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お客様は神様です?  作者: 黒一もえ
6・無くした過去はどこですか?
36/47

二五章・かしずきますよ、我が姫に!?

 それは、のどかな午後でした。…「でした」って何!? 何故なにゆえ過去形、そして事件の香りプンプンだからやめて、私!

 はい、どうもシャルロットです。

 なんだか事件フラグ立てちゃいましたがOK、大丈夫です、はい。私、お義父さんにフラグ折りの達人って呼ばれているんです。だってこの間、『お前はことごとく恋愛フラグをクラッシュしていくよなぁ』って言われたんです!(ドヤァッ)

 それはさておき今日は本当にのどかです。変なお客様ーー主にルドさんとかルドさんとかオーディンさんとかっ!ーーがいらっしゃってませんし、お義父さんがお昼になっても寝ているので勝手に材料使って料理を作れますし、ツいてますねぇ今日。

「あ、良い感じだ」

 厨房のオーブンから出したほうれん草とサーモンのキッシュが香ばしい匂いを漂わせています。う〜ん、とってもいい匂い。…具体的にどれくらいかと言えば、胸一杯に吸い込むとお腹がぎゅるると鳴ってしまいそうなくらいですかね。

 それにしても綺麗な焼き色に丁度いい焼き加減です。誰も褒めてくれないので自画自賛するしかありません。よし。

「でかした、私!」

 ミトンをはめた手でキッシュの型を持ちながら発した言葉は、とても虚しい響きになって消えました。さ、寂しくなんてないんですからねっ!

 本当ですよ? 今日、常連さんが来ない=誰も来ないだからって、寂しいとか思ってませんよ? 嘘とかじゃないですよ?

 私はキッシュを型から外しました。そして』手にするマイ包丁・…うーん、カッコつけてみましたが名前なんて思いつかないので「包丁」のままでいいや。

 ざく、ざくり。

 切り分けたキッシュのタルト生地がたてる子気味のいい音といったら! こういう料理は作るのに手間がかかるから面倒臭くてあまりやりませんけど、たまに無性にこの音が聞きたくなって台所に立っちゃうんですよねぇ。私をやる気にさせるキッシュ…やるな!

 しっかり六等分にしたそれを真っ白なお皿に移し替えます。後はこれをショーケースに並べればいいんですが、その前に味見です。ぱくっと囓ると凝縮されたグザイのうまみ達がじゅわりとしみ出します。さくりとした樽とも相まって絶妙。うん、お菓子は絶対お義父さんに勝てないけど、ごはんものキッシュ部門でなら勝てる気がします。ああ、でもなぁ。お義父さんパティシエだし、タルトは本当に美味なんですよね。桃とカスタードのやつは生地に練り込んだジャムがいい味出してるんですよ、これがまた。

 ああ、ものすごくお義父さんのケーキが食べたい。ふわっふわのクリームが雪みたいに塗りたくられてる半円形のあれ(名前は知りません)とかいいな。呆れるくらい甘いモノ食べたい。でもダイエット中なので我慢。

 ああ、今日はほとんど食べ物のことしか考えていない気がします。他のこと考えてない。ふぁって、大好きな仕事はできませんし、料理は時間がかかるからぽんぽん作れないし。

 あ゛ー。こういうとき仕事が趣味だとつーらーいー。もうっ。

 とりあえず、っと。

 私は立ち上がって厨房を出ました。

 店内のトイレの近くにあるロッカーからデッキブラシを取り出します。これは私が始めてお父さんにねだった物でして。まあ、お店で見た途端に一目惚れ、とかではなくて店の掃除用具が全然無いので買いそろえるよう頼んだというエピソードです。

 そのデッキブラシを使って何をするのかと言われれば、掃除です。というか掃除以外での使用法を私は知りません。またがっても空なんて飛べないし、得物でもないので戦闘なんてできません。前者は昔こっそり試したことがあります。でも、やって来たルドさんに目撃されて終わりました。苦すぎる思い出ですよ。

 カランコロン。

「いらっしゃいませ」

 私が声をかけると、

「こんにちは」と返事がきます。

「ブレントさ…ん?」

 ブレントさんの肩からにょっきりと腕が伸びています。うわー、こえぇ−。

「ブレント、さん?」

 もう一度私が声をかけると、どうしたのと言いたそうな目で見られました。え、何、私変なことしてます!?

 とりあえず…

「席はどこにしますか?」

「いつもの」

 そう返答すると、ブレントさんは店内に入りました。彼が歩くと、ずるずると音がします。え…『ずるずる』?

 よく見ると。ブレントさんはルドさんを担いでるんだか引きずってるんだかな格好で連行しているようで、ずるずるという音はルドさんの靴と床がたてているものでした。

 ブレントさんはルドさんの指定席に本人を放り投げ、重かったと言いながら肩を回しました。そりゃぁ、騎士の服装の成人男性(しかも帯剣してます)を担いできたら重いでしょうね。でも、引きずってた感がするんですけど…。

「どうして、こんなことに?」

 尋ねると、ブレントさんは

「聖歌隊の仕事が終わって帰るとき騎士団に寄ったんだ、用事があったから。そしたらデビットさんが『こいつ邪魔だから連れてけ』、って。最近、根詰めてたらしいけど…どうだか」

 それは同意です。だってルドさん、ここ数日も毎日金魚草に来て私にちょっかい出してましたもん。でも、ちゃんと騎士ではあったんですね。…それにしても。

「騎士団とデビットさんの関連性がわからないのですが…?」

「あれ、シャル、知らなかったっけ。デビットさんは騎士だよ」

「え゛ー?」

 思わず「え」に濁点をつけてしまったのは疑っているからではありません。本当ですよ? ただ、ちょっとイメージと違うなぁ、みたいな。私が感じるデビットさんの雰囲気は熊とか熊とか熊とか、そんなんです…ああ、威圧感はありそうですね!

 っていうかデビットさん、最近来てないんですよね。ルドさんVS.オーディンさんのときとかいきなり戦闘を繰り広げた二人を見ても「なんとかなるさ!」で済ませていたあたり、何か知っていると思うんですけど、まだ話を聞けていません。

死んだ魚のような目をしたルドさんを見て、私は言います。

「すっごい疲れた顔してますね」

 ブレントさんも苦笑して頷きます。

「ルドが披露している様は見ていて気味が悪いけど気分はいいね」

 確かに。普段からかわれているのでこういうときに見下してやる……もとい見下ろしてやるといい気持ちです。

「ああ、ねみぃ…」

 右手首で目を覆いながら仰向けになったルドさんは呻きます。

「しばらく寝てるから起こさないで」

「頼まれたって起こさないよ。お前はシャルに毒だからな!」

 ブレントさんがバイ菌でも見るような目で睨むと、ルドさんは乾いた笑みを漏らしてからおやすみと言いました。

 いつもなら皮肉で返したりするのに。

 本当に、疲れているみたいですね。

 寝ているのかおきているのかわかりませんが、微動だにしないルドさんを横目で眺めつつ、ブレントさんに注文をとります。

「じゃあ、ケーキセット…レモンティーとフルーツタルトで」

「レモンティーとフルーツタルトのセットですね。しばらくお待ちください」

 そう言って厨房に入ってから気がつきます。キッシュをお勧めすればよかったな、と。

「ま、いいか」

 紅茶を淹れて、ケーキを切り分けお皿の上に。流れるような動作を心がけているので、端から見ればプロフェッショナルな感じではないでしょうか。うん、きっとそう!

 なんて馬鹿なことを考えながら作業を終え、ブレントさんの席へ。

「お待たせしました」

「いや、全然待ってないよ」

 なんだか待ち合わせして会ったときのような台詞ですね。

「では、ごゆっくり」

 私がぺこりと頭を下げて去ろうとすると、右腕を掴まれました。

「シャル」

 私の腕を掴んだのは、ブレントさんでした。珍しいですね。ブレントさんはこういうことしないと思っていました。どちらかと言えばルドさんがやることですよね。

 私がいぶかしんでいると、ぐいっ、と腕が引かれ、気がつけばブレントさんの顔が至近距離にあるという状態でした。

「えっ、と…」

 こういう場合に何と言えばいいか、まだわかっていません。そろそろ慣れた方がいいと思うのですが。……それにしても、ルドさんもですがブレントさんもほんっとに行動が読めません。

「シャル」

 息がかかるほど近い距離に男性の顔があるというだけでかなり緊張するのですが、ブレントさんは顔立ちがいいので余計にドキドキします。求婚とかされちゃいましたけど、私は彼を友人だと思っているのでなんだか変な気分です。

「君はやっぱり警戒心が足りない」

 耳元で囁かれた呆れのような、諦めのような呟きにもっともですとしか答えようがありません。

「でも僕は、そんな君をいとおしいと思うよ」

 うわー。うわー。うわ−。恥ずかしいっ! いや、ブレントさんが恥ずかしいのではなくて、私が照れるということです。なんていうか。ブレントさんは思いを伝えてくれてからというものなんだか積極的というか、さりげな〜く好意を抱いているとアピールしてくるのでこっちも意識せざるをえないというか。うぅ。

「まあ、僕が伝えたかったのはこんなことじゃなくて」

 そう言ってから、ブレントさんは声を潜めました。今までも十分小さな声だったのですが、聞き取ることがギリギリくらいです。

「君は自分が聖女の末裔だという自覚を持ってほしい」

「でも…」

「信じるに足らないよね。けど、君はもう聖女の秘密に触れ、歌竜という存在を知ってしまったから、もう一般人ではいられないよ」

 ゆったりとした笑みを浮かべたことだけは、わかりました。いや、こっちは全く笑い事じゃないんですけどね! なんっで、笑ってるんですかブレントさん! もうっ!

「これは忠告だよ」

 心の中で怒っていたものの、忠告と言われて、私は耳を真面目に耳を傾けることにしました。至らない点を改善するくらいで変な事件に巻き込まれずに済むのなら安いです。

「これは“シャルの友人”じゃなくて “君の監視をしている聖歌隊員”の勘だ。君はまた、面倒事に巻き込まれる」

 えっ、何その冗談にもならない感じの言葉! 縁起悪っ!

「それが回避できるかどうかは僕には解らないけど、君は気を付けるべきだ。そして、警戒するべきだ」

 ブレントさんの目は真剣でした…が、ふっ、と優しい色になりました。

「するべきって言うか、して。じゃなきゃ、心配で身が持たない」

 警戒…けいかい…。う〜ん。変人さんには一応警戒しているつもりなんですけど。

「あの、ブレントさん」

「何?」

「どうしてこんなコソコソ話さないといけないんですか」

 私の問いに、ああとブレントさん。

「ルドに聞かれないため」

「ルドさんに、ですか?」

うん、と答えてからブレントさんはついたてに目をやりました。

「ルドはシャルのことを、認めるのは悔しいけど多分僕より心配してる。だから、こんなこと聞くとまた仕事を抜け出しかねない」

「でも、ルドさん寝てるんじゃ…?」

「ルドはどんなに疲れてもなかなか寝ない…っていうか眠れない体質なんだ」

 へえ。始めて知りました。なんか意外。

「いつも冗談で疲れたって言うんだけど、今回は特にひどいよ」

 ああ、目が死んでますもんね。

「…なんて言うか、ブレントさんは結構ルドさんに詳しいですね?」

「まあ、ね。これでも一応親友、と僕は思っているから」

 なんだかんだで仲良いですからねぇ。

「あ」

 ブレントさんが小さい声のまま言いました。

「もしルドが起きてたら不振に思われるから一芝居うつとしよう、うん、それがいい」

 そうですね。ルドさんに心配駆けて仕事が大変になったらなんだか後味悪いです。

「シャル、協力してくれる?」

 いつものように優しい笑み。

「はい!」

 私はしっかり頷きます。

「じゃあ、設定はこうだ」

「はい」

「僕が嫌がるシャルを無理矢理引き留めて」

「はい」

「求婚の件を蒸し返した、っていう設定で」

「はい…?」

 なんだか、話が恋愛そっち方向に持っていかれちゃってません!? いや、違う。紳士なブレントさんのことです、これくらいしなきゃ信憑性がないと思っているはず! ルドさんじゃあるまいし、大丈夫!

「よろしくね」

「っ!」

 唇が耳に触れそうな感じで囁かれた言葉に、びくっとしてしまいます。

 大、丈夫…ですよね?

「シャル、僕は君とのことを真剣に考えてるんだ。友達のままでいるのはもう、辛い…」

 やけに臨場感ある演技!

「え、えっと」

 今の台詞にどう返答しろと!?

「ま、まだ返事はいいんじゃないでしたっけ?」

「そんなこと言ったかな? でも、そろそろ僕の我慢が限界」

「いや、そのっ、私もそんなに早く結論っ、だせにゃ…じゃなくてだせない、

ですっ」

 いろんなところでつっかえたり、上ずったりしながら言い終わる私を楽しそうに眺めています。ああ、手を掴まれたままだから熱が伝わってきてドキドキします…消えてしまいたい……。

「ま、仕方ないよね」

 声がいつもの雰囲気に戻りました! 手の力も緩んでます、お芝居終了は今だっ。

「じゃ、最後に」

 なんですとぅ?

 なんて思っているうちに引き寄せられて、私の頭はブレントさんの胸元へ、そして、あっという間につむじに堕とされた口づけ。

「にぎゃっ!」

 変な声をあげた私を本当に面白そうに見つめてから、ブレントさんは腕を放してくれました。

「やっぱり君は警戒心が足りない」

 な、な、な…!

「し、失礼しますっ!」

 まさに、脱兎のごとく。私は兎も唖然とするスピードでカウンターまで逃げ込みました。そしてへなへなとその場に崩れ落ちます。

 び、びびび、びっくりしたー! なんでいきなりああいうことするんでしょう!? 驚いちゃいますよ!

 あうぅ。なんか接客できる気分じゃない…。もう、お客さんが来ませんように! お客様は神様ですけど、空気を読まない神様なんて嫌いです。

 なんて思っていたらーー、

 カランコロン。

 空気読めない奴来たー!! ああ、絶対オーディンさんですよ、これぇ。空気読めない常連客ってあの人が真っ先に思い浮かんじゃいますもん。べつに、入ってもいいですけど今、店内すごく微妙な空気流れてますからね! それでもいいならどうぞ! っていうかあの人気にする精神も持ってないし!

 心の中はかなり荒れていましたが、長年ウエイトレスをやっていた習慣で営業スマイルを装備&対お客様用の「いらっしゃいませ」。

 私はカウンターから出てオーディンさんの前に向かーー、って、誰!?

 いたのは、別人でした。

 二人連れの、新しいお客様。一人は濃紺に金の刺繍が施された詰め襟の長衣を纏ってる男性、私より二つほど年上でしょうか。ほんの一瞬ですけどスカート履いているのかと思ったのは秘密です。もう一人は、膝までありそうな髪をそのまま垂らし、だぶだぶのポンチョを身につけています。どちらも、冴え冴えとした藍の髪と、緋色がかった瞳の色が同じでした。

 怪しっ! なんか、すっげぇ怪しいですよ!

「久しぶり、ですね」

 男性の方が少し照れたようにはにかみます。なんだかわんちゃんを連想させます。

 じゃ、じゃなくて!

 久しぶり、って……超デジャヴですよ! 絶対、こんな展開ありましたよね。

「姫さん」

 What姫さん。姫さんって誰?

 私は私の後ろに誰かいるのかと思い、振り向きますが。が、案の定誰もいません。わかりきったことです。だから心の中に浮かんだ言葉も「ですよねー」。

「オレは、こうしてまた姫さんと出会うことだけを夢見ていました」

 どくん、と大きく心臓が跳ねました。

「オレ達の希望の「灯り」は姫さんでした」

 男性は跪くと私の手を取りました。

「なんで、膝まずいてるんですか?」

 私の口から出たのはそれだけです。違う、私。他に、言わないといけないことがあるでしょう?

「? 跪くのは当たり前です。姫さんは、オレ達の姫ですから」

 え? と思う暇もありません。

 頭が真っ白になっていきます。何か、溢れかえりそうな感覚。駄目。これ以上何も考えたくない。気持ち悪い。意味がわからない。ぐるぐるする。また、倒れ込んでしまいそうーー。

 そのときでした。

 ぐいっ、とつよく抱き寄せられ、私は「彼」の腕の中にすっぽりと収まりました。


「これ以上、シャルに触るな」


 針みたいに鋭くて、蜂蜜みたいに甘い声。

 私が知っているこの声の持ち主は、

「ルド、さん?」

 片腕で私を抱きかかえ、もう一方の腕で男性を軽く突き放したのは、紛れもなくルドさんでした。

 寝てたんじゃないんですか、と疑問が生まれますが、何も言わなくていいという風に微笑まれ、口をつぐみました。

「不埒な客ってルドだけじゃないんだね」

 いつの間にかやって来たブレントさんが、初めて聞く、低い声でへぇと言います。

「無断でシャルに触れた罪は重いな」

 笑みを含んだルドさんの声。笑っているのに、すっごく怖い。

「こいつも、ブレントも」

 あ、なんかまたブレントさんに怒りの矛先行っちゃうかもです。


 なんだか日常を壊せたか疑問ですが、ブレントがやってくれたので「いつもの日常」は壊れたんじゃないかな、と思います。


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