうよくわからない奇妙な軍団の話でも花が咲くでしょうね。何か不思議があると食いつく、ってルドさんが前に言っていました。

「シャルロット・ブランジェ」

「え」

 私は目を見開きます。名前、知られてる!

 レダさんは、ぴたりと歩みを止めました。そしたはっきりと私を見据え、

「私の主は貴女に夢中よ。だから接触した」

 主? それはウィディーネ家?

「あの珍妙な二人。私は好きじゃないわ。でも」

 ふ、と浮かべられたレダさんの笑みは、おもしろがっている人のそれでした。

「なんだかよく共鳴しているから悪い組み合わせではないのかも」

 私は、一度瞬きしてから、歩き出したレダさんの後を追いました。何も言えることがなかったので。


「ただ今戻りましたー」

 ゴミを捨てて帰ってきた私は、原っぱにいる二人に声をかけました。

「おかえりなさい、姫さん」

 …拉致された感じなのにお帰りなさいが嫌じゃないです。なんでだろう。

「ヒメ、お帰り。早く、海に行こう!」

「経路は決まりましたし、海に今すぐ行きましょう! 帰ってきたら即、出発になっちゃいますけど」

「はい」

 海に生きたいと言ったのは私ですが、レダさんとの会話で、忘れかけていた不安に見舞われていたのため一瞬返事が遅れました。

 でも、この二人は悪人ではないと気がするので一緒にいても平気! うん!

 ロキさんも嘘つきますけど神殿からの脱出に一役買ってくれましたし、世の中は鬼ばっかりではないはずです。それに、信じようという自分を裏切るのが一番嫌です。これもお義父さんの教えで、「自分を裏切ると、自分が一番傷つくよ」って。

 市場とはまた別方向に向かうと、潮が強くなってきました。

 他愛ないことを語りながら歩いているとだんだん砂浜になっていき、波の音が聞こえるようになりました。

「ヒメ、行こう」

 シイカがきらきらと瞳を輝かせ、私の手を取って駆け出します。だから必然的に私も走ることに。丈は短いですがブーツなので砂も入らないはず。躊躇わずに踏み出しました。

 で、久しぶりに走った私はすぐにたんまをかけました。

 あー、疲れた。

 ぜーはーぜーはーと肩で息をしていると、なんだか無性に懐かしくなりました。

「始めて来たのに、すごく、懐かしいです。不思議」

「…」

 ユーニとシイカのどちらに言ったわけでもありませんでしたが、その言葉に誰も返答してくれないとわかると私はなんんだか心細くなりました。だって、寂しいじゃないですか!

「不思議でもなんでもない。みんなで行った海とここは近い。ワタシ達は水の流れがわかるから、ヒメは無意識に思い出してるだけ」

 シイカは、きっぱりと告げ、私に尋ねました。

「ヒメは、覚えてる?」

 え?

 そう問う前に、嫌な汗が一筋、流れました。

「一緒に海に行ったこと」

 どくん。

 一度、大きく心臓が跳ねました。

「ヒメの笑顔」

 シイカの言葉はなんてことないのに、私は怖くて恐くて、震えがとまりません。

「声だって。あの喫茶店で会ったときも、やっぱり共鳴していた」

 イヤ。

 叫びだしてしまいそうでしたが、喉から声が出ません。かわりに、しゃがむことしかできないんです。

「歌を歌ってくれたこと」

 人前で歌ったことなんて、と言おうとしたそのとき。ぎし、という聞き覚えのある音が頭の中に鳴り響きました。そう。これは…ピアノのペダルを踏んだ音。

 アンナ院長が弾いてくれたピアノの旋律が、ふっ、と流れ始めました。

 私はぎゅっっと目を閉じます。知りたくない。見たくない。聞きたくない。でも、瞼の裏には映像が、ふさいだ耳には相変わらず続くピアノ。

「三人で走ったこと」

 砂浜を駆け回る足音。きゃらきゃらとした子供達の笑い声も、やっぱりどこかで聞いたような。

「喧嘩したことも……」

 子ども特有の甲高い声で各々(おのおの)の主張が繰り広げられます。そして控えめな声が遠慮がちに発言すると、別の子ども二人が悪くないとその子を庇い…あ、子どもの人数は三人です。

 年上と思える男の子、一番小さな女の子は髪の色が同じ。瞳は…よくわかりません。そして、もう一人は金色の髪を高いところで二つに結った女の子。さっき、おずおずと発言した子です。

「オレ達と別れるときに泣いてくれたこと」

 ユーニが、そっと私の手をとりました。恐怖がよぎりましたが、それを凌駕するほどの安堵感が押し寄せます。

「忘れてません。姫さんは、オレ達の姫さんです」

 ギィィン。

 これは、オーディンさんが金魚草を破壊したときに聴いた音に似ていました。でも、ちょっと違う。少し濁った音。イメージとしては、正常にまわっていた歯車がいきなり逆方向にまわり始めたような……。

 ガチャンっ!

 かみ合ったような音。

 きちっと閉じていた瞼の裏に光が差し込みーー。


 こうしてまた、私の回想が始まることとなりました。

 シャルは結構ドライな子。というか仲間意識が強くて他者を警戒する動物、的な。というわけで、「教える必要ないし」みたいな感じになりました。

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