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お客様は神様です?  作者: 黒一もえ
6・無くした過去はどこですか?
38/47

二七章・朝食が微妙なのです

 ふ、と私は目を開けました。

 足下には水が張られており、私の足のくるぶしほどまでありました。

 ここは、一体どこでしょう。見渡す限り真っ白な空間に、水だけ。……明らかに、現実じゃないですね。だってこんなあるわけないじゃないですか!

 困惑した私が俯いていると、水に人が映りました。それは、私のものではありません。

「!」

 いつの間に、と顔を上げると、女性がいました。明け方色のワンピースに身を包み、腰より長い夜闇の髪を垂らした姿は、どこか神々しく見えました。

「ご無沙汰だね、と言った方がいいのかな…」

 考え込むように小首を傾げる黒髪さん。目を隠す前髪がしゃらりと揺れました(それでも目は見えませんでした)。

 っていうか、この人も私の知り合いですか。最近、ぽんぽんと旧知の仲の人が現れるのでもう、肝心なはずの私が置いてけぼりなんですけど。

 心の中で突っ込んでいる私を見て黒髪さんは、ああ、と一言。

「そうだよね。いろんな人が貴女に会いに来て忙しいよね。でも、時期は今だから会いに来た」

 時期?

「それは置いておいて。貴女は、私のことを覚えていないよね?」

「…はい」

 残念ながら、記憶にありません。

「そうだよね。というか覚えていた方がおかしいから、安心して。記憶している方が変だと思う」

 なら、さっきの確認必要あったんですかね? う〜ん、この人もマイペースさんみたいです。

「もう時間が少ないからこれだけ聞くね。ちゃんと答えて」

「はい」

 なんとなく真面目な雰囲気にのまれ、私は居住まいを正します。

「貴女は今、幸せ?」

 え? 私は、黒髪さんの唐突な言葉に顔を上げました。私より高いところにある彼女の顔からは、どういう感情も読み取れませんでした。

「いきなり渦中の人物になって、困っていない? めまぐるしく変わる日々を、大切だと思える?」

「…」

 黒髪さんの顔はやっぱり前髪のせいでよく見えません。でも、声が真剣でした。

 この人はきっと、私のことを心配してくれているのでしょう。見せかけとかではなく、心の底から、ちゃんと私のことを考えてくれている。声だけで十分、わかります。

 だから。

 私はくすり、と笑みを零しました。心配しなくても、大丈夫です。そういうことです。

 だって、その問いの答えはつい先日見つけたばかりですから。

「最近、知らない人が友人だって名乗ってきたり、いろいろなことがあって大変です。神様のバトルを間近で見てひやひやしたり、神官様に何故か連行されたり、色々大変です。正直やっかいだし嫌だな、って思います」

「ならーー」

「でも」

 私は満面の笑みを浮かべます。

「そういう気持ちを越えちゃうくらい、毎日を好きだって言えます。ルドさんの意味不明な言動に振り回されたり、ブレントさんと気まずくなったり仲良くなったり、オーディンさんのボケに突っ込んだり、お義父さんのケーキを食べたり」

 ちょっと思いを馳せればすぐ浮かぶ出来事。

「そんな、なんでもなくて面倒事だらけの日常が、私には必要なんです」

 私は十年前のことを朧気にしか覚えていません。だから、もう、なくしたくないんです。

「そっか…」

 黒髪さんの唇が、笑みの形になりました。

「なら、いいや」

 どうやら安心してもらえたようです。心配しなくても平気ですっ! 私、事件が一杯でもそれなりにやっていける気はするので。

「それでも、ごめんね。貴女の一つ目の日々を奪ってしまったのは私だから」

 それってどういうーー

「そろそろおいとまさせてもらうね。遠くから干渉するのはそれなりにしんどいんだ」

 黒髪さんが言い終わらないうちに水に波紋が広がり始めました。風が吹いたわけでもなく、誰が動いたわけでもないのに。

「じゃあ、またね」

 瞬間。

 ぴしり、という音がどこからか聞こえ、白い空間に亀裂が走りました。

「私は質問しに来ただけだから、このことは忘れていいよ」

 かつて白い空間だった欠片達が淡い光を帯びてキラキラと舞う世界。もう、ぼんやりとしか見えなくなった黒髪さんが、

「最後に一つ」

 光に呑まれて消えてしまいそうな彼女は言いました。

「夢から覚めたら、新しい夢をあげる。だから、思い出してあげて」

 誰を?

 問う暇もありません。私はただ、頷きました。わかりましたよ、って伝えるために。

「貴女を大切に思う人がいることを、思い出して」

「はい!」

 返事をした途端、世界が黒に染まりました。そして、ザザ、という不快な雑音ノイズ




「シャル…」

 不安と、焦燥感。

 私はどうすればよかったのでしょう、と思う気持ち。そして、失いかけた意識。伸ばされた、けれども届くことのなかった手。

 ーーそこで、私の長い夢は終わりました。




「ルド、さん…?」

 がばっ、と飛び起きた私は、呟きました。

 さっきまで見ていた夢に出てきたのは、ルドさんの声と手……。

「ヒメ、おはよう」

 横からかかった声に私はびくりと反応します。

「シイカ…ちゃん?」

 いたのは、昨日出会ったシイカちゃんでした。彼女は上半身を起こした状態の私を覗き込むようにしゃがんでいます。

「シイカで問題ない。むしろ「ちゃん」とかいらない」

 では、シイカと呼ばせてもらいましょう。こっちも「シイカちゃん」だとなんか違和感あったので丁度いいです。

「ヒメ、大丈夫? 体調悪くない?」

「いえ。大丈夫ですけど」

「よかった。ヒメ、なかなか起きなかったから」

 え、と言おうとして私はフリーズします。

 記憶が正しければ、私を少々手荒に金魚草から連れ出したのはここにいるシイカと…見あたりませんけど、ユーニさんの二人のはず。そんなにひどいことされたわけではないですけど、少し身体が強張るのも事実で。

 不安を振り払うように頭を振り、私は話題を変えます。

「今は何時でしょう」

「わからない。でも、ヒメが寝てから一晩明けた」

 それなら確かに、私はよく寝ていたことになります。

「朝ご飯はもう少し待って。ユーニがいないから。ワタシは、ちょっとムリ」

「…料理、苦手ですか?」

「違う! 料理とワタシの才能が相容れないだけ」

 それを世間一般では苦手というのでは?

「断じて、違う!」

 ぎり、と睨まれ私は頷きました。

「わかりました。『シイカは、料理がに苦手じゃない』」

「そう。それでいい」

 シイカは満足そうに笑いました。可愛いです。

「じゃあ、ワタシは歌っているから、ヒメはゆっくりしていて」

「歌?」

「日課なの。今日は、ヒメに聴いてほしくて」

 シイカは立ち上り、大きく息を吸い込みました。

 やがて、聞こえてきたのは摩訶不思議な音色でした。鈴のように高く軽やか、それでいて暖かみと芯のある音は、心地良いです。

 綺麗な音をバックにとりあえず起きるか、と私は起きます。あ、今気がついたんですけど、ここは原っぱだったみたいです。そして、私は服が汚れないように配慮してもらっていたらしく、上着ーー多分ユーニさんの物ーーの上で寝ていたよう。さらに、寒くないように上からも上着が。ありがたいです。

 ……いやでも、ここで寝る必要があるようなことになったのは二人のせいな気がするのですが? とも思いますが、気遣いはとても嬉しいです。ユーニさんにお礼を言わねば!

 上着を畳みながらシイカの歌に耳を傾けること数分。背後で足音が聞こえ、私は振り向きました。

「ユーニさん、おはようございます」

「おはようございます、姫さん。あと、オレのことは気軽にユーニ、って」

「あ、はい」

 それにしてもユーニの服は、なんというか…まともでした。いや、昨日来ていた服は「奇妙」ともちょっと違うんですが、えっと、その…珍しい感じだったので。

「上着、ありがとうございました。おかげでぐっすり眠れました」

 時計を持っていないので正確に今が何時、とも言えないのですがいつもより遅く起きた気がします。

「昨日は強引に連れて来ちゃったので悪夢見てたらどうしよう、って思ってました」

「悪夢、は見てないですよ……」

 最後の方は曖昧な感じになってしまいました。

 私が見た夢は、悪夢ではなかったと思いますよ、一応。ただ、あのときのどうしようもない思いが蘇ってきてやるせなくはなりましたが。…私、もうちょっと何かできればいいのに。

 っていうか、もう一つ夢を見た気がするんですけど、思い出せません。なんだろう、もう少しで出てきそうなのに引っかかってするんとこない感覚。そう! 大事にとっておいた飴を味わっていたら、何かの拍子に飲み込んで喉で詰まってるような感じです。いやぁ、あれって本当に悔しいですよね。

「ヒメ、私の歌、どうだった?」

 にこにこと感想を聞くシイカ。いつの間にか歌が終わっていました。

「とても上手でした。どうやったらそんなに綺麗な声なんですか?」

 音痴な私は最近歌に敏感です。秘訣、秘訣を私に授けてください!

「綺麗…。初めて言われた。嬉しい」

 シイカははにかみ、でも、と言いました。

「ワタシなんてまだまだ。届かないの」

 え〜。こんなに上手いのにまだダメとか私みたいな音痴の心をさっくり抉ってますよ。なんかちょっと劣等感が募りますよ。

「私はヒメみたいに歌いたい。だから、このままじゃ満足できない」

「へ?」

 ヒメ…って、私の呼び名、ですよね。それで、シイカは私の歌い方に憧れている……? え。何ソレ。ありえないですよ。

 もしかして、私と誰かを間違えてる…とか?

「あの…」

「ワタシの歌の原点はヒメ」

「それって」

「ヒメの歌声は空から振ってきた至上の音色」

「べつ」

「本当に素晴らしい」

「別人…」

「私は足下にも及ばないけど、頑張る」

「別人じゃ…」

「ワタシに歌を与えてくれたヒメに少しでも近づきたい」

「別人じゃないですか」

「だから、頑張る…!」

 はい、別人けって〜い。

 いや、だって絶対私じゃないですよ、それ。誰かの何かの原点になるほどのことした覚えありませんし、できるとも思えません。しかも、歌で! 苦手な歌で! …あぁ、自分で言っといてなんか傷つく。

「シイカ、多分、それは別人だと思いますよ?」

「? 意味不明。ヒメはヒメ。だって、共鳴している」

 不思議そうに首を傾げられても困るのはこっちです!

「シイカ、姫さんは今、記憶がないんだ。な?」

 ちょ、ユーニはどうしてそんな可哀想な感じの目で温かくこっちを見てるんですかぁぁ! そんなに優しい目で見守られるような言動してませんけど! 微塵も心当たりないんですが。ああ、シイカが納得してます!?

「ヒメ。これだけは確か。ワタシ達は共鳴してる。だから、同胞」

 そっと手を握られますけど、なんで諭されてるんだろう、私…。

「よくわからないですけど、本当に別人ですよ。私は歌、苦手ーー」

 ぐるるるる。

 え。

 今の音、何ですか? 

「…えっと」

「今のは…」

「……」

 ひく、と私の頬が引きつります。

 はい。そうです、そうですよ! 私のお腹が鳴りましたっ!

「だって、お腹が減ってますからね!」

 開き直った私。だって、隠しようがないんですから。

「じゃあ、飯にしましょう。丁度材料手に入れたんですよ」

 ユーニが茶色の買い物袋を掲げました。

 どんなご飯でしょう。私、あまり外食しないので人の作った料理とか新鮮です。ワクワク。

「シイカ、枝は?」

「集めておいた。後は火をつけるだけ」

「ありがとな」

 ユーニがくしゃりとシイカの頭を撫でます。シイカはすごく嫌そうな声で「ユーニは生意気」とか言ってますけど、まんざらじゃなさそう。だって、顔が嬉しそうですから。うわぁ、ギャップ激しっ。

 美形の仲良い二人は見ているだけで和むわぁ。

「やっぱり兄妹きょうだいだけあって仲が良いですね」

「「え?」」

 ぽろり、と口をついた言葉に反応する二人。私、変なこと言ったかな。『やっぱり兄妹だけあって仲が良いですね』。そんなにおかしな言葉じゃーーん? 兄妹? なんで、そう思ったんでしょう。二人は似ていますけど、でも…。

「姫さんの記憶は思っていたより順調に戻っているみたいです」

 ユーニが微笑を浮かべます。

「じゃあ、姫さんが思い出した記念で今日はパーッと派手にいきましょう!」

「私のためにそんなお祝いとかなくても大丈夫ですよ?」

 何がめでたいのかさっぱりわからないので私は遠慮の意を示しますが、受け取ってもらえませんでした。二人はノリノリで私の入る隙間がないです。うん。なんとなく思ってましたけど、思いのキャッチボールが上手くいかないようですね、私達!

「姫さんはお客様様です。そこで待っていてください。オレ達のとびきり料理を作りますよ」

 期待大ですね。今から楽しみです。

 体育座りして待っていると、潮の香りがしました。もしかしなくても、海の近くなんでしょう。うわぁ、海か。せっかく近辺に来たならちょっと見たいです。

 思いを巡らせながらふいにユーニ達を見ると、

「缶詰は開けにくい。硬い」

「いつもやってるのにコツがつかめないのか?」

 缶詰を使った料理ですか。魚の煮込みとかは当たりだと美味しいですよね。夜に家計簿見ながらお夜食に食べるときとかほっこりします。私のオススメは市場の近くにある缶詰専門店の物です。果物系は甘すぎず、ベストな味付け。蜜柑がのやつが好きです。

 ユーニさんが肉の缶詰に袋から取り出した調味料を少し加え、火で炙り始めました。シイカは、ほうれん草の缶詰を開けて水を抜くと、近くのトランクから取り出した三人分のカップに分けました。

「…」

 どうコメントするか。いや、ムリに何か言うことでもないか、うん。そうですよ。度ですから料理って限られますよね。…でも、いつも缶詰使ってるって言っていたような?

 ……。

 考えるな、私。無心になれ、私。

 しばらくして、私の前に出てきたのは肉の煮込みとほうれん草の入ったカップと、パン。

「「いただきます!」」

「いた、だきます」


 正直に言えば、朝食の味は微妙でした。もとからしょっぱい味付けの肉煮込みに塩見の強い調味料を加えていますし、ほうれん草は水気が多いのか、べっしょり。

 二人曰く、これが日常だそうです。本人達にとっても別段美味しく感じはしないけれど、これしかないから食べる。それに慣れている、とも。

 昼食は私が作ると言いました。ユーニは作らせるなんて滅相もない、と言っていましたが、食費は私が出しているわけではないのでできることはやりたいです。余計なお世話かもしれませんけど、ちゃんとして料理を作って二人に食べさせることが、目下の目標です。

 ここが何処で今何時でどうして二人と共に行動することになったのか全くもって不明です。それに、ルドさんとブレントさん、そして私を待っている(と思いたい)お義父さんのことが気にかかります。

 でも。

 ユーニとシイカと食べためちゃくちゃな味の朝食は、なんだか二人といるせいか美味しく思えたので……まだ、ここにいてもいいかなと考えています。

 大丈夫!

 帰れないわけじゃないですよ、きっと!

 そんな私ってやっぱり、楽観的なのでしょうか?

 無事、三人称シャル視点となりました!

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